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平凡な俺と非凡な彼ら   作者: 灰原 悠
第三十八話 送る者と送られる者

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小話 彼のいない部屋で



「神崎さんは何で真良のことが好きなの?」


 裁縫室で実行委員会の作業をしていた時に、中山さんが私に問うてきた。

 資料をまとめていた手を止めて、視線を彼女の方向へと向ける。


 彼女は、作業で凝り固まったのか肩を回して小休憩の話題として口にしたのだろう。

 しかし、彼女の質問に対して一年生の白石さんも火野君も興味深そうな顔色を見せる。


 幸い、この場には湊君と綺羅坂さんは不在。

 不本意ながら二人だけで綺羅坂さんのお父さんの会社へ赴いている。


 本当なら同行して手の早い綺羅坂さんを牽制しているところ。

 でも、今回ばかりは致し方ない。

 会社に赴くのに大勢は失礼かもしれないから。



 だから、二人の分も作業を進めて後日に湊君と二人で買い物でも行こうかと思案していたところへの問いだったので、予想外で一瞬だけ思考が停止した。


「湊君を何故好きか……ですか」


「そうそう、幼馴染ってのはクラスの全員が知ってるけど正直意外っていうか、荻原君って優良物件が身近にあるのに理解できないっていうか」


 彼女は小さく呟く。

 教室後方では荻原君が明日から使う学校備品のチェックを行っている。


 聞こえないように配慮された声量は近くいる私と後輩二人だけが耳にすることが出来た。

 荻原君にも失礼な言い方な気がするが、彼女が声を小さくしている時点でそれは自覚しているのだろう。

 


 でも、人に好きな異性の話をするのは少々恥ずかしい。

 それ以上に、親しくない人に話すのは抵抗感がある。


 白石さんとは生徒会選挙の頃から付き合いがあり、火野君はもっと以前から見知った間柄。

 付き合い方は異なるが、湊君が少なからず可愛がっている後輩達だから問題はないが、中山さんは別だ。


 クラスメイト、同級生……しかし、彼女は以前から湊君を馬鹿にする傾向があった。

 修学旅行の議題を進行する湊君の邪魔をして、修学旅行中も日常生活でも同様の接し方をしていた彼女は正直に好きではない。


 湊君が必要な人材だからと決めたから納得しているだけであって、自ら好意的にしたいとは思わない。

 自分の醜い部分が見えてしまって嫌になるが、私だって好きな人を嘲笑していた女性をどうして好きになれるだろうか。




 そもそも、湊君は寛大すぎるんだ。

 中山さんが協力するにあたって提示した条件に付いても私達は聞かされている。


 小泉君に頭を下げて文化祭についても来年度の話し合いの際に学校側に承諾を得る手筈を二人で協議していると聞いた。

 彼女が好意的に思っている荻原君がこの実行委員にはいるから時間の共有については別段構わない。


 宮下さんが今頃不機嫌になっているだろうなとは私も思うが……。


 間違いなく、中山さんは湊君が嫌いだ。

 それは性格かもしれないし、容姿なのかもしれないし、環境なのかもしれない。

 あるいは全てか。


 でも、湊君は彼女をどうとも思っていない。

 能力は認めている。

 当然、異性として好きではないし嫌われていても問題ない、なんて考えている人だ。

 


 だから、理解されない。

 真良湊という人間性は一般的な価値観を持つ生徒達から理解されることは絶対にない。

 私が彼を好きな理由を話したところで、中山さんが理解できることは無い。



 話を濁して、教室に夕日が差し込み始めたから帰ろう……なんて提案をすれば会話を回避できるだろうか?

 刹那の間に思考を巡らせて考えるが、ふと思い留まる。


 ……これも言い訳だ。

 ただ、他の人には真良湊を理解してほしくないと心の奥では思ってしまっているからだ。

 自分だけが知っていると思いたいだけ。



 妹の楓ちゃんを何より大切にしていること。

 お父さんとは長年不仲が続いていること。

 お母さんには逆に甘やかされ過ぎて少し困っていること。


 隣の家が飼っている猫が遊びに来ないかと自分の部屋やリビングの戸を少しだけいつも開けていること。

 

