感情の支配
この物語もいよいよクライマックスになってまいりました。
俺は怒りで強く握りしめた拳を開いた。
それから、血が上った頭を落ち着かせる為にも大きく息を吸い特大のため息を吐く。
「なあ、村長。ハチが手を抜いてたのは分かったけど、だったらなんで今回の花を取りに行く儀式に俺を選んだんだよ? ハチがそこまでの奴なら、どうしてハチを選ばなかったんだ」
頭に浮かんだ疑問を、俺はそのまま投げかけた。
実際、選ばれたら選ばれたで、俺もハチと同じように反対したのだろうけど。
「確かに、いつかハチはこの村の希望になり得る存在だが、今のハチの実力では生きて帰ってくるのも難しいだろう」
「じゃあ、なんでハチがそんな存在だって思うんだよ?」
「お前達には、黙っていたがハチやお前はあの巨人、私はアレを負の魔人と呼んでいる」
「呼び方なんてこの際なんだっていいよ」
まあ確かに、見た目だけでも相手を嫌に気持ちにする、あのビジュアルは存在が負と言っても過言ではなかったけど。
「その負の魔人の力を埋め込んで造られた七人の子供達が、お前達『最後の子供達』なんだが……」
「七人? この村には明らかに七人以上の奴らがいるだろ」
村長は、俺の反応を見て失笑をこぼすと話を続ける。
「その反応を見る限り、どうやらナナは力の事は勘付いていたか、既に知っていたようだが、負の魔人の力を宿しているのは今はもうお前達兄弟とサンだけだ」
「ああ、力の事は道中いろいろあって知っていたよ」
実際は、すでにその力をコントロールし始めているが、話のコシを折るし今は置いておこう。
「そうか、そしてさらにナナとハチ。お前達兄弟は他の子供達と違い、一つの負のエネルギーから一人ではなく、一つのエネルギーが分かれた二つのエネルギーから命を宿した異例の存在なんだ」
「分かれた? それじゃあ俺たちは他の奴らより小さい力を宿してるってことか」
でも、それにしてはあの時のハチの身体を乗っ取った負の魔人は、大きい方の奴らより動きも力も上だった気がする。
「いや、そうじゃない。元々ナナにエネルギーを全て注ぎ込んだ筈だった僅かに残ったエネルギーが五年の歳月をかけて、今までの誰よりも大きなエネルギーへと変化していたのだ。そして当初は造る予定に無かった奇跡の子供、それがお前の弟のハチだ」
村長は虚な目で、天井を見上げてからガックリと俯いてため息を吐いた。
「そのハチが敵の手に落ちた今、我々に残された希望などありはしないんだ」
俺は落ち込む村長に、ここにきた一番の理由を告げる。
「いや村長、実はまだあるんだ。ハチを助けられるかもしれない方法が一つだけ」
それを聞いて、目に少しだけ生気が戻った村長が俺の肩を揺する。
「なに? それは本当か! それで、それはどんな方法なのだナナよ」
「その延命の花をハチに使って身体を元に戻せば、ハチを助けることができると思うんだ」
タイランが言っていた花の効果を利用するという方法を伝えると、村長は大きく息を吐いた。
「そうか、確かに延命の花の力ならハチの身体を負の魔人になる前の状態に戻せるかもしれないな。だがナナよ残念ながら、それは無理だ」
「なんでだよ⁉︎ もしかしてまだ何か希少な素材でも使うのか?」
もしかして、タイランの言葉が嘘だったのかと疑いが芽生え始めた俺に、村長のもはや潔く落ち着き払った声音が聞こえてきた。
「いいや、そうではない。延命の花は私が老いるのを食い止める為に使わなくてはならない、だから、その方法は無理だ」
こいつは、なにを言っている?
「いや、村長の為の花はまたの機会に取ればいいじゃないか。それより今は緊急性の高そうなハチを元に戻すのが優先だろ?」
「ナナ、いい加減にしなさい。私は人類最後の生き残りなんだぞ? どんな理由があろうと人造人間如きの命と私の命が等価値な訳がないだろう」
如き、と言ったのかこの男は?
こいつはハチの命が自分が一つ歳をとるのを抑えることの方が優先だと言っているのか?
