休話 きっと答えは出ている
優斗との会話パート
翌日の日曜日。
俺は自分の部屋で椅子に腰かけて、優斗は楽な姿勢で床に腰を落としながらテーブルの上の図面に二人で視線を落とす。
体育館の見取り図が掛かれたその紙は、金曜日に俺が小泉から受け取っていたものだ。
テーブルを挟んで向かい合う形で俺達は紙の上に赤ペンで卒業生、在校生、教員の立ち位置を囲み同線の確認も同時に行う。
簡単に翌日使う紅白幕やカーペット、来賓や保護者用の椅子の位置も照らし合わせる。
「立ち位置的には卒業生は前で在校生は後ろ。中央に一本通路があって通常の出入り口を使うのが一番楽だけど来賓と保護者用の椅子が俺達よりも後方にあるから距離が離れるな」
「幼稚園児だと予想したとおりに動けないだろうから、あまり登場から卒業生までの距離は離したくない」
優斗が先に口を開くと、俺も感想と合わせて言った。
走って転んだ、椅子にぶつかってケガしてしまったとなっては相手方に申し訳ないし祝いの式が台無しだ。
最短で、迷わずに動いてもらえるようにするには正面以外の入り口で待機するのがベストだろう。
「そうなると、側面にある出入り口にするか?」
「両側に園児達を控えさせてタイミングで横からって感じがベストだろ……」
あくまでサプライズ的な計画だから、卒業生に事前にバレてしまわないか心配だが今更だ。
多少は内容が漏れてしまうのは致し方ないと割り切るしかない。
実際の動き方は明日にでも現場を確認しながら行うとして、昨日購入しておいた物も含めて今日の内に確認しておきたいことはいくつかある。
優斗も終日付き合ってくれるので、次の議題に移ろうと資料を用意していると扉をノックする音が聞こえた。
「お話し中にすいません兄さん、お茶をお持ちしました」
楓が私服にエプロン姿でお盆片手に入ると、邪魔にならない程度でテーブルにお茶とお菓子を並べていく。
優斗も脱力していた体を戻すと、楓に問いかける。
「楓ちゃんのところは送別会とかやるの?」
「はい! ただ、うちはどちらかと言うと伝統を重んじる傾向があるので例年通りらしいです」
時折、食事の際などに実行委員の内容などを楓には話していたので、どこか羨ましそうに呟いた。
桔梗女学院は文化祭のイメージが強く、合同文化祭なんてものを急遽やったくらいだから伝統とかあまりイメージが思い浮かばないが、元来は女子高でどちらかというと裕福層が多いとは聞いている。
学生というよりかは保護者や卒業生という意味で伝統を重んじているのかもしれない。
それでも十分に楓は満足するのだろうけど、性格上はうちの高校の方が合っているはずだ。
「記録は残しておくし、作った動画も楓には見せてやるから」
「楽しみにしてます兄さん!」
俯きかけた楓の頭をワシャっと少し乱雑に撫でると、お盆を抱きしめて笑顔を見せた。
親父の意向だとしても、入学したからにはその環境で高校生活を楽しんでもらうしかない。
互いに楽しかったことを話して、嫌だったことを共有して、互いの三年間が楽しかったと振り返られるように。
「では、昼食を作ってまた来ますね」
「ごめんね楓ちゃん、俺の分まで」
優斗の言葉に「いいんです」と返して、楓が部屋から去る。
相変わらずいい妹を持ったと自慢したいから、優斗に自慢でもしようかなと考えたけど、こいつに自慢しても爽やかに肯定されて終わりそうだから止めておこう。
楓が淹れてくれたお茶が冷える前に喉を潤わせ、次の資料を机の上に広げていると優斗が部屋の中に視線を移す。
特段、何かが変わったわけではないので目新しいものはないし、こいつは元々は入り浸っていた時期もあったから面白味もないだろうと気にせずいると優斗は息を零すように呟いた。
「もう一年経つのか」
「……」
その言葉が、何を意味しているのかは聞くまでも無い。
彼が、彼女が俺の部屋に来て相談を持ち掛けてからもうすぐ一年。
本当に怒涛の一年だ。
言葉にすれば簡単で、振り返れば一瞬で、ただ濃密な時間だった。
そんなことを思い返していると、優斗に聞いてみたいことがあった。
聞けなくて、でも今なら聞けることが。
「俺に相談したこと後悔してるか?」
俺に相談したところで、何かが変わったわけではないかもしれない。
別の人でも同じ結果だったかもしれない。いや、同じ結果だっただろう。
でも、きっかけとなったのは俺との相談だ。
彼も、彼女も。
遅々として進まなかった時計の針が、あの日を境に一気に進み始めたのも間違いはない。
優斗が雫が好きだった気持ちも、雫が俺を好いていてくれたことも、その可能性から俺が目を逸らしていたのも。
「後悔するくらいなら相談なんかしないよ」
帰ってきた返答は、思っていたよりもあっさりとしたもので、少し意外だった。
荻原優斗は皆が言うような聖人君主でもない。
人並みにプライドを持っているし努力は人一倍していることを知っているから、少しばかりは後悔していると思っていた。
「そりゃフラれた時は悔しいし、しばらく顔を合わせるのも気まずいし、湊に相談すればもしかして可能性があるかもって期待した所も否定はしない……けど、結果はどうあれ一年生の時と比べて今の方が充実してる」
