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平凡な俺と非凡な彼ら   作者: 灰原 悠
第三十九話 別れの言葉

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#327

次回更新予定は10月11日~12日頃。



 週末に送別会を控えた月曜日。

 裁縫室には、目の前にまで期限が迫っているとは思えないほど穏やかで、時折談笑が響く中で作業が行われていた。



 放課後だけでなく、朝の登校前も、休み時間も誰が指示するわけでも無いのに集まる面々に感謝しながらも手を動かし、それでも殺伐とした雰囲気は醸し出さない。


 それは、集まった面々がそうさせるのだろう。

 優斗が口を開けば中山が反応を示し、便乗するように火野君が口を挟めば俺がすかさず追い打ちをする。


 冗談交じりに綺羅坂が乗っかれば、雫がセーブさせる。

 白石があたふたした様子を見せるのが、なかなかに面白い。



 全てが順調とは言い難いが、全員が不慣れな環境。

 特段、大きな問題が発生するわけでもなく進めて来られたのは上出来と言っても差し支えない。

 

 もう一つ二つのトラブルは覚悟していたので、内心では事が上手く進行し過ぎてムズムズしていたくらいだ。


 外注で依頼してあるのは生花とフロアワックスを残すだけになっており、立ち会いは学園の設備職員と生徒会から二名。

 買って出てくれたのは小泉と三浦だ。


 記念動画の作成に関しても、その後はクレーム等も無く順調に進んでいる。

 本編は、明日には完成する見込みだ。


 中山が動画の内容に合うBGMが無いと散々騒いで、全員が各々のスマホで好みの音楽を探すという手間が生まれたのも良い思い出だ。


 個性は人によって異なる。 全員が一定以上の納得するものを選ぶのは相応の時間は消費した。

 綺羅坂はクラシック、雫は和テイストなBGM、白石と火野君の一年生コンビは意外にもロックをチョイス。


 卒業式前に波に乗ってどうすんだと中山は自然音を選択。

 なんで記念動画で癒されてんだとヤイヤイ言い合いが続いたが、ミスター無難の優斗に尋ねてみたところ、流石はミスター無難、卒業テーマのBGMを探してきたのでそれで決定。