「じゃあ、希望であるハチが死にそうなのに、あんたの若さを保つ方が優先だって言ってんのか?」
「そうだ。私が生きている限りはいつかハチ以上の兵器を造れるんだ。私が老いて研究さえも出来なくなったら、それこそ人類はおしまいだ」
「いや、だから! そんなのはハチを助けて、花をいくらでも取ってくれば良いだろ!」
「……ナナよ。お前にできるのか? ハチはお前以上に実力を持っていて、負の魔人の力まで使えるんだぞ」
「言いそびれたけど、俺も力は使えるんだ。だから条件は五分だ」
「お前が力を使えることには驚いたが、それでも状況は大して変わりはしない。ハチは実力でも宿した力でもお前より上なんだからな」
「できるかできないかじゃない! やるしかないだろ! 他にハチを助けられる方法がないなら!」
「くだらんな。今、私に頼らないと何も出来ないお前に、何が出来るというんだ」
「そうだな、俺が間違ってたよ村長」
説得なんてしようとするから、コイツは自分がまだ支配者だなんて錯覚してしまうんだよな。
なぜだろう、目の前にいる男が憎くて仕方ないのに、心驚くほど冷静だ。
俺は鋭いローキックでルラ村長の片足の膝をへし折って、今度は命令をする。
「がぁぁぁぁぁっ!」
「命が惜しいんだろ? だったら選べよ。今すぐ薬を作るか死ぬか」
「お、お前。正気か? 私にぃ逆らったら、この村で生きていけないんだぞぉ! 外には安全な場所なんてないんだぞ!」
「まだ、足りないのか、思ったより我慢強いな」
膝を抑えてのたうち回るルラの胸ぐらを掴んで、顔面に拳を一回ずつ丁寧に叩きつけていく。
鈍い音とルラの途切れとぎれの声が、三度続いたところで、ルラは両手を目の前で振った。
「わかった、わかったから命は助けてくれ」
顔を涙と鼻水でぐしょぐしょにして情けない声で、やっとルラは俺の提案に首を縦に振った。
「そうか、よかったな。片足で命が助かったなら、安いもんだろ?」
「ふん、地獄に落ちろ」
ルラは吐き捨てるように言う。
「それで、薬はここで作れるのか?」
「ここでは無理だな、この家の書斎の地下にある研究室に行かなくては」
「分かった」
それから、歩けないルラ村長の案内に従って研究室へと運ぶ。
書斎の絨毯で隠された床の扉を開けて地下へ降りると。
そこは、薬品の臭いが充満している奇妙な形のグラスが棚や机に所狭しと置かれている研究室があった。
その部屋の椅子にルラを座らせてやる。
「では、作業に入るが、完成には明日の朝までかかりそうだ。なのでその間、ナナは家に帰っていてもいいぞ」
「流石に、今はどんなに寝心地が良い場所で寝ても、悪夢しか見れそうにないからな、部屋の隅で終わるのを待っているよ」
「そうか、では監視の目もあることだし出来るだけ早く終わらせようか」
ルラ村長は余裕そうに軽口を言って、両手腕の袖はをまくりながら気合いを入れて取りかかった。
もう、どれくらいの時間が経っただろうか?
「よーし、完成だ」
地下室の時計の朝の六時を指した頃、ルラ村長の伸びをしながら発した言葉に、俺は思わず安堵の気持ちが込み上げてくる。
おっと、ダメだダメだ。
ハチを助けるまでは、まだ安心なんてしてられないだろ。
「ご苦労様、ルラ村長。これでハチを助けられるよ」
「もうこの際、お前がハチを救えることに賭ける事しか、私の選択肢は残されてはいないからな」
「安心していいぜ、ハチを救う事だけは俺が死んでもやり遂げると誓うよ」
「ああ、不本意ではあるが私達の明日はお前の手にかかっている、こうなったら必ずハチを助けて人類の希望を繋いでくれ」
手渡された不思議な色の液体が入った注射器を受け取った俺は、早々に村を出てハチの待っている森へと駆けていく。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
おそらく、後、一、二話で終わりを迎えると思いますが、よしければ次回もお付き合いくださいませ。