#45
とりあえず、妹が綺羅坂に感化されているという問題は置いておき、目の前の食事を五人で片付けた。
楓の料理の腕に関しては、昔からの慣れ親しんだ味で文句なしに美味い。
雫と綺羅坂が作ってきた弁当もいくつか食べさせてもらったが流石の一言。
いっそ二人が出来ないものを聞いてみたいものだ。
彼女達が作ってくれた弁当を堪能した後は、昼の間に周りの状況が変わっていたか確認をしてから、楓の要望通りカヌーに乗るためにアトラクションの列に並ぶことになった。
だが、ここで問題が一つ。
アトラクションの説明には、二人一組で並んで座るため、俺が一人になり優斗と雫、綺羅坂と楓が隣同士になる。
そのつもりで、俺だけでなく優斗や綺羅坂、楓も考えていたのだが、直前になって雫が俺達に向けて言った。
「このアトラクションは私と綺羅坂さんが隣同士でお願いします」
これには綺羅坂本人も驚いたようだった。
そのはずだ、普段の二人からは仲良さそうにしている様子は微塵も感じない。
綺羅坂本人もそう思っていたようで、雫の言葉には珍しく真剣な表情を見せた。
「どういう風の吹き回しかしら?」
「たまにはいいじゃないですか、こういう組み合わせがあっても」
雫の表情は、教室でクラスメイトと話をしている時に見せている微笑むような表情だ。
だが、その目は表情とは反対に全く笑っていない。
……怖いよ、なんで綺羅坂といい女子はこんなに冷たい目ができるんだ?
「どうしてだと思う?」
隣に立つ優斗が、小さく聞いてくるが俺は頭を横に振る。
「分からん……とりあえず流れに任せたほうがいいだろ」
「だよな」
優斗もどう反応すればいいのか困っているのか渋い顔をしていた。
今回に限っては、いつものように二人がどうでもいいことで反発し合っているのではない……と思う。
それは綺羅坂も感じていたのか、言い返すこともなく顎に手を当て思案顔をしている。
視線を雫の目に合わせて、一瞬だけこちらに視線を向けたと思うと、また彼女達は向き合う。
「そうね……たまにはいいかもしれないわね」
「では、そういうことで」
……何がそういうことなのだか説明をしてもらいたい。
「じゃあここは俺が一人になるよ」
二人の話が終わると、優斗がこちらを見て告げる。
確かに、いつもなら俺が一人になると言うところだが、綺羅坂と雫が隣同士になるならそれがいいだろう。
楓と優斗が隣でもいいのだが、そこは遠慮をしたのか、それとも雫に彼女以外の女性が隣に座っているところを見られたくないのか……どちらでもいいか。
「では兄さん、サボっちゃダメですよ?」
「……あいよ」
これでは、後ろで一人こいでいる振りをして終わる作戦はできそうにない。
一組、また一組と前に進み、次が俺達の番にまで差し掛かったところでもう一度だけ後ろの二人に目を向ける。
「……」
「……」
当然のことだが、会話は一切無い。
何のために隣同士になったんだこの二人は?
一応、俺なりに二人が話をしそうなネタを考えてみるが……無いな。
そもそも、この二人がまともに会話をしているところを見たことがないので考えるだけ無駄だ。
「足元にお気を付けください!」
とうとう順番が回って来ると、係員の指示に従いカヌーに乗り込んでいく。
前に優斗、中間に俺と楓、後ろに雫と綺羅坂が座り、他の空いている席には見知らぬ人が乗り込みアトラクションが開始された。
「おぉ!進んでいます!」
「案外悪くないな」
隣で、楽しそうにパドルを動かしている楓を横目に、ゆらゆらと進んでいく光景を眺める。
水車のある小屋や、動物、人の模型が所々に置かれていて、どこかの河を進んでいる雰囲気を味わえる。
たまに水が跳ねて服が濡れるが、気にするほどのものでもない。
思っていた以上に、力を入れなくてもカヌーは進むため、こぐのに必死にはならなくて済んだのは正直ありがたかった。
「―――」
「―――」
後ろにいる二人の会話は、人の話し声や水の音でかき消されて内容までは聞き取れないが、確かに二人が何か話をしていたのは分かる。
きっと二人で話をしたいことでもあったのだろう。
俺の前に座っている優斗は、周りの光景を見ているふりをして彼女達を何度も見ていたのは正直気持ち悪かった。
……どんだけ雫のことが気になってるんだこいつは。
アトラクションが終わるまでの間、終始後ろを気にしていた優斗の頭をパドルの柄の部分で軽く叩くと俺達は誘導に従い、しばしの間離れていた地上に降り立った。




