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平凡な俺と非凡な彼ら   作者: 灰原 悠
第十一話 提案と妥協

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#88


 教室では、普段通りの光景が広がっていた。

 優斗が男子生徒と楽しそうに話をしていて、雫の周りに女子が集まる。


 綺羅坂が自席で本に視線を落とし、クラスメイトの数人が気が付かれないように静かに視線を向ける。


 何も変わらない、日常の風景。

 だが、生徒たちはお互いに牽制し合っていると考えると、いささか見ごたえがある心理戦なのではないかと錯覚してしまう。

 

 笑みの下には、溶岩のような欲が溢れんばかりに煮え滾っているはずだ。

 それぐらいに、生徒たちにとって優斗達と組むことには意味がある。


 一種のステータスなのだろう。


 あれだ、高校生なのに高級ブランドの財布持っているみたいな。

 ……いや、この例えはどこか彼らに失礼過ぎるような気がしてきた。


 たいして仲良くもなく、同じ高校なだけなのに俺の友達めっちゃイケメンなんだぜ!的な自慢ができる。

 この方が正しいかもしれない。


 

 横目でクラスの人間関係を伺い(窺い)つつ、肩に掛けた鞄を置き自分の席に座る。

 綺羅坂が一瞬だけこちらを目を向けたが、すぐに戻す。


 ぺらりと捲られたページには、日本語ではなく英文が並んでいる。

 なにこいつ、海外の小説でも読んでるかよ。


 意識高すぎだろう、アメリカンかよ。

 それ以前に、よく読めるな。


 俺なんか、小学校の時に配られた英語の簡単なお伽噺ですら、一冊読み終えることを諦めたほどの英語力だぞ。


 思わず目を見開いて、彼女ではなくその手に持つ本への興味が勝っていると、視線の端で動きがあった。



 優斗が教室の中に俺が入ってきたのを確認すると、さりげなく生徒に一言添えてこちらに歩み寄る。

 心なしか、生徒からのこちらへ向けられている視線が強いのは、気のせいではあるまい。


「おはよう湊!」


「あぁ……おはよ」


 一言、短い挨拶を交わす。

 流石に表情からでは、何も悟らせてはくれない。


 ただ瞳で、昨日の件について話をしようという意図が伝わって来る。

 


 チラリと廊下に目を向けて、場所を変えることを伝える。

 それに気が付いた優斗がそれに従って廊下に出ていった。

 これは、さすが長年の付き合いと言えるだろう。


 何を考えているのかを、言葉にしなくても態度や仕草で察してくれる。

 俺は荷物を置き、会長たちとの会議の後に念のため用意した紙を持ち立ち上がると、綺羅坂に問いかけた。


「昨日の話をするけど……お前はどうする?」


「私はいいわ、あとでどうなったか結果だけ教えてちょうだい」


 彼女は、微塵も視線と声音を変えることなく言った。

 まるで興味がないといった様子だ。



 教室の真ん中にいる雫もチラチラとこちらに目を向けて気にはしていたが、今回は俺と優斗だけで話すことを優先したのかその場に留まっていた。

 


「……分かった」


 踵を返し、教室を後にする。

 少し進んだ先で、壁に寄りかかり優斗が待っていた。


「二人は来ないって?」


「……ああ」


 優斗と同じような体勢の生徒は、廊下に何人といるが彼だけが許されたポージングだ。

 何これ、イケメン補正ってやつですか。


 同じような体勢で一度だけ真似をしてみるが、例えるなら恐竜とトカゲレベルで見栄えが違った。

 もう真似はしない、心が傷つくだけだ。


 窓枠に肘を置き、外に視線を向けてどう切り出すか考えていると、優斗が話を切り出した。


「昨日の話だけど、やっぱり俺は遠慮しておくよ」


 想定していた通りの回答。

 個人的に意見を述べるなら、ここで話は終了するのが良い。


 下手に関わり過ぎず、逆に彼から話があれば何かしらの対応をするのがベストだろう。


 だが、会長からの話で容易に想像できるくだらない揉め事を避けるには、そうはいかない。



「……俺達二年生は、職業体験が控えているのはお前も知っているだろう」


「あぁ、そういえばそろそろ班決めをするって言ってたよな?」


 優斗は、不思議そうな表情を浮かべる。

 それはそうか、話がまるで関係なく聞こえるだろう。


「今回の話が出たのも、そもそもは班決めが発端ほったんだ……」


「どうしてだ?」


 優斗の問いに、簡潔に事の内容を伝えた。

 教師から生徒の間で噂が広まってしまったこと、二年生からの要望が大多数だったこと。


 それに伴い予測された理由。

 静かに話を最後まで聞くと、優斗は小さく息を吐く。


「それなら、俺と湊が班を組めば問題ないな」


「……勘弁してくれ」


 それは俺も考えた。

 けれど、優斗だけが解決しても女子二人の問題は何も解決していない。


 可能性として、二人も俺や優斗と班を組むと言う可能性もある。

 だからこそ、今回のリスクを減らすために優斗には一時的でいい、呼び出しに応じて欲しくないのが本音だ。


「それか、俺と神崎さんが組むって手もある」


「……それを雫が承諾するとは思えない」


 俺は諦めていないぞ、そう言われた気がした。

 瞳からは、僅かに本気の感情が伺えたからだ。


 またとないチャンスは、周りの生徒だけでなく優斗にも言えることだ。

 彼もまた、内心では好機を窺っていたのかもしれない。



「……なんてな、分かったよ班決めが終わるまでは待ってもらうことにするよ」


 笑みを浮かべ冗談のように、手をひらひらとさせて優斗は背を向ける。

 優斗は最後に、俺にだけ聞こえる声量で呟いた。


「湊……俺はそんなに諦めが良くないぞ」


「……知ってるよ、そんなこと」


 桜ノ丘学園で、荻原優斗を誰よりも理解しているのは不本意ながら俺だろう。

 その諦めの悪さも知っている。


 表面に出さないプライドを、こいつは確かに持っているのだ。

 だからこそ、相手にすると面倒だ。


 離れていく優斗に目を向けながら、彼には見せていなかった一枚の用紙を出す。


「こんなの必要もなかったか……」


 『昨年度参加企業』と書かれた表の中から、今年度も参加している企業。

 その中でも、個人での参加のみを可能として尚且つ優斗や雫、綺羅坂の性格上好みそうな職種を印付けた紙。


 意外にも、あっさりと一時的にだが要求を受け入れてくれた優斗には必要もなくなってしまった。

 不要となったその紙を、クシャクシャに丸めポケットに突っ込んだ。 



 自分のためでなく、人のために行動することは珍しい。

 今まではほとんどしてこなかった行動だ。


 だが、その行動に友人に対する強い想いがあるかと問われれば素直にうなずくことができるだろうか……

 心の奥底、本音ではただ単にこれ以上周りと関わることを避けたいがために、無意識のうちに生徒会の活動だからと理由を付けて行動しているのかもしれない。


 願うのは、平穏な日常。

 何事もなく、ただ一日を日々繰り返していくだけ。


 変わり過ぎた日常の中に、求めるようになったのはそれだけだった。

 

 生徒会に加入して初めてのイベント。

 雲行きが怪しく、無事に終わることがないことは自分が一番よく分かっていた。


 


 


 

 

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― 新着の感想 ―
[一言] 平穏な生活は欲しい 喉から手が出る程欲しい 実際そんな事は望めないのが辛い
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