言葉は厳選して言いましょう。
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頭が真っ白で何も考えていないまま、国の中央にある城に帰る。誰にも見つからないように。
これまた重々しい空気を纏った扉をゆっくり開ける。薄暗かった城内に陽光が差す。
「私の部屋は何故一階にないの」
「それは腐ってもお嬢様だからでしょう。あ、側室様か」
「後で覚えてろよ」
いつ、どこから、どんな様子でお母様とお父様がやって来るか分からない。急がば回れと言うが、迂回しすぎて誰かと出会ったら本末転倒。
それなら一番短い道を通るが得策、もうソルジアなんて気に留められない。私だけでも心の準備終えてやる。
「ちょ、リスア様……焦り過ぎですってば」
「王子が待ってくれてんのにのんびりしてる訳には行かないでしょ!」
この城は道が分岐している。早いところ自分の部屋に戻らないと……ここを左に曲がって、そのまま真っ直ぐ、この廊下の右から三番目の無駄に大きい部屋。
そろそろと歩いていたくせにダイナミックに開けてしまった。すぐ閉めれば大丈夫か。
「――何を持っていけばいいんだ? 大切な物は無いし、服くらいしか……あ、金も持って行こう」
クローゼットから乱雑に服を出す。持って行くのだけ綺麗に畳めばいい。そもそもそんなに持って行かないし。アエトカロスで買えばいいだけだし。
大きめの鞄に詰めていく。着いてから畳めばいいか、それでいい、この城内で誰にも見つからなければ何でもいい。
「よっし、終わった……あとはさよならするだけ」
「リスアー? もう帰っているのでしょう? どこにいるの?」
「うぇ、お母様……ドアから出るのは危険極まりないか」
「大丈夫よ、側室にならなくたって。他の国を当たればいいわ、今ならやり直せる」
嘘つけ、アエトカロスにずっと媚び売っておいて。嫌気がさしてんだこっちは。
どうして逃げようか。ここは二階、窓の下には木。葉は生い茂っている、ただ一か八かになる。でも、ドアから行った方がもっと危険だ。
ソルジアは……それもあとで回収するとして、窓から飛び降りるか。やっぱりまだ生きていたいわ。
「リスア! 部屋にいるの?」
「展開速すぎて追いつけないでしょ」
「リスア出て来なさい! いいのね、開けるわよ」
「私の足も速いからね」
「リスア!!」とお母様の怒号を聞き流して窓から飛び降りる。この後はどうやって国から出ようか、変装でもすりゃよかったな。
「――いっ……たいっ!! 服が引っ掛からなかっただけマシか」
「リスア様! 裏から出ましょう、表から堂々は無理です!」
「あ、ソルジア生きてたんだー、元気してた?」
「只今現在進行形で死にかけです! さ、門番がいない内に!」
役立つわあ、何だかんだで頼りにしているよ。恥ずかしくて言えないけれどね。
それにしても、ソルジアの荷物も少ない。だよね、この国何も無いもんね、仕方ないことだよね。
馬車も無い、移動方法は己の足。小さい頃から走ったりなんてさせて貰えなかった、隠れて鍛えておけばよかった。
「リスア様大丈夫ですか、担ぎましょうか」
「馬鹿にしないで、火事場の馬鹿力って物があるの」
「馬鹿力でも火事場は消せませんよ」
城から抜ける、民家のない所を走る。体力もつければよかった、行く先行く先後悔ばかり。
幸いにも、民衆はあの大通りに溜まって私達を待っている。もうそこに私はいないよ。
「あった! 門! 早く開けましょ」
「裏門のありがたさを初めて実感しましたよ、本当」
ソルジアが慣れた手つきで開門する。有能過ぎてどうしましょう、なんて考えている暇は無い。
門を高速で抜けた後も走る速度を落とさない。アエトカロスが近くてよかった、ああでも門で止められたら。
変なことを考えるのはよそう。さっき通った整備が中途半端な道を走る、不思議と体力は削がれなかった。
「今まで生きてきてよかったことなんてソルジアと出会ったくらいだよ」
「こんな状況でそんな嬉しいことを言われても困ります」
「ああ! 何で道の真ん中に木が。鬱陶しい、誰か伐採しておきなよ」
「大切な何かでも宿っているんでしょうね、ほら、見えてきましたよ」
顔を上げると戻らないと誓ったはずの城壁があった。勝った、帰らない限り私達は殺されない。
走るのを止めると、足元に汗が流れ落ちる。地面に染みて行く。私こんなに体力無いのね、さっきまで来なかった疲れが一気に押し寄せる。
「は、入ろう……門番にも事情は通っているだろうし、入ったら完全勝利だよ」
「でも、相手がすぐお城に入れてくれるかどうか……執事じゃなかったらリスア様のこと見捨ててましたよ」
「私のこと好きなんだか嫌いなんだか分からないね」
好嫌いですと言ったソルジアを置いて、門を通る。門番には何も言われなかった。
アエトカロスはやはり大きい、町は常に賑わっていて、明るい印象。
門の付近には誰もいない。それをいいことに私は膝から崩れ落ちる。安堵と疲れと不安かな、側室って正妻から嫌われやすいでしょ? 私にはお似合いだけど。
「デスゲーム回避できたあ」
「馬車で来ない奴はお前が初めてだ」
「あら王子様、これは奇遇ですね」
「本当に王女か? 品の欠片も無いな」
「腐っても燃やしても王女ですよ」とソルジアの言葉を少し借りる。返すつもりは無い。
クロノ王子は呆れの眼差しを私に向けた。いいよ、そんなの慣れっこだし、さっきまで死にかけてたんだから。
「リスア様、意外と足速いですね……くっクロノ王子!? 申し訳ありません」
「もういいよソルジア、側室解消されても金はあるんだから家は買えるよ」
「こんなので側室を解消するほど俺は心が狭くない。早く城に行くぞ、お前の部屋に案内しなければならない」
「へっ、お部屋あるんですか。屋根裏部屋とかでいいんですけど」
それこそ腐っても王女なんだからそんな真似はできないと、クロノ王子は真面目な顔をして言った。きゃあカッコイイ。
「じゃあ、案内するからな。しっかりついてこい」