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平凡な俺と非凡な彼ら   作者: 灰原 悠
第三十八話 送る者と送られる者

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#323



 今日という日が一度だけのものであるように、明日という日もまた一度だ。

 昨日という日も、今この瞬間も人生において一度限りだ。


 時間は繰り返されない。

 時間は巻き戻せない。


 今この瞬間に考えられる最良の一手を、選択を常に人は行い続ける必要があるのだ。

 望む未来を掴みたいのであれば。



 だからこそ、今日は今日の最良の手を考える。

 綺羅坂父との面会を終えて、協力の承諾を得てから即座に次に向けての行動を開始した。


 時間は有限。

 普段は、何気ない過ごし方をしている時間でも、いま一時間すら貴重で無駄にしてはいけない。

 スタートは出遅れて、メンバーも少ない。


 

 スマホの中に羅列される少ない連絡先の中から、最初に見つけ出したのは生徒会長の小泉だ。

 彼にまずは連絡をして、翌日に幼稚園の園長先生と話が出来るようにアポイントメントを頼む。


 彼には概要は説明してある。

 今回は、一個人として行動するよりも学園生徒会として行動する方が会話が素直に進みやすい。


 建前は生徒会役員として、その実は実行委員として。

 両方の肩書は非常に効果的に活用できることだろう。



 次に雫に連絡を入れる。

 男子高校生も子供は好ましく思う人は多い。

 しかし、やはり女子高生の方が子供に関しては好きなはず。


 相手も同様に保育士は女性が多い。

 なら、男性をメインにして会話を進めるよりも女性をメインにして会話を運ぶ方が良い。


 口火を小泉に、主題を雫に。

 だから、彼女に通話を掛けながら夕暮れの商店街を歩く。


 綺羅坂とは会社の前で別れた。

 彼女は会社から送迎があるから問題ないらしい。



 一人、商店街の喧騒に包まれる。

 慣れ親しんだ商店街の賑わいは、異界のような場所に先刻までいた自分を現実に引き戻してくれる、そんな安心感があった。

 だから賑わいも不快ではなく、むしろ今日のために久方ぶりに履いたローファーが石畳を踏みしめる足音の方が気になるくらいに馴染んでいる。



 耳元に当てたスマホは数回のコール音を鳴らし、止まった後には十年以上も聞き続けた声が響く。


『こんばんは、湊君』


「……こんばんは、雫」


 放課後の活動は大半を彼女に任せて後にしたからか、会話をする機会が少なかったからなのか、彼女の声は少しだけ上機嫌に聞こえた。















 翌日、生徒会役員として小泉を筆頭に六名全員が、そして綺羅坂と優斗、中山の三人を含めた九名で放課後に学園向かいにある幼稚園へと足を運んだ。

 幼稚園は、毎年恒例として園の行事を時折桜ノ丘学園の校庭を借りて行う。


 運動会やバザーなどの来客が多いイベントは幼稚園の小さな敷地で行うのは多少無理がある。

 休日に行われる幼稚園の行事の日には、運動系の部活動はもっぱら校外で試合を行っている。


 室内の部活動は軽く流す程度の内容で、その日は大体が子供達の愛くるしい姿を眺めて癒しを求めるとか。


 教職員や用務員の方は当然その日も出勤して、問題が発生しないか幼稚園側と連携を密にして取り組む。

 しかし、その大まかな接触を行っているのは生徒会と生徒だ。


 ボランティアという名目で、例えばプログラムの進行や、かけっこのスターター、順位の旗持ちなど細々したお手伝いを行っている。

 その矢面で相手方と交友を深める役を代々生徒会長は担っているから、小泉が園長とは時折連絡を取り合っていたらしい。


 こんな情報、普通に学校生活を贈っていれば耳に入ってくることのない情報だ。

 興味を持つ生徒も少ないだろう。


 うちの生徒会はそんなこともやっているのか……せいぜいその程度。


 バザーは昨年の十一月に行われた。

 運動会も夏の猛暑を避けるために六月に。


 次は例年であれば運動会までは連絡の取り続けているだけだが、今回に限っては別である。



 今回は、普段と同じ連絡の一環として、別途で時間を設けてもらうことは可能かと問いかけたら、案外簡単に話は通った。

 年数を重ねたこと、前会長の柊茜が協力的な姿勢を見せていたことが功を奏した。


 子供達は会長を気に入って時折園長さんに「お姉ちゃんに遊びに来てってお願いして」なんて、無茶を言うらしい。

 その度、あの人は時間を見つけて顔を出していたらしい。


 小泉も、三浦も知らなかったらしい。

 今回の話を進める過程で聞かされた意外な一面だ。


 園児は送迎のバスで既に自宅へと帰っており、残っているのは職員のみ。

 園長と学年の主任が同席した話し合いだが、近くには多くの保育士も興味深そうに耳を傾けている。



 その中で、雫は今年の送別会の内容、園児を参加させたい旨を説明した。

 内容は簡潔に、必要十分な情報は漏らすことなく。


「――という内容で私達は送別会を作り上げたいと考えております。突然のお願いでご迷惑をおかけしてしまうのは重々理解しておりますがご協力いただけないでしょうか?」


「前会長の柊と同じように子供達が喜んでくれるのなら、僕達もこれまで以上にお手伝いをさせていただきますので、どうかお願いいたします」


 雫が、そして小泉が告げると揃って頭を下げる。

 俺達も一緒に頭を下げた。


 暫し俯き、ゆっくりと上げた視線の先では園長先生が悩む表情を浮かべていた。


 後ろに立って話を聞いていた保育士が口々に述べる感想は悪いものではない。

