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平凡な俺と非凡な彼ら   作者: 灰原 悠
第七話 本音と本音

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#52


 校舎から外へ出ると、まだ少しだけ肌寒さを感じるが、わざわざ上着を着るほどでもない。

 けれどまだ五月、日が落ちるのは早い。


 二人肩を並べて歩いている帰り道では、所々で街灯が明かりを灯し始める。


 学校を出てすぐの坂を下り、少し歩いた先には俺と楓が頻繁に利用している商店街が視界に入る。

 商店街にとっては、ちょうど稼ぎ時の時間帯で買い物袋をぶら下げた主婦が多く歩いていた。


 両脇の街灯以外にも、店の照明で通りが照らされるため、すれ違う人や働いている人の顔まではっきりと確認することができる。


「おぉ湊!今日は楓ちゃんと買い物じゃねえのか?」


 道幅も狭く、周りと体がぶつからないように歩いていると、数ある店の中で一際大声で客を呼び込んでいた魚屋の店主が声を掛けてきた。

 

「おっちゃんか……今日は生徒会の仕事があったからこれから帰るとこ」


 俺がいつもおっちゃんと呼んでいる店主は、夏の運動部のように焼けた肌、年齢のわりにたくましい体つきで、無精ひげに頭に白色の手ぬぐいを巻いた姿がよく似合っている。


 おっちゃんは隣に並び立つ綺羅坂に目を向けると、頭から足先まで視線を動かして息を漏らした。


「ほほぉ……えらい美人を連れてんだなお前、なんだ彼女か?」


「違う」


「違うのか……お前は今のうちに誰か捕まえておかねえと、この先の人生が危ないんだから逃がすんじゃねえぞ?」


「人生が危ないって……」


 おっちゃんの直球過ぎる言葉に思わず苦笑を浮かべる。


 隣では綺羅坂が俺と店主の会話を楽しそうに聞いている。

 後ろで何人かの男性が、足を止めて店の魚ではなく彼女を見ている気がするが、これもすでに慣れたものだ。


 綺羅坂は少しだけ前に出ると、おっちゃんに頭を下げる。


「真良君と同じクラスの綺羅坂怜です」


「こりゃどうも、いつも湊が世話になってます」


「……あんたは俺の親父か」


 

 このおっちゃんが父親だけは勘弁してもらいたい。

 うちの父親も楓を溺愛していてどうしようもない時があるが、この人は違うタイプの父親だろう。


 年齢が俺の親父より一回り上なのもあるが、きっと昔のドラマのようにちゃぶ台返しや、怒ると拳が飛んできそうだ。


 言葉による攻撃の耐性は高いが、物理的な耐性は無に等しい。

 そんな俺が、こんなムキムキの人に殴られでもしたら壁とか突き破りそうだ。


「お嬢ちゃんは湊と仲良いのかい?」


「そうですね、彼は友達少ないですから私が仲良くしてあげないと」


「頼むよ、俺も湊がガキの頃からそこが心配なんだよ」


 学校では男子生徒と会話をする気配もない綺羅坂が、珍しく一言二言だけ俺にとって大変失礼な言葉を交わしていると、思い出したかのようにおっちゃんはこちらを向く。

 

「そういえば湊、三十分くらい前に雫ちゃんが通ったんだが、制服でもないから学校を休んでたのか?」


「雫が?……家の用事で休んでいるはずだけど」


「あれだ、スマホって言うのか?あの板みたいな携帯電話を家に忘れたとか言ってたな」


 確かに最近の機種は薄く作られている。

 だから、固定電話しか使わないおっちゃんには板みたいに見えるのかもしれない。

 前に、初めて親父に買ってもらった携帯を、初日に反対方向に曲げられたときは開いた口がふさがらなかったものだ。



 しかし、雫から返事がないのはまだ実家にいるからだと思っていたが、家にスマホを忘れただけとは。

 雫にしては珍しいミスだ。


 三十分前だとすれば、寄り道をしていなければ家についているはず。

 返事が返ってくるのも時間の問題だろう。


「ありがとうおっちゃん、じゃあまた買い物くるから」


「それではおじ様、さようなら」


 思わぬ情報を手に入れることができた俺は、感謝の言葉を伝える。

 綺羅坂も別れの挨拶を済ませて、先に歩き出した俺の後を追うように二人で商店街を後にした。


「今度は楓ちゃんと雫ちゃんも連れて来いよ!」


 おっちゃんは俺と綺羅坂の姿が見えなくなるまで、その場で手を振り見送っていた。






 

 目的地の公園は、商店街から近い場所にある。

 時間にして五分ほどの距離だ。


 約束の五時より十五分ほど早く着いた俺は、久しぶりに訪れた公園内の遊具を見て回る。


 小学生の頃は頻繁に遊びに来ていたが、それ以来全く来なくなった公園はブランコや滑り台の色が変わっていたりするが、基本的には昔のままだ。



「少し早かったみたいね、真良君も昔はここで遊んだの?」


「まあ、楓と雫に連れられてな……」


 公園の中央にある木の下で立ち止まると、一本だけ横に逸れた太い枝に触れる。

 そこには思い出の文字が……書かれているはずもなく、ただの枝。


 よく文字を彫り込んで、数年後に訪れたらまだ残っていたシーンを目にするが本当にあるのだろうか。

 

 子供が毎日のように遊び、雨風にさらされている木なら消えていると思うのは俺だけだろうか。


 彫刻刀などで彫れば話は別だが。



「意外ね、楓ちゃんはともかく神崎さんも公園で遊んでいたのね」


「あいつは小さい頃はもっと活発な女の子だったからな」


「そうなの?」


 意外そうな顔をする綺羅坂。

 仕方なかろう、今の雫からは想像もできないはずだ。


 俺は、優斗が来るまでの時間潰しがてらで、綺羅坂に昔の話をすることにした。


 


 

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