#326
前回、短くなるかもと言ったな。
あれは嘘だ、長くなった。
人間は期待する。
己自身を何より期待する。
クラスで集団の中心にいる、部活動で他のチームメイトより上手なプレイが出来る。
同じ勉強量のクラスメイトよりも学力が良い。
些細なコンプレックスはあるが、他者よりも整った容姿。
あらゆる分野で可能性が芽を出した時、人は期待する。
自分は他者より優れているのではないかと。
だから、それを俺は間違いだと突きつける。
才能を持っていないものが、間違いだと突きつける。
「前田はサッカー部で部長、飯田もバレー部でエース……それはどれくらい凄い?」
「どれくらいって……私運動部じゃないからなあ」
問いかけに対して、迷う探偵のように顎に手を当て中山は悩む。
彼女は帰宅部だから、自信と比較はできないだろう。
分からなくて当然だ。
俺も昔にサッカー部で活動していたからなんとなく分かる程度だ。
だから、問いかける内容を変える。
「じゃあ、優斗は凄いか?」
「そりゃもちろん!」
「具体的にどこが?」
「美形で部活に入ってないのに運動部より運動神経良いし、勉強も男子なら一番だし、何より優しいし」
彼女は自分が見ている荻原優斗像を饒舌に語る。
挙げられたものは、一つとして間違っていない。
荻原優斗の実際の評価と能力。
中山は知らないが、家庭的な面もあり自炊関連も得意だ。
将来、旦那にしたい男子部門一位を取り始めてもおかしくはない。
中山が思い浮かべる荻原優斗がどれくらい凄いものなのか。
どのくらい優秀なのか、人の才能は生憎物差しでは測れない。
なら、そんな優斗に等しい能力を有しているのは誰なのか。
前田なのか、飯田なのか。
答えは否である。
「俺の知る限り四人だけだ。この学園で本当の意味で周囲とは異なる才能を持っているのは」
脳裏に浮かぶのは、もっとも親しくなった四人の顔。
その中に、当然自分の姿など微塵も無い。
小泉も三浦も、白石も火野君も。
どこの部活のリーダー格でも加わることは出来ない。
唯一学園の外でなら、楓が彼らの背を掴むことができるだろう。
妹もまた、その類なのだ。
「優斗、雫、綺羅坂、それと会長……それ以外はただの平凡、俺もお前も当然前田もだ」
「その四人と比べられたら当然じゃない……何が言いたいの?」
「だから……あいつらが凄いのは当然で、でも自分達も近しいものだと振る舞っていることだよ」
面と向かって平凡と告げられたことに対して、僅かに不快感を示していながらも意図を探る中山は続く言葉を催促する。
当然……確かにその一言に限るのかもしれない。
突出したポテンシャル。
凡人が努力したところで届くことは無い。
でも、多くの人がその理由に気が付かない、気づこうとしない。
何故凡人が彼らに届くことがないのか。
才能溢れる彼らも努力をしているからだ。
天才は才能だけで成立するものではない。
性能に比例した自己研鑽や努力を重ねているから追いつけない。
周囲は気が付かない、気づこうとしない。
何故なら、裏で積み重ねられる努力は才能の一言で片づけられてしまう。
気づいてしまえば、自分が行っていることが自己満足でしかないと突きつけられてしまうから。
更に辛い方向へと進みたくないから。
才能という言葉を大きな盾として、彼らに突きつける。
天才が努力をしていることを認識し、考えを改め、更に努力を積み重ねられる人が努力の天才なのだ。
誇っていい、簡単に聞こえて手に入れることが難しい長所なのだから。
多くの人は、それ以前に挫折してしまう。
一度折れた俺が言うのだ。
凡人が考える思考は、あながち間違っていないだろう。
彼女らは今は桜ノ丘学園という小さな箱の中に納まっているだけで、羽ばたいていくのは明日かもしれない、来年かもしれない。
才能の熱量を注がれているのが高校生活、はたまた恋愛感情だから留まっているだけなのかもしれない。
でも、非凡な者の相手をするのであれば当然だと一言で片づけていいものではない。
それを言葉にしたいのに、良いフレーズが浮かんでこない。
自分が考えていることを人に伝わるように言語化するのは案外難しいものなのだ。
うーん、と一つ唸りをあげてなるべく簡略化しながら具体的に言葉を並べる。
「さっき裁縫室に来ていた生徒のほとんどが、真良なんかより自分達と一緒に活動した方が良いってスタンスだったろ? 嫌われている奴より俺達といる方が自然で君達のためって感じか?」
「まあ否定はしないわね、ただ人気者が独り占めされていることに対する嫉妬ってのも大きいと私は思うけど」
「それもあるな……でも本来、俺達が彼らと肩を並べることなんて出来やしない。前田や飯田が部活で才能を発揮していたとしても、それは平凡の延長線上でしかない。決して向こう側に行くことは出来ない」
誰よりも近くで見てきた。
誰よりも長く見てきた。
家でも同様の才を持つ兄妹がいる。
だから分かる。
人並みの努力程度で、その線を踏み越えることはできない。
少し才能が他者よりあるからと、近しい存在だと認識することは間違っている。
あれは、決してちょっとの才能で、ちょっとの背伸びで肩を並べられる存在ではない。
でも、今日来た連中はきっとそんなこと考えてすらいないだろう。
いつも偉そうにしているパッとしない奴よりも、運動部で活躍している自分たちの方が一緒にいるのが相応しい。
確かに、客観的に捉えればそうなのかもしれない。
だが、それは俺と自分達を比較しただけだ。
自分達と雫達を比較しているわけではない。
もし、比較をしていたら分かるはずだ。
道端に転がる石ころが少し大きいか小さいかの違いでしかないことを。