それに、と優斗は言葉を区切る。
質問をしたのに、いつの間にか視線を床に落としていた俺は少し上に向ける。
優斗の表情が見えるくらいに、僅かではあるが確かに上げると優斗と視線が交わる。
「湊も中学で俺と出会った時から一番楽しそうにしてただろ?」
利発で、普段はその落ち着きと甘い顔立ちもあって見せることのない、年相応の男子高校生らしい笑顔がそこにはあった。
普段の優斗らしからぬ表情が、心の壁を少しだけ崩したからだろうか……俺も躊躇うことは無く自然と言葉は口から出ていた。
「楽しかった……」
とてもぎこちなくて不自然で、それでも確かな笑顔を零す。
面倒事から始まって、退屈で、学園生活の陽でも陰でもなく、狭間にいる灰色の日常。
彩ることはないと思っていた生活は、確かにこの一年で豊かな彩に包まれた。
雫がいた、優斗がいた、綺羅坂に出会った、会長に出会った、生徒会に参加した。
文字で並べてしまえばたったそれだけのこと。
小説でも一行程度で書けてしまうくらいに短いものだった。
でも、それが真良湊の生活を豊かにしてくれた。
学校行事は毎回面倒で、生徒会の活動も何故俺がと思うことも度々、放課後は綺羅坂と雫が強制的にイベントを発生させていることも多く、慌ただしい日常に様変わりした。
今までは学校で多少会話を交わし、家の付き合いで夕食を共にすることがあったくらい。
一年で急増だ。
そして、そんな生活を送り始めた自覚が芽生えた時には、見えている世界が鮮やかになっていた。
決して、どこからと断言することは出来ない。
断言できることがあるのは、どの人物たちが欠けていても楽しかったと思えるまでに至らなかったはずだ。
誰かしらの苦悩や問題に直面して、行動を共にしていたからこそ今の関係性があり、居心地の良い環境がある。
だから、俺は続く言葉を紡がなければならない。
何より、誰でもない萩原優斗だけには決意を表明しないといけない気がした。
「楽しかったからこそ、俺は責任を取らないといけない……思い浮かべた答えが正しいものなのかは今の俺には分からないけど元通りの関係ではいられないとしても」
きっと、彼女達も答えを待っていて。
でも、俺も含めて踏み込むことが怖くて。
楽しいと思えたからこそ、今の環境が心地よいと思ってしまったからこそ感じた怖いという気持ちとは、そろそろ別れを告げなくてはならない。
優斗は、静かに俺の言葉に耳を傾けている。
口を挟むことなく、茶化すことなく、真剣な眼差しで。
「情けない話だよな……俺が傷つけるのに、あいつらだけは傷つけたくないって思っちまった」
自問自答を幾度とした。
この気持ちは彼女達に一刻も早く伝えるべきだと。
それが彼女達の人生において、前向きに働く可能性が高いから。
でも、結果としては答えは伝えられていない。
他の生徒や仮に親だとしても言えることが、彼女達に対して伝えようとすると足が鉛のように重く言葉は喉元で飲み込んでしまう。
自嘲してしまったよ。
人に言えたことが自分でできていないのに気が付いた時は。
「そっか……ようやく家族以外に大切な人達が出来たってことだな」
情けない言葉を聞いて、優斗はどこか嬉しそうに言った。
「大切……」
優斗の一言は、昔雫に告白された時の俺の答えを思い出させた。
『……そもそも人を好きになるってどんな気持ちなんだ?』と優斗に投げかけた時、俺には家族に向けた愛情も友人に向けた愛情も等しいものに感じてしまった。
誰が特別というわけではなく、ただ好きか嫌いか。
でも、今日の問答の中で腑に落ちたものがあった。
これが、家族への大切でも、優斗たちに向けた大切でもない、特別な大切なのだと。
だから、俺はこの大切なものを手放すことが恐ろしくなってしまったのだ。
人生で、初めての経験だったから。
「そうだな……たぶん、本当に大切になったのかもしれない」
言葉にして再度確認するくらい、大きな進歩。
人として欠落している部分があると自負しているからこその小さな幸せ。
特に名前を出すことは無く、お互いの共有認識であろう彼女達。
そんな彼女達を傷つけたくないから……大切だから。
でも、大切だからという言い訳は今日までだ。
俺はラノベやアニメの主人公のように、複数の人を同時に幸せにしてあげることは出来ない。
そんなに器用な人間でも、器のデカい人間でもない。
たぶん、目の前の人でかかりっきりだ。
そのためにも、真良湊の答えは出さなくてはならない。
そして、その時期は送別会と卒業式の二日間だ。
目前に控えたその日が、一番ベストでむしろその日しかない。
「それで、湊の好きな女の子は?」
意地悪く、ニヤニヤとしながら問いかける優斗に対して、自然と恥ずかしい気持ちは無かった。
ありのままで、感じるままに口を開く。
「俺は……」
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PN「灰原悠」で電子書籍で商業化デビューしました。
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