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3.それは恋に似ていた




 アルクス・ウィリディスと婚約してから、私は7日に一度は彼の家へ遊びに行った。

 アルクス、もといアルはいつも不機嫌そうな顔をしていたけれど、どうやら彼は元々そういう顔らしい。

 ムッとしている表情を正面から眺めていると、エメラルドグリーンの瞳で見つめ返される。そのまま視線を逸らさず見ていると、彼のほうから諦めて顔を逸らすのだ。

 これが彼の家に行ってする遊び。ただ見つめ合ってお茶を飲む。それだけ。

 たまにシレン様もいらっしゃって3人でお茶を飲むけれど、その時だけはシレン様を通して会話らしい会話ができる。

 どうやらアルはとても無口な人らしい。


「今度鷹狩りに行かないかい?」


 シレン様が愉しげに突拍子もない事を言う。


「いいな、そろそろ銃を扱ってみたいと思っていたところだ」

「まだ早いのではないかしら。もう少し大きくなってからでも構わないでしょう? 鷹は逃げますが、いなくなりはしませんわよ」


 それに対して、アルと私が意見を答える。


「アヴィは心配性だね。僕はもうすぐ7歳になるし、アルだって来月6歳になるんだよ?」

「ああ、心配し過ぎだ」

「そうかしら。まだまだ成長期なのだから、危ない事はしないほうがよろしいでしょう?」


 こんな風にシレン様の言葉にはアルは普通に反応するから、私はそれに便乗させて貰っている。これを会話と呼んでいいのか分からないけれど、これを除いてしまったらアルとは挨拶しかしてない事になっちゃうから、会話と言ったら会話ですわ。


「そういえば、アヴィの誕生日はオーロラの日だったよね」

「ええ、来月ですわ」

「アヴィにぴったりの品を贈らせてもらうよ」

「ええ、楽しみにしてますわ」


 シレン様とはこんなにもスムーズに会話ができるのに、なぜアルとはできないのかしら。まだ知り合って数ヶ月しか経っていないし、日々を重ねていけば変わるものだといいのだけれど。

 こういう時、同年代の知り合いが少ないと困る。比べる対象が親戚のシレン様しかいないから、普通はどれくらいの期間で親しくなるものなのか分からない。

 今度お兄様に相談しようかしら……。


 そんな事を悩んでいると月日は早く過ぎ去っていき。

 今日は我が国で『オーロラの日』と呼ばれる、6年前に王都でオーロラが観測された日。

 そして、私が生まれた日。




「おめでとうアヴィ。貴女に祝福がありますように」

「ありがとうございます、シレン様」


 貴族の子供の誕生日は盛大に祝うのが慣例。加えて私の産まれた年は病で多くの子供が亡くなったから、生き残った子供は殊更豪勢に祝うようになったらしい。

 だから今回の生誕パーティーには、両親が多くの人々を呼び寄せた。数多くの人に祝福の言葉をいただければ、それだけで健康になれると信じられている。

 貴族だけではなく様々な職種の人物が集った屋敷の大広間(ホール)の中心で、私はずっと来訪者に挨拶をしていた。


「すごい人だね、普段会えないような人達も多くいて興味深いよ」


 両親が呼び寄せた者の中には、平民の画家などの芸術家も多くいた。貴族の華やかな服飾たちに紛れない平民の装いはとても目立つ。けれど、色取り取りの服装の人に祝福されるのは、とても心地よかった。まるで世界に愛されているような気分になれた。


