いざ、森の最深部へ
続きを書きましたので、ぜひ読んでみてくださいませ。
力を惜しみなく使って、木々の間を駆け抜ける俺はただ一つの目的地を目指している。
どこかも見当もついていないハチの居場所で、唯一ヒントがありそうな場所があるとしたら延命の花を摘んだあの花畑だけだろう。
あの場所でおかしな像に向かって祈った後、ハチは怪物の姿に変わってしまった。
つまり、あの場所に行けばアジテーシとのなんらかの接触が謀れる方法が見つかるかもしれない。
今はそんな確実性の無い話でも手当たり次第に探して、試してみる事しか、俺に残された選択肢はない。
ハチと数時間掛けて歩いた道のりを数分で通り過ぎて行く俺の目の前で、目をギラギラと光らせた巨人、負の魔人がこちらを見てニッコリと口角を吊り上げて笑う。
「お前に構ってる時間は無いんでな」
俺が高く飛んで、木の枝でぐるぐると回転した勢いで、魔人の頭上を通り過ぎる。
それを間抜け面をした魔人が、目で追う様子が見えたかと思うと。
魔人は、飛んでいく俺と反対方向に向かって走り出し木に向かって身体を水平にして跳んで、両足でその木を蹴り倒しながら逆方向である俺の方へと迫ってくる。
互いに空中を移動している状況で、先に着地した俺の方へと凄まじい勢いの巨体が降ってくる。
こちらに手を伸ばしている魔人の腹立たしい笑顔を見て、思わず後退りしそうになる気持ちを奮い立たせて構える。
それから右脚を伸ばした状態で時計回りに身体に回転を加えながら、後ろ回し蹴りが繰り出す。
俺のかかとは、魔人の顔面に直撃し、そのまま数メートル先の闇の中へと木々をへし折りながら十数メートル先まで飛ばした。
そこから、再び走り出した俺の耳に森全体に響く魔人の雄叫びが聞こえてくる。
空気がビリビリと張り詰めて、自然に緊張が全身を支配する。
その瞬間、なにかが近づく気配を感じて、近くに生えた木の影に張り付いて身を隠す。
その瞬間、雄叫びが聞こえる方向に向かって行く、複数の足音が耳に届く。
さすがに、多対一の状況は力があっても少し分が悪いと踏んだ俺は、蹴り飛ばした魔人の方へと向かっていた他の魔人達に気づかれないように、その場から音を立てないように離れる。
あの魔人達の顔を見るたびに、脳裏にハチの苦しむ顔が浮かんで、俺はどこもでも早く走れる気がした。
数時間ほど走り続けたところで、真横を通り過ぎようと木と木の隙間に前に出たところで。
俺はギョロっとこちらを見つめている二つの目玉が俺を視界に捉えた瞬間。
「みィつけタ」
と、もはや聞き飽きた声を耳にした時には。
すでに俺は木と木の間から突然伸ばされた大きな手に全身を覆われるように掴まれて、身体の自由を奪われる。
「いい加減しつこいんだよ!」
俺は掴まれた状態で辺りを見渡し、他の魔人がいないのを確認して、魔人の握りしめた手の平を無理矢理こじ開けて、出来たわずかな隙間から飛び出した。
一歩ごとに地を揺らす騒々しい足音に振り向くと、着地した俺目がけて走ってくる魔人の姿が視界いっぱいに収まっている。
魔人が俺を蹴り飛ばそうと足を後ろに振り下げたのを見て、身体の前で腕をクロスさせて防御の構えを取る。
空気を切り裂く勢いで放たれた魔人の足が俺の腕に直撃したその瞬間、腕が壮絶な音を立てた。
その結果、意識が飛んでしまいそうな程の激痛が血まみれの自分の前腕から伝わってくる。
それでも俺がギリギリのところで意識を保てたのは、意識より先に自分の身体が飛んでしまい、受け身も取れずに背中を木に強打していたからだろう。
俺は木に背中を預けながら腰を下ろした。
それは、疲れたから休憩したい訳でも何か狙いがある訳でもない。
いつの間にかいつもの色に戻っている身体の色が、力の使用時間の限界と俺の体力の限界を同時に知らせているからだ。
体力の限界で今すぐにでも落ちてしまいそうな意識を、腕の激痛が保ってくれているのがこの状況での唯一の救いだった。
遠くで魔人がこちらを見ながら、次の攻撃の為にこちらに走って来ているが、まぶたの開閉程度しか動かせない今の俺には見つめていることしか出来ない。
