出発
拙い文章でおかしな所などあるかもしれませんが、面白いと思っていただけるところが少しでもあれば幸いです。
この森林地帯に覆われた場所にある、この子人村で産まれ育って十五年間。
この日を、ずっと待っていた。
俺は今日、十五歳の誕生日を迎えたこの日に馴染みの人と商店、そして朝いつも、家を出ると真っ先に目に飛び込んでくるこの景色とも、しばらくさよならだ。
ついに今日、村を出る。
長年住んでいた村を出ると言っても、平和ボケした村に嫌気がさしたとか、この村のみんなが嫌とか、そういう理由ではない。
俺が村を出るのは、この村に伝わる風習で行かなければならないからだ。
村の者が十五歳になる日に村を出て、森の深層に生えているあらゆる病を立ち所に治してくれる万能薬を探して取って帰ってくる。
という、今の村長が子供の頃に前村長が作ったらしいものがあるためだ。
なんでも、その世にも珍しい花の回収をして帰って来れた者は村の英雄になれるという話だと、昔、村長から聞いた事がある。
そんな事を思い出しながら自然と大きくなる足取りとともに、俺は勇ましい気持ちでズカズカと村の唯一の出入り口である門に向かって歩いて行く。
門に近づくと、その前に村の人達が集まり、ガヤガヤと何か話している。
すると……
「おーい!待ってたぞ、主役の登場だ!」
こっちに気づいた男の一人が俺に向かって手を振っている。
隣の家に住んでる俺より年が1つ下の、無駄にガタイのいい青年(身長はまだ抜かされてはいない)サンが声をかけてきた。
周りの奴らは、そのはつらつとした声に、若干嫌な顔をしていた。
もちろん、俺は手を振り返すことはせず、わざとらしい、というかわざと嫌な顔をして人垣に近づく。
コイツ、悪い奴じゃないんだけど、早朝から話すにはくどい性格の持ち主である。
俺が目の前まで来るとはサンは「今日でしばらく、ナナとは会えなくなるな」と、満面の笑顔で言ってきた。
「んー随分嬉しそうだなサンくぅん?もしかして、それは俺が村から居なくなるのが楽しみで仕方がないのかな?」
と、この素直さが眩し過ぎる隣人に、俺は少しばかりの嫌味を吐いた。
ちなみにナナというのは俺の名だ。
「いや、そんなことはないんだが、湿っぽいのは俺たちの別れには似合わないだろ」
「うん、そうだね」
うん、知ってた。
お前に冗談が通じないことも、そういう事を大勢の前で言って周りに求めてもいない気恥ずかしさをプレゼントする奴だってことも。
おかげで、俺の見送りで集まってんのに俺の事見てんのお前だけだよ。
「そのくらいにしてあげなさい。このままでは見送り人が、サン、お前一人になってしまうぞ」
そう言って、穏やかな笑顔で、もう歩くのもやっとなんじゃないかというくらいの腰の曲がった白髪の老人、この村の村長である、ルラ村長がサンの背後から、スッと姿を見せた。いつからそこに隠れていたんだろう?