 あと十分でも話し合いに時間がかかるようなら、俺が猫の鳴き声集を提案していて混沌カオスが広がっていたこと間違いなしだ。



 先刻、幼稚園からも電話があった。

 保護者へ連絡を済ませて、概ね賛成の返答が貰えたので当日を含めた最終的な打ち合わせを近々行いたいとのこと。


 学生だけの発言力ではここまで賛同は得られなかった。

 目に見えた実績を持つ大人、会社の名が与える影響力は学生の俺達には推し量れるものではない。


 最初の話し合いの席でも主に話を進めた雫が適任だろうという結論でまとまり、補佐という形で俺も綺羅坂も同行する。


 ぼんやりとしたものが、徐々に形を成してきたからこそ生まれる精神的に余裕。

 ただ、決して休まることのない肉体的な負担。


 インドア界の底辺男爵と名高い俺もそうだが、単純なマンパワー不足は能力云々で補うにも限度がある。

 前田達のグループで案外ちょろそうな生徒を一人二人捕まえても良かったな……。

 あの場面で俺だけ「さんせーい」なんて言ったら斬首刑並みの視線を浴びていたが。



 そんな状況を変化させたのは、一人の女子生徒の声だった。


「おつかれー! 差し入れもってきたよー」


 制服を着崩し、カーディガンを腰に巻き、キーホルダーをいくつか付いたスクールバックと共にコンビニ袋をぶら下げた宮下が裁縫室の扉を開いた。


 視線が集まり、刹那の静寂が室内を包む。

 片や、想像していた反応とは程遠かったのだろう、若干の気まずさを宮下は顔に浮かべる。


 きっと、笑顔満点、嬉しさ満点の反応を期待していたのだろうが、今の宮下は例えるなら――――鴨だ。

 コンビニ袋ではなく、俺達にはそれがネギに見える。


 生憎、出されたごちそうは頂く主義でして、当然選択肢は限られる。


「確保」


 俺は彼女を指さし告げた。

 すかさず優斗が移動し、優雅にエスコートを始める。


「ささ、こちらへ」


 誘導された先は送別会の看板修復の現場。

 ようこそこちらへ、さようなら自由。


 宮下を強制労働とするべく、無言の意思疎通が俺と優斗の間で行われる。


 給料を高く見せて、実際は意味不明な福利厚生や固定残業代で大きく見せるくらいは実行委員うちはやってみせる。


 ブラック企業にまっしぐら。

 それでも人材は離さない、やりがいという曖昧な言葉を多用して。



 彼女がスカートを気にしながら腰を下ろすと、先にグループに参加して作業に取り掛かっていた町田に視線を向けていた。


 分かるよ、その気持ち。

 圧倒的硬派、圧倒的野球少年だよね町田君は。


 坊主に体格に恵まれた大柄な身長。

 野球で鍛えた筋肉は、制服をはち切れんばかりに持ち上げている。


 そんな彼がチクチクと縫物をしていれば、当然視線は止まるだろう。

 で、そんな視線に気が付いた町田は彼女の純粋な疑問に対して勝手に返事を口にする。


「編み物が好きだから、結構得意だ」


「......趣味が可愛いな」


 そっと零す宮下の言葉に、裁縫室の全生徒が頷いたことだろう。

 可愛くも編み物が好きとか、個性が強すぎてどう接していいのかわからなくなるからやめてもらいたい。


 町田の参加については金曜日の活動終了後まで遡らなくてはならない。

 裁縫室を施錠し、返却するために職員室へ向かったところで彼は立っていた。

 丁寧に直立不動で……。


 大方、顧問でも待っているのだろうとスルーして鍵を返却すると、職員室を出た先で彼が一歩前に出て進路を塞いだ。

 当然、意図を確認するために彼と視線を交わらせると低く唸るような声で意外な一言が飛び出した。


「俺も手伝わせてほしい」


「……」


 言葉は不足していて、何が理由で、何が目的で、そんな質問を投げかけようかとも思った。

 でも、振り返ってみて申し出を断らなかった理由を挙げるのであれば瞳だろうか。


 とても真っすぐで、とても力強い。

 邪な考えなど感じさせないその瞳に、自然と首を縦に頷かせていた。


 しかし、純粋に男子の労力が増えるのは心強い。

 前日と前々日は椅子や机、備品諸々の運搬で力仕事が山盛りだ。


 俺とか戦力に換算するのも恥ずかしいくらいに非力で有名だから、野球部という戦力は大いに活用せねば。


 準備もこれから佳境を迎えるところ。

 裁縫室では動画編集のためにパソコンに向き合う人もいれば、装飾の紙花を誰が一番綺麗に作れるかを競いあう奴らもいる。


 小泉と三浦は三年生の学年主任とスケジュールの最終確認に出向き、雫と綺羅坂は会場の見取り図を使用して一日のシミュレーションを繰り返し、生徒達の最適な立ち位置や園児達の待機場所、入場のタイミングなどを検討している。


