本分
「また雨?」
「やだー」
傘持ってないのに。
濡れるの嫌だなあ。
そう言って、セーラー服の女子生徒二人は渡り廊下を歩く。
(――雨はお嫌い?)
私は、二人に声を掛けた。
けれど、二人は私になど目もくれずに校舎の中へ入っていった。
別に、無視されたわけではないし、彼女たちに悪意があるわけでもない。仕方のないことなのだ。――私の声など誰にも聞こえやしない。千人に一人、いや、万人に一人、声が届けば良い方だろう。ここ二百年くらいで、私の声が届くヒトはどんどん少なくなってしまった。
「……はあ」
「雨が嫌だ」という声を聞く度、「この辺りで雨を降らすのはやめようかな」と思わずにはいられない。
目の上の瘤。端的に言えば、邪魔者。それを理解して尚、雨を降らし続けるのは精神的に疲れる。いくら自分が『雨を司る者』であっても、だ。
生命にとって恵みの存在であり、穢れを洗い流す清い力を持った存在であり、一部のヒトにインスピレーションを与える存在であり……。そして、時には暴力的な存在でもある。それが雨だ。
しかし、最近の「雨」は変わってしまった。
本来清い力を持つはずの「雨」は特定のガスによって酸性に偏り、恵みをもたらすべき土壌を汚染するというあるまじき事態を引き起こしている。
ヒトより優れた力を持つはずの『雨を司る者』は、けれど、ヒトの営みに対応するだけの力を持ち合わせていなかった。
けれど、と、私は思うのだ。
――今日くらいは、『雨を司る者』としての力を振り絞って、清い雨を降らせたい、と。
誰にも届かないかもしれない。
そんなにも大きな力を出してしまったら、せっかく宿った“私”という自我が消えてしまうかもしれない。
「でも……そんなことはどうでもいいの」
今日の良き日を、自分の本分をもって祝うこと。
それこそが『雨の使い』として生まれた私の役割なのだから。
(――貴方がた、雨はお嫌い?)