自分のペースで進みましょう。
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リスア様は無事だろうか、怯えて泣いたり……してないか。あの性格だったらしばらくの間は大丈夫だろうな。
それにしても側室とは。命が助かったんだか引き延ばされただけなんだか、もう少し愛らしい性格であれば王子を取って助かることも可能だったろうに。
もう少し厳しく教育すべきだった、後悔の点はそこだけだ。しかしのびのびと育てたと言えばいい感じに聞こえるのでは。
「いや……駄目だな。後でマナーの復習にでも行きましょうかね」
ソルジア・プンラトはどう評価されてもいいが、リスア様にまでそれが及ぶとなると話は別だ。周りがどう思っていようとリスア様はこの世で一番可愛いのだから。
口が裂けても破裂しても言ってやらないけど。
「ここではリスア様だけでもお守りしなければ……」
まさにこの時のため、その為だけに鍛錬も欠かさず勉強にも励んだ。昔の私だったらしなかった。
では何故ここまで来たか、その原動力は退屈そうに本を読んでいたリスア様の何気ない一言がきっかけだった。
『ねえソルジア』
『なんですか? 紅茶でもお淹れしましょうか』
『ううん、違うの。ソルジア・プンラトってさ、トランプの兵だよね』
『……それはどういう意味でしょう?』
『え、自分で気づかないの? プンラトって反対から読んだらトランプでしょ、ソルジアはソルジャー。だからトランプの兵』
『成程。それではリスア様……リスア・ダーランドはアリス・ワンダーランドになると』
『そう! そういうこと! 凄くない!? 私があのアリスなんだよ、純真無垢なあのアリス!』
『では、私は純真無垢なアリスを護る強力な兵になりましょう』
『あはは、もうなってるよ!』
――あの一時が今までの数年を支えている。トランプ兵は女王を護っているものだが、寝返りも心地いいものだと思う。
しかしリスア様本当に大丈夫かな。私は私で与えられた部屋の広さに動揺している、罠だと思うくらいに豪勢だ。
「不思議の国のアリス、トランプ兵……王子のお相手はランヴィ様、ランヴィ・ダーカー……ヴィランは悪役、ダーカーは暗い」
リスア様の脳内が少しずつ分かってきた気がする。
アリスに兵に悪役まで出たら王子の名もそうあって欲しかった。側室なのだから。
「荷物整理は終わったな……やはり心配だ、頼まれてなくても行くか」
リスア様がランヴィ様にあれこれ言われていたらどうしよう、王子に蔑まれていたら? ……勢いで言おう、私は兵だから大丈夫。
ああでも美形王子の、あの冷たい目で睨まれたらどうしようもないな。やっぱりリスア様置いて逃げようかな。
備え付けのキッチンの棚から茶と菓子が出てくる。あまり見たことがない、この国で生まれた物だろうか。
「美味しいかな……一応毒味もしなくてはな、腐っても可愛い王女様だから」
手に取ってまじまじと見る。注意書きもしっかり読む。
「熱くしすぎると駄目なんだな。まあリスア様は元から猫舌だし……あ」
凄くどうでもいいことに気づいてしまった。でも脳内で反響が大きかったからもう一度考えてみよう。
王子の名前はクロノ・カニンシェ。クロノは素通りし、カニンシェに着目。
カニンシェ、カニンシェン、カニンヘン……カニンヘンは確か兎という意味では無かっただろうか。
そしてクロノは時間を意味する……時間、兎……おお、なんとどうでもいい奇跡なんだ。
「どうでもよすぎたな。早くリスア様の様子を見に行こう」
それから今後はどうするつもりなのかを聞かなくては。あの方に全て委ねるのは余りにも危険すぎる。