 けれどそれと同時に、少しずつ気分が沈んだ。

 なぜならみんな揃って私を『アヴロラ様』と呼ぶから。

 名前が『アヴロラ』なのだから当たり前なのだけれど、私はこの名が苦手。

 だって『アヴロラ』というのは『オーロラ』のこと。私が産まれたその日、王都にオーロラが現れた。

そのため、珍しいオーロラが奇跡的に王都に現れた日を『オーロラの日』と呼ぶのと一緒に『奇跡の日』とも呼ぶ。

 そして私の事を『奇跡の少女』と呼ぶ人が一定数いるのだ。オーロラが出た日に産まれて、そしてあの流行病にも罹らなかった女の子だから。

 冗談じゃない。私は奇跡なんてすごい事はしていない。ただ毎日健やかに過ごして今日まで来ただけ。奇跡なんかじゃない。

 それに、どうせならもっと可愛い響きの名前が良かった。『リリィ』とか『ルーシー』とか『レイラ』とか。

 本気で改名できないか使用人にこっそり調べて貰った事もあるけれど、貴族の女性は特別な理由が無い限り名前を変えられないらしい。それを知った日は声を上げて泣いた。

 悔しいからせめてもの悪あがきに、親しい人には極力『アヴィ』と呼んで貰っている。


 そういえば、アルにはまだ一度も名前を呼んで貰っていなかったわね。


「アヴィが気に入るといいけれど」


 シレン様が差し出した薄桃色の小さめの箱を両手で受け取る。箱の上の桃色のリボンが何重にも折り重なり薔薇の花弁のようで、とても可愛らしい。


「まあ! ありがとうございます。開けてもよろしいですか?」

「うん、もちろん」


 飾りリボンを崩さぬように箱を開けると、中にはガラス細工でできた髪飾りが入っていた。淡い七色でできたそれは、どの角度から見ても星の形をしている。


「アヴィっぽいかなって思って」

「とても素敵ですわ。早速今度のお茶会で着けさせてくださいませ」

「うん、喜んで貰えて安心したよ」


 笑顔のシレン様へ改めて膝を折って頭を下げた。その途中で、念のため箱の中に細工が無いかチラッと見た。

 悪戯に余念がないシレン様の事だから、髪飾りを箱から取り出そうとした瞬間何かが飛び出して来るかもしれない。私は箱をそっと閉じて使用人に渡した。後で一人の時にじっくり確認しなければ。


「アルはもう来たのかい?」

「いいえ、まだですわ。そろそろいらっしゃる頃だと思いますけれど、いかんせんこの人集(ひとだか)りでしょう? お会いできるのか不安になりますわ」

「それだけアヴィの両親はアヴィの誕生を喜んでいるんだよ」

「ええ、存じているので文句も言えませんわ」


 思わず溜め息を吐きそうになるけれど、祝いの席で主役の私はそんな所作をできない。日々行われる厳しい淑女教育の賜物で背筋はピンと伸ばしっぱなし。ひっきりなしに来客がいらっしゃるから、ずっと立ちっぱなしで挨拶とお礼の言葉を贈り続けて。まだたった6歳の私は疲れてきていた。

 目に言えて疲労していたのか、シレン様はそっと私の肩に手を置いた。


「年に一度だけの辛抱だから、がんばってね」

「励みの言葉ありがとうございます。シレン様の誕生日も楽しみにしておりますわ」

「ははっ、今からグッタリしちゃいそうだな」


 シレン様は王位継承権第二位の王子様。私と比べ物にならないほど祝う人が多く、国を挙げての祝賀会になる。きっと私と比べ物にならないほどお疲れになるだろう。今度労いの言葉と贈り物を選ばなければ。


「それじゃあ、またねアヴィ。少しでも楽しんでね」

「ええ、またお茶に呼んでくださいませ」


 シレン様が去ると、また知らない来訪者への挨拶地獄へと戻った。それを粛々とこなしていく。



 昼から始まったパーティーが、陽が沈むと共に夜会へと変貌していき。夕日がホールを照らす頃、私は何度目かのお色直しをして、今はエメラルドグリーンの鮮やかなドレスを見に纏っていた。母のオススメのドレスだけれど、私の淡い髪色と合わせると派手に見えるような気がして私は少し恥ずかしかった。


 そんな時、彼がやって来た。


「──おめでとう。貴女に祝福を」


 何百人目かの祝福の言葉にお決まりの礼をしていたら、聞き覚えのある声に私は弾けたように顔を上げた。


「アル!」

「遅れてすまない。道が渋滞していた」

「あら、何かあったのかしら」

「みんな一目見たいと押しかけているようだ」

「街に珍獣でもやって来たの?」

「いや、珍獣よりも珍しい」

「まあ! わたくしも見てみたいわ」

「そうか、それはちょうど良かった」


 珍しく饒舌な彼に驚いていると、緑色の木箱を押し付けられた。

 と思ったら、私が何か言う前に木箱の蓋を開けて中身を取り出した。


 それは銀で彩られた手鏡。鏡の裏には小さな光る色取り取りの石が嵌められている。

 その鏡を、なぜか私の顔の前に突き出してきた。

 不思議に思って鏡とアルを見比べていると、彼は小さく咳払いをして、それから真っ直ぐ私を見つめた。


「アヴィ、誕生日おめでとう。君に祝福があらんことを」


 そう囁くと、私の片手を取って指先に軽く口付けを落とした。

 まるで愛しい人へ捧げるように。

 王子様がお姫様にするように。


 私はこの時初めて、彼が私の婚約者なのだと実感した。ただの同い年の知り合いではなく、親戚の友人でもなく、ただのお茶飲み友達でもなく。彼は私の将来の結婚相手なのだと、ようやくストンと胸に落ちてきた。

 それと同時に、彼から初めて名を呼ばれた事に胸が打ち震えた。名を、しかも愛称を彼に呼んで貰えることがこんなにも嬉しいとは知らなかった。もっと彼の口から名を呼んで欲しいと、もっともっと私を呼んでと強く思った。


 きっと私はこの時アルに恋をしたのだろう。

 きっと彼に恋をしたのだろう。

 この想いが私自身を苦しめるとも知らずに。



 この日を境に、彼は私の家に遊びに来るようになった。もう待たせたくない、というよく分からない理由だったけれど、私は彼が会いに来てくれるだけで嬉しかった。

 3日置きずつ互いの家に行き来するようになって、3日に一度は彼に会えた。会話も増えて、シレン様がいらっしゃらない日も二人で時間が許すまで語り合った。


 あの日が来るまで。あの日が来てしまうまで。




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