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2.緑の婚約者




「アヴィ、喜んでくれるかい? お前の婚約が決まったよ」


 お父様が満面の笑みを(たた)えてそう報告して来たのは、私が5歳の時だった。


 十一も年の離れた兄が、我が国の王家へ婿入りが決まった翌日。私の嫁入り先まで決定した。

 お相手は、同い年の侯爵家の次男。


 私が産まれた年に、我が国では流行病が蔓延(まんえん)し、産まれたばかりの赤子や幼子の多くの尊い命が儚く消えていったらしい。そのため、私と歳の近いの子供は極端に少ない。

 その少ない同年代の子供の中から私の婚約者候補となると、たった一人しかいなかったらしい。

 それもそのはず、我が兄は次代の女王の伴侶となる予定。そのため、私は王家の血縁者となる。そんな高貴な家柄のお相手となると、余程の由緒正しきお家でないと釣り合いが取れない。

 その点、この度お相手となった侯爵家、ウィリディス家は、代々王家を守る近衛騎士や王にほど近い文官を輩出している非の打ち所がない家柄。

 そして重要なのが、彼が『次男』であるという事。

 我がマレフィフス家の長男である兄が王家に婿入りするため、将来私が家督を継ぐ事になる。つまり、私の結婚相手は我が家に婿入りして貰わないといけないのだ。

 名家であり、婿入り可能な、年の近い男の子。

 それが、私の婚約者となったアルクス・ウィリディスだった。



「ほらアヴィ、彼はとてもハンサムだろう?」


 そう差し出された姿絵に描かれた少年は、何が不満なのかとても不機嫌な顔をしていた。

 ハンサムかどうかと問われれば、我が兄のほうがとてもカッコいいと思う。


「あらあら、アヴィちゃんは見惚れちゃったのかしら。とっても凛々しい男の子で、アヴィちゃんにぴったりね」


 能天気が取り柄の母は、朗らかに笑いながらそんな事を言っていた。

 凛々しい……たしかに凛々しくはある。エメラルドの宝石のように輝く瞳は、この姿絵を描いただろう画家を睨んだのか、観る者を萎縮させるほどキレがあり鋭い。深緑色のオールバックの髪型が、年相応の子供らしさを全て打ち消している。

 同い年には到底見えない面差し。まさか歳を誤魔化していないわよね?


「今度開かれる王宮でのお茶会で顔合わせをしなさい。準備は怠らないようにね。ドレスは決まっているかい?」

「ええ、あなた。アヴィちゃんにぴったりのエメラルドグリーンのドレスを作らせましたわ。アルクス君の瞳の色とお揃いにしたのよ」

「それはいいね、話も弾みそうだ」

「アヴィちゃんも楽しみにしててね。とびきり可愛くお洒落しましょうね」


 楽しげに弾んだ両親の声を聞き流しながら、私は思った。

 婚約って面倒臭いな、と。



 面倒臭くても嫌でも、朝は変わらずやって来る。

 気が進まない婚約に、5歳ながら重いため息を吐いていたら、あっという間にお茶会の日になっていた。

 

「ようこそ、アヴィ。こっちで一緒に花を見よう?」


 王宮の巨大庭園の一角。薔薇の咲き誇る花壇に囲まれた芝生の上に、所狭しと人がいた。

 本日のお茶会は老若男女を問わない親交会らしく、当国の貴族の多くが集まっていた。とは言っても平日の真昼間に行われている茶会に出席しているのは、ほとんどが暇を持て余している貴婦人や仕事を引退した老紳士。無論、子供はほとんどいない。なぜなら、年若くて健康な子供と言えば、赤子を除けば私と例の婚約者と、そしてもう一人くらいしかいないから。


「アヴィ、聞いてるかい? 薔薇は嫌い?」


 先程から優しく声を掛けてくださっているのが、最後の一人。我が国の王位継承権第二位であらせられる王子、シレンティウム様。

 私の兄の結婚相手である王位継承権第一位のお義姉様、の弟様。

 つまり私の親戚にあたるので、気軽な付き合いをしている。


「聞いておりますわシレン様。わたくし薔薇は綺麗なので観るのは好きですが、お茶のほうがもっと好きですわ」

「そう? なら、あちらで飲もうか。今日は異国の珍しい茶葉を揃えているから、楽しんで貰えると思うよ」

「まあ、それは楽しみですわ。この前いただいたお茶のような、奇抜なものではないといいのですけれど。わたくしまだあの味が舌に残ってしまって忘れられませんの、今日のお茶で忘れさせてくださいませ」

「ああ、もちろん。今日も忘れられないお茶を出そう」


 私の軽口など気にした風もなく笑顔で応える彼にエスコートされ、白で統一されたベンチの一つに腰を下ろす。隣にシレン様も座れば、程なく侍女が芳しい香りのお茶を差し出してきた。

