第四話『共闘』
よろしくお願いします!
「貴様ラガ結託シタ所デ、我ニ敵ウト思ウナッ!!」
目の前の異形が吠え、一斉に無数の触手が伸び、二人を襲う。
「ちぃっ!!」
「ふん、無造作よな」
二人は、その触手の殴打の嵐にも苦悶の声を漏らしながらも全て捌いていく。
ネレウスは、『月光加速・三雷』の反動の所為で、いなすのが精一杯だが、リヴェラは軽く魔力の刃で受け流し、切り裂いていく。
「いけるか、ネレウスとやら」
「どうにかな……。だけど、こいつら全く攻撃が止まないぞ」
剣で触手を斬っているが、無尽蔵のように攻撃は繰り出される。
それは、恐ろしい再生能力によるもので、触手を切っても、すぐさま元通りに再生してしまい、いくら攻撃しても、キリがないのだ。
「だが、多少再生には時間を要するようだぞ。なら、触手を殲滅させずとも、奴に近づく隙さえ作れれば良い」
リヴェラが提示する一つの策。
ネレウスには余り予想が付かなかったが、次の瞬間、その策が眼前で炸裂する。
「『嵐刃龍牙』」
詠唱と共に、爆音が響き渡る。
一気に凄まじい風量が濃縮して不可視の刃となり、それが無数に連なり、放出される。
周りに立ち込めていた触手が一斉に切り裂かれて、辺りに不気味なまでに赤黒い光沢を放つ液体が飛び散る。
「今だ、行くぞ」
「ああ!」
道が開かれ、二人は異形の姿を捉える。
そして、高らかに響き渡るのは二つの声。
「ここで決めるぞ」
「『月光加速・四閃』ッ!!」
二人の意志が重なり、一気に闘気が集中する。
一気に強力な魔力を纏ったリヴェラと、自身が扱える中で最も強力な力を引き出す事が出来る『月光加速・四閃』を使用したネレウスの二人は、かつてない威圧感で、敵へ迫る。
その二人の共闘は、何人たりとも止められる様なものでは無い。
「『陽炎閃火』」
「『夜剣・黄昏刻』」
二人は手に握る魔力の剣に、其々の『魔技』を纏わせる。
『風烈斬』も『魔技』の一つだが、あまり効果は見られなかった。
だが、今は『月光加速』を使用しているため、威力は段違いに上昇している。
それに加え、ネレウスは扱える『魔技』の中でも威力が非常に高い技を選んだ。
本来、魔法と剣技の合わせ技というのはただでさえ強力な威力を秘めている。
その二重攻撃が、異形めがけて放たれる。
「ヌウウッ!『魔殺爪・双滅』!!」
迎え撃とうと、異形は『魔殺爪』を両腕に宿して、こちらを引き裂かんと両腕を振りかぶる。
魔力を喰らう『魔殺爪』でこちらの纏う魔法を無効化し、持ち前の怪力で、こちらを返り討ちにしようという算段なのだろう。
「貰ッタゾッ!!」
凶悪な黒爪が、二人の刃を餌食にせんと、切っ先が空気中に漂う微弱な魔力さえ喰らいながら、迫る。
「ほう、ならそれは見当違いというものだぞ?」
鬼気迫る勢いを殺すように、どこか挑発的で蠱惑的な声音。
その意味は、一瞬後に鮮血を以って知ることとなる。
「クッガガァッ!?」
届いているはずの無い刃が、深々と異形の腹部へと突き刺さり、その傷からは現実を知らしめるように容赦なく鮮血が散る。
そして、届く筈だった凶爪は、ネレウスの剣に受け止められていた。
「何ガ……起キタ……!」
「ふっ、簡単な事だ。貴様の行動を読んで、罠を仕掛けたんだよ。こちらの技の性質も碌に警戒せず、『魔技』なら『魔殺爪』と自身の力で捩じ伏せてしまえばいいだなんて考えに甘んじた結果だ」
少女は嘲笑の意を込めて、異形に冷たい声音で迫る。
二人が仕掛けていた罠、それは少女の言う通り、『魔殺爪』に対しても有効な一手で、致命傷を与える事だった。
『陽炎閃火』というのは、武器に熱を纏わせて、一閃する火炎系の物理攻撃の『魔技』。
『夜剣・黄昏刻』というのは、月の魔力で強化した武器で薙ぎ払う技。
一見すれば何の変哲も無い。だが、技の使いようによっては有効な一手となる。