そして、残念なことに俺達の周囲には才あるものが集まり過ぎた。
一つの高校というコミュニティーに少なくとも四人。
本来、遠い存在のはずが多すぎた故に身近になってしまった。
だから物差しが歪む。
期待と勘違いが生まれる。
悪いことではない。
俺が考えすぎているだけなのかもしれない。
でも、彼女らと関わろうとするのなら最初に考える必要がある。
自分がどこに立っていて、彼女達との本当の距離がどれくらい離れているのか。
「才能ってのは他人を傷つけるかもしれないが、本人だって同じくらい傷つくこともある」
「……?」
「……中山も本気で優斗と一緒にいたいと思うなら、絶対に突き当たる問題だよ」
意味が分からないと首を傾げた中山に対して苦笑を含めた言葉で返す。
とても、大切な問題だ。
覚悟して挑まなければ、大きな傷を負うことになる。
無自覚な言葉が、何気ない会話が、鋭利な刃となって相手を傷つける。
「優斗と付き合うってなった時、きっと周りは誰も納得しない。見合わないと失笑されて冷たく突き放される」
断言する、避けられない絶対的な未来だと。
俺がそう告げると、中山の体が少しだけ強張った。
頭の中で想像したのだろう。
自分が優斗の隣で歩く姿と、それを見た周囲の人間が今までとまるで違う態度で接してくる姿を。
仲が良くても、本当に親しい間柄ではない限り人間は簡単に繋がりを切れる生き物だ。
己の利益のため、保身のため、欲望のため。
そして、向けられる悪意は一人ではなく集団で襲ってくる。
一対一など、最初から考えていないのだ。
賛同する者を、共感する者を集めて言葉の刃で簡単に傷つける。
お前は隣居るべきではない。
いるべきは彼女だ、彼だ。
お互いが認めて始めた関係性だとして、外野はそれを配慮しない。
結果、自分には高嶺の花だったのだと離れていく。
離れて行ってしまうのだ、いとも簡単に。
理由は才能が違うから、見合わないから、もっとお似合いな人がいるはずだから。
テンプレで考えるとそんなものだろう。
だから俺は思う。
周囲がガヤガヤ言う程度で身を引いてしまうものが恋愛感情なのだろうかと。
彼らが求めているのは、支配欲に似たコレクション的な欲求なのではないかと。
凄いものを、他の人が持っていないものを手に入れたと言いたいだけの屈折した感情なのではないかと。
神崎雫は才溢れる少女だが、ごく普通の女子高生だ。
恋もする、涙も流す、彼女自身が抱く自己意識もある。
しかし、周囲が求める理想像に押しつぶされるように、自意識を秘めるようになった。
荻原優斗は自身に取り繕うおうと平気で嘘を付き、他者を陥れる言葉を簡単に口にする周りへ壁を作った。
結果、笑顔を表情に貼りつかせ、学園の王子様という肩書が生まれた。
初恋は同様の才ある少女だったが、惚れたのは人間性であって同じような女性が現れれば容姿や才能など関係なしに付き合うだろう。
綺羅坂怜は何よりも自分を周囲と同じように扱ってほしいと願った。
しかし、彼女の生まれや持ち合わせた数々の才や容姿に特別とカテゴライズされしまった。
彼女が裏で積み上げた努力は、表面の才能という一言で片づけられる。
そして、他者と関わらない孤高の存在へと歩みを進めた。
柊茜は模範的であることを求められた。
それを実行するだけの能力が彼女にはあるがゆえに、歴代の誰よりも模範であろうとした。
普通の女子高生が体験しているごく普通の当たり前を経験することなく、模範という立場に縛られ続けた。
家でも学校でも……まるで、狭い檻の中にいるように息苦しそうに。
才能があると皆が羨む。
しかし、才能がもたらす好運は同じ分だけの不幸も運ぶ。
求めてもいない相手からの期待。
好意を寄せる相手へ外野からの品定め。
彼らと関わり続けるということは、それを覚悟するということ。
あるいは、見合うだけの才や努力を積み重ねること。
彼らも最初から何もかもできたわけではない。
他人より容量の大きい器で、その器を満たすだけの努力を積み重ねてきたから天才たりえるのだ。
それを理解したうえで、俺達は行動して、発言しなくてはならない。
だから、最初に前田達が集団で訪れた時点で、なんとなくだが分かってしまった。
あれは、覚悟をしているわけでも、純粋に世話になった先輩を送り出すために来ているわけではないと。
己の欲求のままに、集団意識で正当性を増幅させて訪れていたにすぎないと。
あの集団の中で、唯一個人の考えを抱いていたのは野球部の町田だけだ。
彼なら、実行委員会も含めて今後も良い関係性を築けるかもしれないと内心で思った。
中山には間違いだと偉そうに語ったが、別に俺の考えが正しいとは思っていない。
ただ、考え続ける必要があると思っているだけだ。
そんな俺でも、正しいと確信に似た感情を抱いている物はある。
この会話で、本当に伝えるべきこと。
「俺達みたいなのが本当にあいつらと一緒にいたいなら自分自身の考えを持て、そして折れるな。俺達はあいつらの場所まで登れない、でもあいつらを俺達の場所まで落してはいけない。なら、他人に何を言われたってあいつらが笑顔でいる間はしがみついてでも離れるな」
そう、己に言い聞かせる意味も兼ねて二人だけの夕暮れが差す教室で、確かな声音と芯を込めた言葉で告げた。
それとは関係なく、一つ思い付いたことがあった。
だから、暗い話で終わらせることなく中山に一つの提案をすることにした。
「ちょっと提案ていうかお願いがあるんだけど―――」
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