 面白そうとか、あまり経験できることでもないから良いのではないかと。


 当然、同じような感想は園長先生だって抱いているはず。

 悩む要素があれば当然だが、保護者への説明だろう。


 園の一存で子供達を動かすことは出来ない。

 日課の散歩よりも安全で目の前の高校とはいえ、子供達を園外へ出すのだから承諾は必要だろう。


 お願いするのは年長の子供達。

 人数で言えば電話でも回覧が可能な人数だろう。


 形式的に手紙を子供達に持たせて帰らせて、親御さんに見てもらう手筈も整える必要がある。

 準備は必要だ。


 だから、先んじて用意はしてある。

 断りづらい要素を揃えてしまえば、話は坂道を転がるように簡単になることもある。


「……」


 机で隠れた手で、隣に腰かける雫の手を数回突く。

 タイミング的には今がベストだろう。


「仮に前向きにご検討いただける場合、保護者の方々へ説明のための書類の用意などでお時間が掛かるかと思いましたので、こちらで簡単なものになりますが仮原稿を用意させていただきました」


 雫が持参したファイルの中に入れておいた一枚の書類を取り出す。

 内容は今回俺達が園長先生へ話した内容の簡略化したもの。


 不安要素で挙げられるであろう移動時の配慮について、子供達の拘束時間について。

 平日に行われる送別会であるので、休日に親御さんの手を煩わせるという心配はないという点。


 あくまで、普段通りで大丈夫ですという説明に加えて付け加えてある文章がある。


『綺羅坂財閥代表 綺羅坂悠一様全面協力のもと送別会は行われます』


 わざと強調するように、絶対に視線に入るようにこの文章は記載した。

 なんなら、送別会の内容よりも目に入るだろう。


 この町に住んでいて、綺羅坂財閥の名前を、綺羅坂悠一の名前を知らない大人はいないだろう。


 資料を作成した中山は、俺がこの一文を入れるように指示した時に心配そうな顔を浮かべた。

 当然だ、勝手に会社の名前を入れるのはご法度。


 しかし、嘘はついていない。

 準備の資金を提供していただけるという話だったが、つまりは全面的に俺達の活動を支持してくれていると解釈できる。

 社長との話し合いで欲しかったのは承諾と協力。

 

 足りない予算で希望の内容の実現のための贈り物の変更に対する承諾。

 個人としてでも協力してもらえるという事実。


 高校生でも大人から見れば子供。

 子供がいくら賢く言葉を並べたところで説得力は欠ける。


 実績があり、説得力と発言力のある人間が協力しているという一文だけでも心配はないという一つの要素は生まれる。



 恰幅の良い女性の園長先生は悩む表情から一転して子供達が好きそうなニコニコとした笑顔で口を開く。


「こんなに準備を整えてくれているのにダメですと突っぱねるのは今までの協力を無下にしてしまうわね。今日中に園のお便りとして保護者へ通達して承諾を貰えるように説明しておきます」


 その言葉に、雫は華のように、小泉は心底安堵したように笑顔を浮かべる。

 三浦達も同様でゆっくりと肩を撫でおろした。


 ――これで目下の問題はひとまず解決だ。

 時間は掛かってしまったが、ようやくベースの準備は整いあとは形にしていくだけ。


 

 歓談を交わして、園長からは保護者からの反応を確認してからすぐに連絡を入れると告げられた。

 連絡を待つことにして、一同で話し合いの席から立ち目の前の学園に戻るべく歩を進めた。


 短い道を歩く最中、三浦は呆れたように愚痴を零す。


「まったく、ただでさえ生徒会は仕事が多いのに増やしてくれるとは、真良にも困ったものね」


「……学校外で、休みの日でも小泉と会う機会を増やしてやったんだから±0でお願いします」


「いやっ、それは……ま、まあ別にいいんだけど」


 絶対に小言を言われるだろうと思っていたので、用意していた言葉を返すとまんざらでもない様子で三浦は折れる。

 小泉は苦笑して、他の面々も三浦の微笑ましい様子に笑いを零す。


 一つの峠は越えたのだ、穏やかな空気が広がるのも無理はない。


 そんな中、誰かのスマホが鳴り響く。

 初期設定の通知音だが、俺のではない。


 皆が自分のスマホを確認する中で白石が声を上げる。


「私のでした、はい白石です」


 立ち止まりスマホを耳に当てて通話を始める白石。

 先に戻るか一瞬だけ迷ったが、全員で出向いたのだから戻るのも一緒が良いだろう。


 通話に俺達の声が入ると悪いので少しだけ離れた場所で彼女の用事が終わるのを待っていると、白石の会話は意外な方向性へと変わっていく。


「え、今更ですか!? い、いや……私達も色々進めてしまってますし。ちょ、ちょっと待ってくださいねすぐに戻りますので」


 焦りを含んだ声音で通話を切ると、白石は離れたこちらへ駆け寄る。

 表情からは焦りと不安、少しだけ疑念が混じったような複雑な表情だ。


 他のメンツで顔を見合わせて何事かと言葉を待っていると、白石は申し訳なさそうに口を開いた。


「サッカー部と野球部、それから女子バレー部の二年生が提出した動画を消せって……そ、それに裁縫室にいるからすぐに来いって後輩へ伝言したそうです」


「……本当に今更だな」


 ……面倒だ。

 いや、もう本当に面倒だ。


 和らいだ空気は途端に不快なものへと変わり、全身から面倒くさい感情が溢れ出そうだ。

 俺だけでなく、雫も綺羅坂も大きなため息を零した。


 何で今更、何が理由で。

 そんなことを一人考えてみたが、まあ何となくだが理由は分かっている気がした。


 

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