『陽炎閃火』が、怪物に気付かれずに届いたのは、その熱の性質を利用し、相手に擬似的な幻惑を見せた事。
それにより、熱で歪んだ虚像を見ていた異形には、気付かれず、実体を当てる事が出来た。
『夜剣・黄昏刻』が、『魔殺爪』を防いだ理由というのは、互いの技の仕組みを利用したものだ。『夜剣』系統の技は皆、月の魔力を纏うのだが、月の魔力は高濃度故に強力だが、毒になる。
『魔殺爪』は魔力の爪に相手の魔力を吸収できるように、魔法の魔力注入段階のものを纏わせておくものだが、月の魔力は通常の魔法で扱うには高濃度過ぎるために、魔力容量がパンクしてしまい、魔力を吸収しきれず、『夜剣・黄昏刻』を無力化出来なかったのだ。
「コンナモノ……!押シ切ッテクレルワ!!」
だが、その完全な策にも折れず、果敢に二つの剣を押しのけようとし、刃が押され始める。
「火事場の馬鹿力という奴か……!しぶとい奴だな。だが、貴様は私たちの策にもう嵌っているのだよ」
「ヌアアッ!?」
刃を押しのけようとしていた強烈な力が一気に弱体化し、異形が吐血する。
その様子を確認したリヴェラは魔法を詠唱する。
「『魔縛の罪鎖』」
詠唱と共に、鈍く輝く二本の鎖が金属音を撒き散らしながら、飛来し、異形に絡みつき、縛り付ける。
「そろそろ何が起きたか分かってもいいんじゃないのか?怪物」
「ヌウ……、ソウダナ。オ前達ノ二ツ目ノ罠トイウノハ、月ノ魔力ヲ流シ込ミ、我ノ破損シタ魔力回路ヲ断絶サセテ、無力化スルコトダッタノダロウ?」
すると、少女は満足気な表情で、拍手する。
明らかに馬鹿にした態度だが、無力化された異形には、憤った所でどうにもならない。
「そうそう、ご名答だ。殺したら何も聞けないからね。さて、こちらの質問に暫く答えてもらおうか。私も世界を滅ぼされる訳にはいかないんだ」
「フッ、貴様ガソレヲ言ウノカ、『絶対悪』ノ者」
すると、穏やかに見えた少女の表情が凍りつく。
奴の言葉が彼女の琴線に触れてしまったのだろう。
「何か言い残す事は?情報提供してくれれば、まだ君の遺言は先延ばしにしようと考えているんだがね?」
「……ヤハリ、貴様ハ慢心ガ過ギルナ。ダカラ爪ガ甘イ。出デヨ、我ガ傀儡共ヨ」
異形の声と同時に、地中から、空から、ありとあらゆる場所から大量の怪物の軍勢が姿を見せる。
鳥や狼といった獣に酷似した姿をしているが、背中には異形の持っていた触手のようなものと、紫がかった靄がかかっている。
「貴様……!ここにいる獣達を支配下に置いたのか……!」
ネレウスは驚愕の声を上げ、隣の少女も苦悶の表情を見せる。
その二人の様子に異形は笑みすら浮かべているかのような、そんな愉快そうな様子だった。
「ククク、気ヅイタ所デモウ遅イ。奴ラノ相手ハ貴様ラ二任セルゾ」
その一言を告げると、支配下に置かれた鳥獣の数体が、異形を縛り付けていた鎖を引き裂く。
耐久性はそれ程高くないにしろ、簡単に引き裂くという事は、この獣の軍も驚異的な攻撃力を秘めている事が伺える。
「デハ、サラバダ」
「おい、待てッ!」
ネレウスが、『月光加速・四雷』の持つ凄まじい速さで、捕らえようと地面を蹴るが、捕らえる前に異形は目の前から姿を消してしまった。
「クソッ!」
ネレウスは、敵を捕えられなかった事に憤慨するが、どうにもならない。
なら、今すべきことは何か。
「仕方あるまい。この軍勢だからな、まずはお主の同志を如何にかするしかあるまい」
隣に立つ少女の方はある程度仕方がないと割り切ったようで、今やらねばならない事を呟く。
「そうだな、『暗夜』の為だ。やるか」
周りに倒れているのは、同志達。皆、腕は確かな戦士だけあって、生命力は保っている。
だが、それも目の前に立ち並ぶ軍勢の前ではあまりに危険。
彼らを守る為に、ネレウスは再び立ち上がった。