#57
「…………」
突然の質問に、つい黙り込んでしまう。
答えにくい質問ではない。
俺の中ではすでに答えは出ている。
それもかなり前から。
いや、出ていたと言うよりかは、変わらなかったと言うべきだろう。
だが、もし仮に優斗の言葉が嘘で、二人が付き合ってなかったとして。
この問いの答えは、彼女を傷つけることになるのを知っている。
俺にとっては、神崎雫という女性は―――
「雫は……ただの幼馴染だ」
ハッキリと、優斗へ向けて告げた。
そう、雫はただの幼馴染。
友達よりは親密で、けれどそこまでの関係。
それ以上でも、それ以下でもない。
本当に親しい異性には友達以上、恋人未満なんてよく言うが、それとは少し違う。
だが、幼馴染……雫は俺にとって、ある種の特別な人としてカテゴライズされているのは確かだ。
大切な人、そう言ってもいいのかもしれない。
だが、その感情に優斗が雫に対して抱いている恋心のような感情はない。
雫と手を繋ぎ、一緒に歩きたいと思ったことはない。
彼女にとって、一番大切な人になりたいと考えたこともない。
将来、俺の隣に彼女が立つ姿を考えたことすらなく、想像も難しい。
決して雫だから想像ができないのではない。
根本的に想像が出来ないのだ。
自分の隣に家族以外の人が並び立つ姿が。
「神崎さんがお前の好みじゃないのか?」
「好みだなんて……俺が言える立場かよ」
そんなことを言ったら、雫の信者に襲われてしまう。
これは好みの問題ではない。
もっと単純で、それ故に大きな問題。
「……そもそも人を好きになるってどんな気持ちなんだ?」
無意識のうちに言葉が出ていた。
家族を好きだと思う感情とは何が違うのだろうか?
俺は楓が好きだ。
妹として、家族として。
もちろん、両親も親として好きだ。
ただ、俺の家族に対して好きという気持ちと、優斗や雫の好きな人に対しての気持ちでは何が違うのか、それが分からない。
本音を言えば、春休みに二人からの助けを断った理由でもある。
面倒だから断ったのも嘘ではない。
この手の問題は、面倒ごとになりやすいから関わりたくなかった。
でも、俺自身が家族以外の人を好きになる感情が分からない以上、本当の意味で二人の手伝いをするのは難しい。
きっと二人が恋愛について悩んだり、苛立っていたりしてもその理由が分からないから。
冷たい言葉を投げかけてしまうのが目に見えている。
「それは人それぞれだと思うが、でも好きな人ができてから世界が輝いて見えたって言えばいいのかな……充実している気がする」
「なら、俺の世界はモノクロだな」
二人に聞こえない程度に、声を漏らす。
俺に合っているではないか。
白と黒の地味な世界。
毎日がつまらない、退屈な日々。
疲れたと感じることは多くとも、一日が充実したと最後に感じたのはいつのことだったか。
少なくとも俺の記憶では、世界が輝いて見えたことはない。
「これで満足か?」
「あぁ……」
質問に対して、正しい回答ができたとは思えない。
けれど、優斗はどこか納得したかのように、小さく頷く。
すると、先ほどまで見せていた険しい表情は嘘のように、いつもの爽やかな表情に戻る。
何か悪いものが抜け落ちたように。
「なら、まだ可能性は大いにあるってことだな」
「……は?」
何の可能性だろうか。
話の流れからして、俺が雫を今後好きになる可能性だろうか?
いま、この瞬間まで俺に向けられていたはずの優斗の視線は、俺の後ろにある公園の入口の階段に向けられていた。
振り返り、優斗の視線の先に目を向ける。
綺羅坂も同じように顔を入口へと向けていた。
「湊君……」
「お前……来てたのか」
そこから降りてきていたのは渦中の人物、神崎雫だった。