 ……この香り、どこかで嗅いだことがあるような……。


「……シレン様」

「うん? 何アヴィ?」

「こちら、まさかと思いますが……」

「ああ、もうバレちゃったか」

「やっぱり、この前の渋茶とやらですわね。もう二度と飲みませんと言ったはずですわ」


 以前王宮に招待された時にシレン様に飲まされた異国のお茶は、筆舌に尽くしがたい味だった。匂いが良いだけに、飲んだ瞬間に舌を襲う複雑怪奇な味との落差に、はしたなくも口から吹き出しそうになるのを必死で堪えたのは忘れもしない。


「ごめんごめん、アヴィの驚く顔が見たくて」

「即刻、換えてくださいませ」

「はいはい、仰せのままに」


 シレン様は微笑みを浮かべて侍女に新しいお茶を入れるように指示した。


 本当に、この方は茶目っ気が過ぎていけない。彼と知り合ってからというもの、その標的はいつも私なのだ。

 この間はとても精巧に作られたカエルの玩具をテーブルの上に置かれ悲鳴を上げそうになったし、その前はソファの上にオナラのような音が鳴る袋を置かれて恥ずかしくて顔を上げられなかった。この方は本当に、暇さえあれば悪戯ばかりなさっている。

 まぁ歳の近い子供があまりいないから、必然的に相手をするのが私になっても仕方がないけれど、それにしても全てその笑顔で許されると思っていそうで腹立たしい。

 銀糸の髪に紺色の瞳が神秘的で、空から舞い降りた天使のようだと賞賛されるほどの美少年である彼は、自分の笑顔の威力が絶大だという事を理解している。

 だから、悪戯をしても笑顔で謝る。

 私よりも一歳歳上のくせに私よりも子供で、反面したたかで。

 本当に、困った親戚である。


「アヴィ。今、失礼な事思わなかった?」

「ええ、思いましたわ。さすがシレン様、よくお分かりで」

「アヴィは僕の高貴さを理解していないようだね」

「ええ、存じませんわ。ぜひご教授くださいませ」

「そうだね、じゃあ僕の名前についてから話そうか」

「耳にタコができるほど聞かせていただいたので結構ですわ」


 こんな風に冗談を言い合えるのもシレン様くらい。私がどんなに心無い嫌味を言っても笑顔で返す彼を、実は少し尊敬している。


「そういえば聞いたよ、婚約したんだって?」

「お耳が早いですわね」

「そりゃあ王子だからね」

「左様ですか」

「アルクスとだろう? もう会ったのかい?」

「お知り合いだったのですね。私は今日お会いする予定ですわ」

「うん、友人だよ。そっかぁ、アルとか……」


 シレン様には珍しく、笑顔を崩して遠くを見やった。


「何か問題でもお有りな方なのですか?」

「ん? いや、そういうわけじゃないよ」

「では何が引っ掛かるのです?」

「……独り身は僕だけになっちゃうな、って」


 独り身って、私達まだ5歳なんですけれど。

 シレン様ほどの方ならば、相応しい女性がいくらでもいるだろう。それが今は他国にいるのか、まだ赤子なのかは分からないけれど。


「アルクスは良い男だよ。真っ直ぐで、実直で、真っ直ぐで」

「曲がっていない事だけは分かりましたわ」

「会えば分かるよ、きっとアヴィも気に入るさ」


 そう無責任な事を笑顔で言われて、私の気分はますます滅入った。


 婚約者か……。

 この国の貴族の娘として生まれた以上、国の繁栄と安寧のために尽くさなければならない。結婚もその一つであり、家と家との結び付きを強固にする事によって国を安泰へと導く役割がある。

 と、家庭教師から習ってはいる。

 理解もしているつもり。

 けれど、いざ己の身に降りかかるとなると、現実を直視するのを躊躇う。

 言っても私はまだ5歳。夢を見たいお年頃。

 白馬に乗った王子様が迎えに来てくれるなんて思っていないけれど、いつか私だけを愛してくれる人に出会えると信じたい。

 そんな淡い夢は、今日消えて無くなるのだけれど。


「あ、アルクスが来たみたいだ。アル! こっちだよ!」


 現実がそこまで迫っている。

 夢の終わりを告げる使者が、もうすぐそこまでやって来ている。

 ああ、さようなら幼き夢。

 そして、受け入れましょう現実を。


「初めまして。アルクス・ウィリディスという。これからよろしく、婚約者殿」


 現れたのは、姿絵と寸分変わらぬ不機嫌そうな顔の、緑を纏った少年だった。


 私の運命を狂わせる、たった一人の私だけの婚約者との、最初の思い出。




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