一話『邂逅と遭遇』
新連載始めてみました!よろしくお願いしますっ!
「なんだ‥‥これは」
目の前に広がる光景。それは思わず喘いだ彼の認識する元来の景色とは全く異なっていた。
「アトロートの街が燃えている‥‥!?」
自然と共に生きる種族『森精霊』の領地の中でもとりわけ大きな街として知られているアトロートの街。
緑豊かな自然に囲まれた木々の入り組んだ幻想的な街並みは今やその面影も無く、火炎の紅と黒煙、悲鳴に染め上げられている。
「ネレウス隊長。どうしますか」
唖然とする彼らは『吸血鬼』族の保有する戦士の一員、『暗夜』の面々だ。
その内の一人が、その一調査隊の長に判断を迫る。
彼らが受け持った依頼はアトロートの街周辺の調査であり、救出では無い。
だが、それを見捨てて帰ることが出来るほど彼らも冷酷では無かった。
「『吸血鬼』も『森精霊』と同盟関係にある。ここで退く訳にもいかないだろう」
「ですが、『森精霊』と言えども、種族序列は七位。決して弱小な存在ではありません。それがここまで蹂躙されているとなると‥‥それに時間が宜しくありません」
「ああ。確かに今はまだ太陽の光が強い。我ら『吸血鬼』が戦闘を行うには不向きな時間帯だ。だが、俺は『人間』の血を引いているからまだその影響は少ない。俺が少し様子を見て来よう。みんなは街の近くで控えていてくれ」
この世に生きる様々な生き物は『種族』という枠組みで分けられ、その中でも強く巨大な勢力は幾つか挙げられる。
『人間』『森精霊』『妖狐』『吸血鬼』『竜人』や、『獣人』『甲魔機』『天魔』『神霊』が存在し、それぞれ種族として持ちうる力として、筋力や敏捷、技術力といった面でランク付けされ、種族としての序列が存在する。
『吸血鬼』は種族序列五位。強力な種族達の中でも随一だ。だが、それは太陽の光が無いという条件が付いて回る。
逆にそれを加味した序列なのだが、この軍を率いるネレウスという少年は若いながらも優れた能力を発揮し、『人間』の血を引いている影響か、『吸血鬼』の数多い弱点の影響が少ない。
当初は種族序列最下位の『人間』の血を引くとして、見下されてきたものの、彼のその力は、周囲を黙らせるに値した。
それ程の能力を保有する彼は、決して慢心せず、他を優先する癖がある。
『自己犠牲』とも取れるその生き様は、迷う事なく、自身を危険に晒す事を厭わない。
「酷い有様だな、これは」
『吸血鬼』の秘める驚異的な跳躍力で、街へと急接近する。街の門たる巨大な木製の二対の柱は今や燃え盛り、倒れてしまっている。
その門の付近に、『暗夜』の一員を待機させて、ネレウスは一人、街へと突き進んでいった。
「誰か居ないか!助けに来た!『暗夜』の部隊だ。敵じゃない、だから出て来てくれないか」
灼熱に包まれた街の中で、ネレウスは一人叫ぶが、どこにも返答が無い。
何処を見渡しても、瓦礫と火焔が、視界を覆い尽くすばかりで、生命は全て燃やし尽くされたかのように思えた。
すると、足に何かがぶつかった感触がした。
「なっ!」
足に当たった物体を確かめる為に思わずネレウスは足元に視線を落とすと、片腕が千切れた武装した『森精霊』の屍があった。
「明らかに襲撃されているみたいだな……。だが、この傷、まるで引き裂かれたかのような傷……。『獣人』か『竜人』か?だが、彼らが『森精霊』を襲う理由は無い筈……」
「マダ獲物ガ残ッテイタノカ」
ネレウスは、『森精霊』の遺体にある傷を見て、暫し思考の海へと沈むが、突如耳に届いた何者かの声を察知し、瞬間的に臨戦態勢を取る。
「『魔力眼』」
即座に相手の力量を測る為、ネレウスは、短く詠唱し、魔法を使用する。
この世界には『魔法』なる超常現象を発生させる術式が存在し、自身に宿る『魔力』なるエネルギーを消費する事で、定まった詠唱によって、『魔法』を構成する『要素』を加算して、その『魔法』を発動する。
その『魔法』と『技術』を両立して進歩していくことで、この世界の種族達は発展していった。
今、ネレウスが唱えたのは看破魔法という、攻撃でも回復でも無い、相手の状態などを見破る魔法だ。
一見、地味に思えるが、戦闘においてはまずこういった魔法を行使して、戦略を立てるのが定石となっている。
『魔力眼』は視界に入れた相手の保有する魔力量を看破できる効果を持ち、中にはそれを妨害する道具もあるが、大抵は魔力が大きい相手なら強力な敵、つまりどれ程の警戒に値するかを推し量る為だ。
「『暗夜』調査隊。聞こえるか?緊急事態だ。至急こちらへ向かってくれ」
「何か居たんですか」
「ああ。見た事も無いような奴がな。見た所、既にとんでもない魔力を秘めている。影魔法で、太陽の光への耐性を掛けておいてくれ」
ネレウスが見据えるのは、巨軀の怪物。その体は禍々しいまでに攻撃的なフォルムをしており、不気味な眼光は、見るものを戦慄させる。
紅い甲殻に覆われた、異様なソレは、その頭部から覗かせる眼光で、こちらを睨みつける。
「ここの街をやったのはお前か」
「愚問ダ。貴様モ我ガ糧二シテクレル」
