身分はわきまえましょう。
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王子直々のご案内となればふざけ倒すことも出来ない。いやあ、それにしても城までの距離が遠いこと遠いこと。
楽しそうに話をしていた人達も私達に釘付け。そりゃそうか、側室如きが偉そうに歩くなって話だよね。
お母様に習った通り、背筋を伸ばして歩く。今頃私のことを探しているだろうか、それとも代わりを探しているだろうか。
「――ここだ、城内は広いから迷うなよ」
目に入って来た城内は、私が絵本で見た物よりも豪華で、煌びやかだった。こういう所に産まれたかった。
「はい、分かりました。迷惑はかけません」
話は変わるが、私は何かあった時のために短剣を持っている。別に誰かを刺そうって訳じゃない、私が何か大失態を犯してしまったときのため。
その場で死ぬと大迷惑だから、ちゃんと人気のない所で死ぬ予定だよ。その前に失態を犯すなって話だけど。
「クロノ、話があるんだが……おや、その方がお前の言っていた」
「はい、側室の……あ、リスア・ダーランド」
「今名前忘れてなかったコイツッ!?」
「ああすみません家の超絶馬鹿王女が失言を!! 今すぐ責任取らせますので!!」
ソルジアに頭を叩かれる。リスア死んじゃう? もう短剣の出番かな?
ついいつものくせで「コイツ」呼ばわりをしてしまった。しかしこんなくせをつけたのはソルジアだ。よって私は悪くない、以上。
「ソルジア、短剣なら私持ってるよ。貸してあげるから逝っておいで」
「売るなって言ってるでしょうが!? ああ本当に申し訳ありません、何度もお見苦しい所を……」
「そんなに謝らなくても大丈夫だ、そこまで行かれるとこちらが困る」
「いやあ愉快な方達だ、物静かなクロノとは対照的だな!」
王様は豪快に笑っている。これがいいんだか悪いんだか分からないな。まあ第一印象は最悪だろう。
クロノ王子は気を取り直したのか、「部屋に案内する」と歩を進める。
「父様、話は後でよろしいでしょうか」
「ああ、構わん。大した話じゃあ無いしな」
「うわあ見てよソルジア、でっかい窓だよ窓。あれガラスで出来てんだよ」
「それくらい知ってますから。負け組……失礼、側室ならしっかりと」
お? 今負け組っつった? わざと負け組って言ったよね、平凡執事のくせに生意気だ。でも意外と強いから平凡ではないよな。
けれど、これ以上会話を続ける力のない私達は黙って王子について行く。
階段は上らないらしい、一階にあるとは……出入りが楽だ。二階以降は王族かな。長い廊下をただただ歩く。あ、曲がった。
曲がった先にも長い廊下が。一番奥は行き止まりだから、私の部屋はここら辺だろう。
「――お、予想通り」
「ここがお前の部屋だ。中は汚れていないし、家具も、必要なものは全てある。引きこもっていても構わない」
扉を開くと予想の12倍は広い部屋があった。いかにも高そうなテーブル、椅子、ソファ、ベッド……右側にももう一つ部屋がある。
「凄いなあ……今日は私がソファで寝るから、明日はソルジアがソファね」
「何を言っているんだ。お前の執事にはそれ専用の部屋がある」
「えっ、嘘。唯一の味方がいないとか孤独死確定じゃないですか」
「本当だ。お前はもうここで寛いでろ。そこの執事……ソルジアとか言ったか、ついて来い」
嘘でしょ!? 私のお話し相手がいなくなるとか……。
「はい。ではリスア様、また後ほど」
「……えー……嘘やん、しかも遠く行ってるし。せめて隣の隣の部屋にしてよ……」
二人の影は見えなくなった。こんなんだったら牢獄の方が良かったかも。でもいいか、お部屋探検でもしよう。
「ここにテーブルと椅子四つ……奥には棚とか窓があるのね」
隣の繋がっているもう一つの部屋を覗く。ここには窓、ベッド、ソファ、長テーブルがある。
ベッドは天蓋付き。子供が夢見るようなやつね、見ただけで元気になれるわ。後でダイブしておこうね。
「ここにバスルームと……化粧品とかも買った方がいいのかな、でも負け組もとい側室だから要らないか」
正妻だったら必須だろうなあ、人前に出るんだから。時期女王だし。大変だね。
「立派なご隠居さんになれそうだ」
これからの生活が少し楽しみになった。そうだ、折角なら体力作りをしよう、ベッドでダラダラするのもありかな。
一人で気持ち悪いくらいに笑みを浮かべていると、ドアが控えめにノックされた。どちら様? 無礼のないようにすぐ開ける。
「あれ、貴女は……そう、ランヴィ様。こんな所に何かご用ですかい?」
この口調が無礼に値するのか、盲点だった。盲点でもない、当然だね。私天蓋付きベッドのせいで頭狂ったみたい。
「えと、貴女がリスア・ダーランド様……ですよね?」
「ええ、腐っても王女なリスアですが。――あ、王子様を取ろうなんて気は全くありませんよ」
おどおどとしているランヴィ様を見て、何かに気づいた。さては取られると思ってるな。一応先に行っておいたけど、逆に怪しまれるかな。
「な、ななんで分かったんですか!?」
「勘ですよ勘。時期女王様がほぼ無人の場所に態々来る理由なんて、そんなものでしょう」
「そんなものって……私、政略でも何でも、どんな理由だったとしても、クロノ様に惹かれてました。それくらい、好きなんです」
「お熱いことで。王子様もランヴィ様のこと好いているようでしたし、お似合いじゃないですか。どこに不安があるのです?」
好いている様な素振りなんて見ませんでしたけどね。女は嘘で粧すのよ。私達がふざけまくってたせいかもしれないけれど。
「その……烏滸がましいですけど、クロノ様に、あまり触れないで下さい……ね」
「はい、分かりました。心に刻んでおきます、貴女方の未来に光があらんことを」
私があんな生まれでこんなに弄れた性格じゃなかったら惚れてただろうね、あの王子様に。