 そんな中で、俺も与えられた作業に頭を捻る。

 教卓前で一人、教室全体が視界に見渡せる場所で原稿用紙に文字を書いては消してを繰り返す。


「……」


「顔が怖いですよ湊君」


「敵陣に宣戦布告の文面を送るわけでも無いのだから、少しリラックスしなさい」


 目の前の席で腰掛けて作業を進めている女性陣に指摘されて、無意識に詰まっていた息を吐き出す。

 椅子の背もたれに体を雑に預けて天井を見上げる。


 ここ最近で見慣れた天井は、アイディアを産み落とすことは無い。


 早朝から一日を通して、手を止めて他の作業を手伝うことは何度かあったが基本的には俺はこの原稿作業に専念していた。


 内容は、送別会での在校生から卒業生へ向けた送辞。

 送別会でも卒業式でも、在校生からの送辞は用意されている。


 桜ノ丘学園では卒業式に一年生は参加しない。

 全学年が集まるのは送別会だけなので、小泉曰いわくその場においての送辞は必要らしい。



 それこそ、この手の役割は生徒会長の担当だと思っていたのだが、何がどうなってか文面を考える役割を仰つかってしまったわけだ。 



 授業や課題で苦手な科目は数多い。

 それでも、特段嫌いなものを問われれば間違いなく作文関連だろう。

 むしろ、好きだという学生の方が少ないまである。


 夏休みの課題ではど定番の読書感想文のように自分勝手に文章を書き並べるのは得意だが、送辞となれば話は別だ。


 在校生から卒業生へ送る言葉だ。 言葉一つに神経を使う。

 どれが適切で、どれが不適切なのか。


 ある程度経験していればスラスラ書き記すことができるのかもしれないが、初めての経験。

 これを苦もなく完成させられるのであれば、間違いなく将来は文系の分野へ進む未来まで見えてきてしまうぞ。


 加えて、テンプレートのコピペは厳禁ときつく言われている。

 ネット時代のこのご時世、探せばいくらでも似たような文章は引用できるが自分で考えることに意味があると小泉の言葉だ。


 彼も生徒会長らしい一面が見え始めたのではないだろうか。

 そして、親しみやすいが真面目な性格は手抜きを許さないだろう。



 作業の合間に交わされる談笑で賑わう裁縫室で、トントンと机をシャーペンで叩く音が小さく響く。

 指先でクルクル回して見せれば、綺羅坂が問いかける。


「それで、誰を壇上に上がらせるのか決めたの?」


「……まだ」


 問題は原稿内容だけではない。

 壇上に立ち、卒業生へ誰が語り掛けるのかを決めかねている。


 送辞においての全てを一任される。

 言葉にしてみれば聞こえはいいが、なかなか重い責任も同時に背負わされている。


 だが、小泉達に生徒会以外の負担をかけてしまっているのも事実。

 実行委員の中で対応するしかあるまい。


 幸い、人材としては適しているのが周りにはいる。

 当日の登壇を頼むとしても、原稿くらいは俺が完成させておかねば立つ瀬がない。


 

 思考は巡り、巡り過ぎて先日の授業で解けない問題を回答させられた教師に対しての不満を連ねる文章を書き記し始めていると近くで椅子を引く音が響く。


 教室中央で作業をしていた中山が目の前の席まで移動してきていた。

 ご丁寧にパソコンまで移動させて。


 近くにいた綺羅坂や雫も何事かと手を止めて彼女に視線を集める。

 

 教室後方に何度か目を配り、自分が移動したことを彼らに気づかれないことを確認すると中山かのじょは声を潜めて呟く。


「あの二人って結構仲が良い感じ?」


「あの二人……?」


 視線の先にいるのは優斗と宮下。

 仲睦まじく、談笑を交わしながら作業する二人に何か思うところがあるといった表情で、端的に言えば面白くなさそうな表情で見ていた。


 言っている意味は理解できる。

 彼女が俺から貰いたい返答もなんとなく察することは出来る。


 それでも答えは決まっている。


「クラスの女子の中では一番仲良いんじゃないかな」


「そう……あんな顔をアンタ以外にも見せるんだね」


 まぎれもない事実で、宮下が掴んだ立ち場所であり中山が狙う場所でもある。

 教室で何度も目にしていたであろう光景を、言葉にして確認したことは無かったのだろう。


 自分よりも下だと思っていた相手に、自分よりも先を進まれている事実。

 中山の今後が試されるのであれば、ここからなのだろう。


 羨むような声音で呟く女子生徒は、同時に溜息を零す。

 羨ましいと求めていて歩みを進めることの出来ない自分にか、突きつけられた現実にか。


 

 宮下に協力をすると以前に約束したことは今も変わらない。

 仲良くなって欲しいと願っていることも本心だ。


 でも、この実行委員に参加してくれていることに対するちょっとばかしの感謝を、背中を触れる程度に押してあげる力を、捻くれと共に送ろうと思う。


「編集もある程度進んでるならあいつらの所も手伝ってくれば? ……ついでに”友達”と久しぶりに話してくるといいんじゃないか」


 友達、その単語に肩を震わせた。

 きっと彼女達の関係性は友達と呼ぶには美化され過ぎていた関係性で、一度は捻じれてしまった友情で、元に戻すには勇気が必要で。


 それでも、立ち上がった彼女はどこか歪みながらも強い女の子なのだろう……。


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