この一言で、既に判断は下された。
これは、和解が通用しない相手だ。
その言葉と同時に、怪物の背中から触手が放たれる。
伸縮性に優れた鞭のような触手だが、切っ先には、鋭利な刃が付いており、殺傷能力は高いと見られる。
「くっ!」
咄嗟に、腰に携えた血鋼石で作られた剣を抜剣し、その攻撃を弾く。だが、攻撃は非常に重く、往なすのが精一杯だった。
慣れるまでは、完全に威力を殺すのは難しい。
「『風烈剣』!」
だが、いなしつつも剣を滑らせ、そのまま攻撃へと移行する。『吸血鬼』の強力な身体能力に加え、風属性魔法を纏わせた強力な斬撃。
『魔技』と呼ばれる魔法と近接技の合わせ技であり、荒れ狂う風圧が、紅い刀身に纏わりつき、攻撃の速度、殺傷能力を大きく引き上げる。
「軽イナ」
「何っ!」
だが、その渾身の一撃も、刺々しい外殻が籠手の様になっている腕に受け止められる。
こちらの剣は震えるほどに力を込めているというのに、眼前の怪物はビクともしない。
「ごふっ!!」
ネレウスの浮いた身体はまさに無防備。そこに怪物の重い一撃が、深々と腹へと突き刺さり、近くの倒壊して見る影もない建物の瓦礫へ吹き飛ばされた。
「カハッ!‥‥こりゃ、『森精霊』も手に負えない訳だな‥‥」
自らの窮地とはいえ、余りの力の差に思わず苦笑してしまう。
これでは、他の隊員達の命も危険だ。どうにか彼らを撤退させる手を考えなければならない。
「隊長!大丈夫ですか!」
そこに部隊が到着し、離れた所に立ち尽くす異形の怪物に目を細める。
皆、ネレウスからの話は聞いていたが、その姿のあまりの凶悪さに、驚愕している。
「何なんですか、あれ‥‥!とんでもない魔力量ですよ‥‥!」
ある程度離れていても、怪物から放たれる魔力は、殺気となってこちらに凄まじい圧力となって襲いかかってくる。
並大抵の戦士では、その殺気に足が竦んでしまう程だろう。
まだ、焦りと恐怖が大半なものの、パニックを起こしていないだけ、彼らも優秀な戦士達だという事を証明するには十分だ。
「どうにしろ、今の内に補助魔法を掛けておけ。俺もあいつには敵わない。生身で動くには余りに危険すぎる」
ネレウス自身もその殺気に堪えるのがやっとで、どうにか隊員達に指示を出す為の声を絞り出す。
「『血鎧の加護』!」
「『魔法抵抗強化!』」
「『俊敏の風衣』!」
口早に隊員達は、物理防御、魔法防御、敏捷性を増強する加護魔法を詠唱していく。
詠唱にこもった焦燥が、隊員達の恐れを表していた。
「みんな、確かにあいつはとんでもない敵だ。だが、ここで統制を乱せばかえって危険だ。落ち着いて指示を聞いてくれ」
この小隊の長たるネレウスは、出来るだけ冷静に努めて、隊員達の平常を保持させる。
そして、落ち着いた声で、指示を伝える。
「あれが、この街を壊した奴なんだろう。正直な所、今の俺たちでは手に余る存在だ。一度撤退するぞ!」
「撤退ダト?敵ヲ前二シテ逃ゲルカ!」
戦力差を見せつけられ、撤退を判断したネレウスの言葉が、怪物の琴線に触れたのか、途端に様子が変わり、怒気が露わになる。
その怒気の膨張に比例するように、怪物の纏う魔力が増大していくのが、空気を伝って風として肌を殴りつけていく。
「みんな!来るぞッ!」
刹那、空間に一つの筋が通る。
それは全てを切り裂く横薙ぎの斬撃。それは怪物の規格外な力を知らしめるには過ぎた一撃。
「かっ!?」
ネレウスは腹にその斬撃を浴び、吐血する。
この部隊でも最高峰の力を誇るネレウスですら、その一撃を浴び、腹を引き裂かれ、生きている事自体が奇跡に等しい。
「他の‥‥奴らは‥‥‥!?」
霞んでいく意識の中、どうにか周りを見渡すが、どの隊員も何一つ動く様子は無い。だが、魔力反応は僅かながら感じられるので、ギリギリ一命を取り留めているのだろう。
「クソ‥‥!これじゃ、撤退する事も出来ない‥‥!」
悔しさと恐怖を噛み締めながら、ネレウスは首にかかるペンダントを握りしめる。
そのペンダントは、人間最強クラスの魔術師である母から預かったものであり、自らの武運を祈った物だ。
「母さん‥‥ごめんよ」
その瞬間、そのペンダントに嵌め込まれた宝石が紅く煌めく。そして大きな閃光を周囲にまき散らした。
「ッ!?」
「ヌオッ!」
その場に意識を保つ者全てが目を庇う。
そして、ネレウスの目に映るのは一つの影。
「大丈夫か。『吸血鬼』」
「ッ!!誰だ!?」
聞き慣れない声が、ネレウスに伝わると同時に、光が晴れ、目の前に現れたのは、黒い衣服を身に纏う金髪の少女。
絶体絶命の今、ネレウスも声を荒げざるを得ない。
それ程までに追い詰められている。
「おっと。そんなに吠えるんじゃない。安心しろ。まあお互い、色々と気になることはあるだろうが、まずは」
その少女は小柄な印象には不釣り合いな程に獰猛な目で、紅の怪物を睨みつける。
それは、明確な敵意が込められた眼だ。
「奴を始末せねばな」
ありがとうございました。
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