#68
「お母さん!あの話は兄さんには必要ないって言ったじゃないですか!」
楓は怒鳴り声に近い声音で母さんに迫った。
あれ?本人の話のはずなのに妹には情報があり、俺にはその重要な話が伝わっていなかったのだがそこについては触れていものだろうか。
「そ、そうですよ琴音さん!私と湊君が結婚してもいいって言っていたじゃないですか!」
「本人の了承を得てから言おうな……俺は初耳だぞ」
珍しく、これには雫も黙っていなかった。
母さんに意識が集中した雫には、今は俺の言葉など聞こえていない。
それ以上に、母さんの発した言葉のインパクトが強すぎたのだ。
「私、バツイチには興味ないのよ、新品がいいわ」
「離婚する前提かよ……新品言うな未婚って言ってくれ」
ふざけているのか、真剣なんだか。
いまいち、反応に困るのが綺羅坂らしい。
和やかに賑わっていた食卓が、一気に騒々しい場所へと変わる。
母さんもそれには苦笑いで、三人を落ち着かせるのに大変そうだった。
俺は余計なことを言わぬように、席に座り一人黙々と食事に没頭していが……
「というわけで、湊君のお見合いはまだ可能性の話ってだけですね」
雫が母さんからの説明を受け、代表して話す。
お見合いの話は、親父と相手の父親が盛り上がり出た話。
まだお互いに子供に了承が取れていないので、現段階では「出来たら良いね」程度の話だそうだ。
少し安心した。
これで本当にお見合いするって話になったら、夜な夜な逃げだしていたかもしれない。
どっと疲れを感じた中、母さんは俺に視線を向けると。
「私も息子や娘の将来は親が決めることではないと思っているから、だからお母さんも頑張るからね!」
とても優しい微笑。
こちらまで不思議と口角が上がってしまいそうになる。
楓も、母さんの言葉に少しは納得したのか渋々席に戻る。
やはり、自分の兄がお見合いをするとなると黙ってはいられなかったらしい。
全く、お兄ちゃんのことが大好きなしょうがない妹……
「兄さんがお見合いしても断られるのが決まっているようなものですから時間の無駄です!しばらくは私が面倒見るのでお見合いは不要です!」
心にグサッときた。
それはもう日本刀さながらの切れ味で。
最後には嬉しいことを言ってくれたが、兄としての威厳など皆無だ。
お兄ちゃん寂しい。
俺自身、急にお見合いの話が出ている、なんて言われても正直他人事のように聞こえているし、俺ではなく他の三人が慌てていたから、慌てる気がなくなったまである。
結果、俺の了承も得られず母さんが親父の元に戻った後、どうなったか連絡を受けることになった。
これで話自体無くなってくれれば御の字だ。
時間は少しずつ、確実に流れ食事が終わり落ち着くころには夜の9時を過ぎていた。
「ごちそうさまでした!琴音さんにもお会い出来て嬉しかったです」
「私もお会いできて嬉しかったです、食事までご一緒させていただきありがとうございました」
二人が玄関で、母さんに挨拶をする。
彼女たちが母さんに会うのは、しばらく先になるだろう。
家族の俺や楓も時折会うかどうか、その程度だ。
母さんは二人の頭をふわりと撫でると……
「湊ちゃんをよろしくね、あの子は放っておくと友達出来なくていつも一人だから」
「はい!」
「お任せください」
「最近この二人のほうが怖いんだよな……」
むしろ、俺が心配してしまう。
無事に学校生活を暮らしていけるのかと。
それでも、母さんからしたら雫だけでなく俺に近づく生徒がいたことは単純に嬉しかったらしい。
子供が一人って、親からしたら心配だよね!
申し訳ない母よ、面倒な息子で。
玄関から出ていく雫と綺羅坂を見送ると、ようやく1日が終わる。
長く感じる1日だった。
同じ24時間でも、体感では3日くらい。
疲れがどっと出た俺は、風呂で汗を流すと自室のベッドに飛び込むように寝転がる。
「お母さんもここで寝ていい?」
敷布団と枕を持った母さんが、部屋の入り口からそっとのぞき込んで聞いてきた。
「……いいよ」
普段なら断るところだが、今日くらいならいいだろう。
久しぶりに会う母親を邪険に扱うほど、俺も子供ではない。
ベッド横、フローリングの上に布団を引いた母さんはニコニコとこちらを見上げながら寝転がる。
その横には、ちゃっかり楓の分の布団も引いてある。
今は洗い物をしているので、そのあと風呂にでも入って来るのだろう。
家族水入らず、3人仲良く並んで寝るとは、久方ぶりではなかろうか。
たまには悪くない。
しばらくして楓が濡れた髪で現れ、毎日のことだが髪の毛を乾かしてやると3人で床に就く。
1日の時間は24時間で変わることはない。
しかし、人の感情次第で早くも遅くも感じるのが、また不思議なことだ。
今日という1日は、半日が早く半日が長くと言った所か。
それでも、楓が喜ぶ顔や、雫たちと母さんが楽しそうにしていたのは悪くない。
暗くなった部屋で一人天井を見つめ、そう考えていると隣から小さな声で話しかけられる。
「おやすみ湊ちゃん、明日はお母さんが久しぶりに起こしてあげるね」
「よろしく……おやすみ」
今日は普段より安心して寝ることができそうだ。
目覚ましも必要ない。
スマホを操作して、目覚ましをOFFにするとチラリと横の二人の家族に目を向けてから、自分も目を閉じる。
不思議と今日はよく眠れそうだ。
次話から新章開始となります!