いつも腰が痛いと嘆いているってのに、わざわざ出迎えに来てくれたらしい。
「ナナ、お前は今日この日を迎えた。ワシはお前に期待しているぞ、必ずやこの森の最奥地に咲くあの奇跡の花を持ち帰ってくれる事を」
村長は俺の肩に手を置いて少し痛いくらいに強く握って、いつも覇気の無い声で喋っている時とは別人のように真面目な眼差しで言葉を託すように言う。
そんな、村長を見るのは初めてで俺はこの旅が想像以上の重大さであることを認識した。
「お、おう、任してください!必ずその不思議な花を持ち帰って来ますから」
「ああ、本当に頼んだぞ。あの花はワシ……いや、村の為に必要な物なんだ」
言い終わると、村長が手を差し出した。
俺はその手を強く握って、固い握手を交わした。
「あ、そういえばサン。今日ハチの奴見かけなかったか?」
今朝、部屋を覗いた時は姿が見えなかったから外に散歩でもしに出かけているかと思ったが、どうやら違うらしい。
「いや、ごめん。オレは見てないけど、ハチの奴、兄の大事な日に見送りもしないなんて喧嘩でもしたか?」
「いや、そういうわけじゃないんだけどな」
喧嘩ではないんだけど、ハチの奴、俺がこの儀式を行うことに反対してたしな。
まあ、気持ちはわかるけど、俺だって生存確率が半々の儀式に弟が担ぎ上げられたりしたら、流石に反対するに決まってる。
だけど、俺は外の世界になにがあるのか見てみたい気持ちがある。
正直、花を取ってくることよりも十五年間村で暮らしてきて、ただの一度も外に出た事がない俺からしたら外の世界の方が重要なことだったりする。
村長は外は危ないから出てはいけないと、毎日のように言うが、これまで一度もなにが危ないのかを話してくれたことはなかった。
「それならいいけど、帰ったらちゃんと仲直りはしておけよ」
「ああ、そのためにも必ずあの花を持って帰って来るよ」
だから、帰ってきたらしかめっ面の弟に俺が見てきた物の話を聞かせてやるつもりだ。
その話で、弟がこの村から出たくなるのか、さらに出たくなくなるかは分からないが、きっと興味深い土産話くらいにはなる事だろう。
村の入り口をくぐって、少し歩いてから最後に振り向いた俺に目に映ったのは、大手を振って見送ってくれる村のみんなの姿だった。
「おーい、気を付けて行ってこいよー」
「おーう」
みんなの先頭で腕を痛めそうな勢いで振るサンの声に、手を振り返し背中を向けて歩き出した。
そのあとまだ微かに聞こえるみんなの声に、俺はもう振り向くことはしなかった。
しばらくして、みんなの声が聞こえなくなり、森の中をとぼとぼと歩いていると、気づけば辺りは一面闇に覆われていた。
俺は来た道を振り返って見たが、道というはっきりとしたものは見えず、木々の間に細い空間が闇へ続いている。
そんな光景からこれ以上先の進むと、この森ではもはやどの方向から来たか正確な位置を判断するのは難しそうだった。
それから村を出て、数時間が経った頃。
歩くペースが先ほど勇ましく村を出た時とは打って変わり、不安の中で見渡す限りの暗闇に自分の手を目一杯伸ばした程度の距離しか見えない視界の悪さに、集中を傾けていた俺の耳に誰かがこっちへかけてくる足音が届いた。
一瞬、村の誰かが俺を助けに来てくれたのかという淡い期待が脳裏に浮かぶ、だが、冷静になってそんな都合の良い考え方をしている自分に嫌気が差す。
村の外に出てることを許されているのは、今の俺のように儀式に挑む者と村長だけだ。
つまり、そんなリスクを犯してまで追いかけて来る大馬鹿者は俺の知るかぎり村にはいなかった。
とりあえず、味方である線は薄いし足音の主をやり過ごす為、俺はすぐ側の木に身を潜めて息を殺す。
すると、駆け足で近づいて来る足音の主が俺の隠れた木の横を通り過ぎる瞬間、俺の目はその姿に釘付けになり思わず声をかけていた。
「おい、待て……」
背後からの俺の声に、一瞬肩を震わせて立ち止まったソイツはゆっくりと振り返ると、安堵の表情で言った。
「やっと追いついた、無事で良かったよ。兄ちゃん」
そうだ。俺の為に駆けつける大馬鹿者は一人いたのだった。
出来れば来て欲しくはなくて、可能性から除外した人物。
そこには大馬鹿者。
今朝から探していた、土産をたくさん持って帰ろうと心に決めた、俺の弟であるハチの姿があった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
次はこのお話よりも面白いモノが書けるように頑張ります。