 本当は何でもできてしまう荻原君に憧れていたこと。

 小さい頃から周囲と比較されて落胆されていたこと。


 でも、比較していたのは周囲や大人達であって妹や私達は何も悪くないと、何を言われても普段通りに接してくれたこと。

 そのせいで、周りから嫌われていたこと。


 感情が無いと馬鹿にされるけど、本当は誰よりも優しくて傷つきやすい。

 他の人よりも自分の心に蓋をして感情を押し殺すことが得意なだけなのだ。


 自分自身も、それに気が付かないほどに。



「中山さんは好みの異性を選ぶときに、何を判断材料としますか?」


「それは……顔とか性格とか、趣味が私と合うかどうかとか?」


「では、その中で最も重視しているものは?」


「え……せ、性格かな?」


 問いかけ、返答を貰い再び問いかける。

 中山さんは一瞬の躊躇いの後に答えた。


 自信を持ってではなく、何かを躊躇いながら。

 人を好きになる要素は無数だ。


 人によって異なり、正解などない。

 だから、彼女の答えた要素も正しいのだ。


 でも、中山という少女の選択肢であり、私の選択肢ではない。


「私は自分を持っているかどうかです。私は一度捨ててしまいました」


 呟くように発すると、中山さん、そして白石さんと火野君の順に視線を巡らせる。

 十分ではない言葉の意味を理解できて、でも完璧には理解できていない、そんな表情を彼女達は見せる。


 人は一様に異なる顔を持っている。


 期待に応えるための偽りの自分。

 生徒達に認められるように模範解答を自己投影する自分。

 外見に囚われた自分。


 クラスの中心人物であれば、控えめな人を卑下しても良いと解釈している自分。


 誰がどの自分に当てはまるのか、それは私が一々指摘しなくても自覚しているだろう。

 自覚して目を背けているだけ。


 私も含めて……。


 だから、私が求めるのは自分を失わない人。

 馬鹿にされても、笑われても、比較されても、嫌われても、他人の考えに染まらない自分を持つ人。


 それが、本当の意味で強い人間であると私は思っているから。

 だから恋焦がれる。

 平凡だと常に言われる湊君を。


 だから、意識してしまう。

 綺羅坂怜という強い女性を。


「クラスの人気者を私は好きだと思いません。勉強が、運動が得意だから凄い人だとは思いません。間違えた選択を取ってしまった時、皆が一緒だからと正当化しないで一人だとしても異議を唱え、自分を曲げることが無い人を私はカッコイイと思うのです」


「そんなの当たり前じゃない? 間違ってるって言うのなんか」


「当たり前が出来ない、私もあなたも」


 私の言葉に彼女は少し不服そうな顔を浮かばせる。


 湊君のように考えるのであれば、集団は一つの生き物。

 集団の意志がその生き物の決定。


 少数派は異物とみなされる。

 多数派から少数派に移るのは言葉以上に怖くて難しい。


 カテゴリーの枠から外れる行動なのだから。

 結果、いじめや確執が生まれる。



 湊君は、学内カーストで上位の生徒にはことごとく嫌われている。

 なぜなら、彼らが聞きたくない本当に正しい選択を、言葉を、彼は選ぶから。


 逆に、学内でも陰で過ごしている生徒には少なからず良い印象を抱かれている。

 自分たちが決して口に出来ない答えを代弁してくれるから。


 人は孤独に耐えられない。

 だから、湊君が理解されないのは仕方のない事なのかもしれない。


 彼の選択は、個を尊重する建前で集に依存する現代の世の中では孤独に進む選択だ。


 でも、いつか彼らが大人になった時、気が付くかもしれない。

 学生時代に真良湊は凄いことをしていたのだと。



 そして、私はそれを早くに気が付くことが出来て幸せだ。

 人生において、重要で憧憬として後に幾度も思い出す学生時代を彼と一緒に歩めたこと。

 振り返り、恥ずかしくない、後悔のない選択を出来たと胸を張れる時が来るはずだ。


 今ですら、少しだけ胸を張っている。


「外見なんて老いて朽ちていく、不変のものではありません。それよりも、格好いい生き方の方が私は魅力的だと感じるだけです。荻原君は良い人だと思いますよ、でも好みではありませんので」


 そう断言して、中山さんからの質問に対しての私の答えとした。

 これ以上は、私だけの秘密だ。


 私だけが知っている真良湊の良いところ。

 私が好みではないと断言して少しだけ肩を撫でおろした中山さんに「頑張ってくださいね」と短く伝えて帰り支度を始める。


 彼女はこれから、どのように荻原君へのアプローチを始めるのだろうか?

 でも、もう一つだけ断言できる。


 今の彼女では、荻原君は振り向くことは絶対にない。

 男子生徒の誰よりも近くで真良湊と過ごしてしまった荻原君は、その凄さを痛感しているからだ。


 女子の輪の中から自らの意志で出てきた宮下さんの強さを。

 中山さんが本当に警戒して相手にするべきは私などではない。


 私は、そして綺羅坂さんは特別などではないのだから。



 自分よりも下だと決めつけて見下していた相手が、本当はずっと前に進んでいることに彼女は気が付くことが出来るのだろうか。

 手助けをしてあげれる余裕など私にはない。


 私も同じように、綺羅坂怜と柊茜に負けぬように努力しなければならないのだから。




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