クソッ! タイランからもこの力の使用限界の話をされていたのに。
村から考え無しで飛び出して、その結果がこの様じゃあ村長の言う通り俺は無用の長物もいいとこだよな。
「ハチ……兄ちゃんは……」
自然に溢れる涙は悔しさからか、虚しさからか哀しさからか、それとも全てか。
涙も拭けない俺は、喉から吐き出るのを耐え続けてきた言葉さえも止める事が出来ずに、ついに弱音が溺れ落ちた。
「兄ちゃんは、もう駄目かもしれねぇ」
俺も自分に才能がない事は、周りを見ていて気づいていた。
それでも俺が努力を諦めなかったのは、ハチが俺の背中を見ていてくれたから、ハチが居てくれたから、誰よりも鍛えて誰よりも強くなりたいと思えたんだよ。
だけど、その力ではハチを救えなかった。
俺たちに眠る力を引き出せても、使うのが俺じゃあこんな程度で死にかけている始末だしな。
「ハチ……ごめんなぁ……弱い兄ちゃんで、ごめんなぁ」
魔人が目の前で拳を振り上げる光景をどこか他人事のように眺めながら、思い浮かぶ弟の顔に自分の無力さを感じて目をつぶる。
「何も救えず、諦めるのか?」
その言葉を聞いて目を開けると、そこにはタイランが立っていて、さっきまで目の前にいた魔人の姿が跡形も無く消えている。
「何で、アンタがここに?」
「帰りに手土産を持たせ忘れたのでな、追いかけていたら、たまたまお前が殺されそうになっていたので代わりに助けてやったのだ」
そう言うと、手ぶらのタイランは俺を肩に担ぎ上げて歩き出す。
「お、おい、どこ行くんだよ?」
「お前の向かう場所に、弟の居場所以外の目的地があるのか?」
「いや、でも、ここから担がれたまま手当たり次第に森を探させるわけにもいかないし」
「その事なら安心しろ、お前の弟の場所は分かっているし、それはお前が最初に目指した場所と同じ筈だ」
「何で、アンタに俺の弟の居場所が分かるんだよ?」
「そんなのは当たり前だ。お前らの身体に宿っている黒き力は、全て俺から生まれたものなのだからな」
「は? アンタが生みの親って事は、アンタがあの話の弟の方って事かよ⁉︎」
「? オレは最初から昔話を聞かせてやると言っただろ」
「誰が、身動きとれない状態の奴に自分の昔話をしてくるなんて思うんだよ! 痛っつ 」
「危機を脱したと言っても、お前の身体は満身創痍である事に変わりはないのだから、あまりはしゃがない方がいいぞ」
「誰もはしゃいではいねぇよ」
そんな言葉を最後にタイランはお喋りをやめて、俺の身体を労って急ごうとはせず、ゆっくりと歩き続けた。
「着いたぞ」
痛みも治まって、いつの間にか眠りについてしまっていた俺を、タイランが肩を揺らして強引に起こす。
「ありがとう、もう起きたから、揺らすのはやめて下さい」
タイランは俺を白い花の絨毯に放り投げると、ハチが祈っていた像に向かって歩き出す。
「その像には気をつけてくれ、それに弟が祈ったら……」
と、注意の言葉をかけようとした俺の声を無視してタイランは像を蹴り飛ばした。
「この像の下に、この先に行くための仕掛けがあるんだ」
言いながら、タイランが像のあった場所を踏みつけると、ぶつかった像がバラバラに砕けた巨大な壁が、中央から二つに割れ、俺たちの目の前に入り口が現れた。
「オレがしてやれるお膳立ては、ここまでだ。ここから先はお前一人の力で切り開け」
「ほんとにありがとう。ここまで来るのもこの扉を見つけるのも自分でやらなくちゃいけない事だったのに」
「こっちの方が効率が良いんだから素直に喜んだらどうだ? オレはお前にとって敵でも味方でも無いんだからな」
「うん、でも、ありがとな。行ってくるよ」
「ああ、行ってこい」
腕を組んでその場に立っているタイランに見送られて、俺はハチを助ける為、そして同じ兄として不甲斐ないアジテーシの目を覚まさせる為にも、奴をぶん殴りに俺は巨大な入り口の奥へと歩いて行く。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
この物語も次がラストのお話になると思いますので、次回もお付き合いいただけるとありがたい限りです。