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平凡な俺と非凡な彼ら   作者: 灰原 悠
第三十八話 送る者と送られる者

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#322

話の最後はラブコメ糖分注意報発令中



 社長は予算資料を俺に戻すと、足を組みなおす。

 腕を組み、瞑目して天井を仰ぐ。

 

 俺の意見についての説明をする前に、アーチの出所だけはハッキリしておきたい。

 実は違いましたとなれば、話はそれ以前の問題だ。


 社長に確認してもらうために、学園側に残る記録映像から数枚だがスマホで撮影してきてある。

 実際のところは、俺のスマホよりも綺羅坂が使っている機種の方が性能が高かったので、データは彼女のスマホの中だ。


 部屋の端で、男同士の会話を楽しそうに鑑賞している綺羅坂に視線を向ける。

 意味を悟って、綺羅坂も俺達の隣まで移動する。


「綺羅坂、学校で撮影した写真を―――」


「あら、ここに綺羅坂は二人いるわよ」


「……怜さん、さっきの写真を―――」


「”さん”だなんてよそよそしい、いつも通り呼び捨てで構わないのよ」


 彼女は制服のポケットから自分のスマホを取り出してはいるが、ニヤニヤと口角を上げて手渡す様子はない。

 それどころか、画面には録画だか録音だかの表示がされていた。

 RECと赤いボタンが画面にデカデカと。


 ……何を待っているんだこいつは。


 確かに、親御さんを含めると二人になるが、今それを言わなくていいだろうと溜息が零れる。


 緊張しているのは俺だけで、彼女は平常運転です。

 彼女にとって社長は親、俺は友人。

 緊張する要素が無かった。



 それにしても、なんだかこの言葉のやり取りに懐かしさを感じる。

 進学してすぐに彼女と会話をしたとき、同じように呼び捨てで構わないと言われた気がする。


 確か、その時は断ったのだ。

 出会ってすぐに呼び捨てとか、どこのラノベ主人公だと鼻で笑った。


 それが、一年弱の時間を過ごせば気持ちなど簡単に変わってしまうのだな。

 あんなに抵抗があったはずの呼称が、今は恥ずかしいとは感じない。


「怜、頼むからデータを社長に見せてくれ」


「……良いわよ」


「……耳赤いぞ、ピュアな反応するな」


 俺が口を開いたと同時に彼女の指は画面を叩き、たった三秒程度のために録音をする。

 その音声を何に活用するのかは、あえて聞かないことにしよう。


 乙女の秘密に足を踏み込んで、逆鱗に触れるなどあってはならない。

 


 彼女は、父親に自分のスマホを渡すと社長は写真を数枚スクロールして確認する。

 数回頷いて、すぐに娘へと返した。


「写真の物は私の会社が寄贈したもので間違いない、しかし娘の写真フォルダが君の顔写真ばかりなのは少々驚いたがね」


「……余計な写真を見ないでくれるかしら」


 珍しく感情を表にして社長からスマホを乱雑に受け取ると、隠すように制服へ入れる。

 同時に、淹れてタイミングを見計らっていたお茶と差し入れの饅頭を三人分卓上に置かれる。


 向かいに一つ、俺とその隣へ一人分。

 そのまま、彼女は隣に腰かける。

 少しでも体を動かせば肩が触れ合う程度には至近距離で、なんだか体温すら伝わってくる。


 しかし、今の俺はそれくらいで動揺する純粋ボーイではない。

 湯呑を持つ手が震えてお茶が溢れ出そうな気がするが、それは気のせいだ。


「しかし無駄と大胆に指摘されるとは、久々の経験で少々驚いている」


 笑いを嚙み殺して実に愉快そうな顔が向けられる。

 綺羅坂一家の価値観は共通する点が多い。

 興味がある人物に対しては極めて穏和になる。


 俺が社長にとっての興味の対象である限りは、言葉を流される心配は無いと思う……思いたい。 


「これから話が一区切り着くまでの間、君が本心を伝えることを条件に色々と考えよう」


「……ありがとうございます」


 肘を両ひざの上に乗せて、前のめりに体勢を変えると瞳は全てを見透かすような不気味さを抱かせる。

 握った拳は強張り汗ばむ。


 誤魔化すな、言葉の裏をかこうとするな、遠慮はいらない。

 真良湊という人間の何が良いのか、そんなこと俺には分からない。


 気に入られているなら、別にそれでいい。

 問われて素直に思った言葉を口にして伝えた。


「具体的にどこを無駄と判断したのかね?」


「他の企業は卒業式に寄贈の品を用意しています。送別会の分も合わせて二つ用意する企業なんてありません」


「企業には付き合い方がある、それを外野にとやかく言われる筋合いは無いと思うがね」


「企業として付き合い方があるのは承知しています。ただ、仮に他の学校にも同様の対応をしているとしてもリソースを割き過ぎです……大企業でも金は有限だ」


 懐が痛む金額は微々たるものかもしれないが、重ねれば大きな出費になる。

 一番近くで楓が通う桔梗女学院もある。

 あの学院もうちと同様に企業として関係があるはずだから似たような対応をしているに違いない。


 隣接する市にも複数の高校は存在する。

 大企業となれば他の会社と比べて付き合いも広い。


 だからこそ、無駄使いに思えてならない。


「子供は町にとっても我が社にとっても宝だ。盛大に祝うことに問題はあるまい」


「こちらとしては大問題です。卒業式は関わってきた全ての人達からの祝辞であるべきですが、送別会は在校生からの贈り物……俺達より目立たないでくださいよ」


 残念ながら人間は現金な生き物だ。

 たとえロマンチストな思考を持ち合わせていない人間だとしても、目の前に豪勢な生花を用意されればその後に俺達が用意する物などチープに見えてしまう。


 経済力が無い我々高校生が用意できるものは精神的に訴えかける物に必然的に寄ってしまう。

 どでかいインパクトはデメリットでしかない。


 現状、俺の回答は社長の及第点を貰えているのか、何度か頷く仕草が垣間見える。


「桜ノ丘学園には娘が通っているだけでなく子会社含めて社員に卒業生が多い。だから、他よりも厚く祝っているのが本音だ……しかし、不要ならば今年は卒業式だけに絞るとするが君が何を求めてどんなメリットがあるかを提示しない限りは支援に繋がることはない」


 ごもっともである。

 だから、懐から赤色のペンを取り出すと返してもらった資料にいくつか丸を付けていく。


 ページは今年度の予算案。

 その中でも重要な個所をいくつか。

 社長だけでなく隣の綺羅坂も覗き込んで三人の視線が一点に集まる。



「贈り物を包む梱包用紙と袋、ダビング用のDVDなどの備品の他に近隣施設から協力をお願いする予定なので少しばかりの謝礼で渡すお菓子などの経費をご負担していただけないでしょうか? もちろん、微々たるものかもしれませんが宣伝はさせていただきます」


 寄贈一つを辞めてその分すべてという相談ではない。

 前例を作り関係性を築くことが出来れば、後輩に置き土産になるやもしれぬ。


 それでも、述べた全てを安く集めても金額は膨れていく。 

 

 学園から用意された15万円という金額は高校生には大金だ。

 それでも、仮に在校生からの祝いの品を500円と仮定して約卒業生が150名で計算すれば75000円。

 これだけで、半分は消えてしまう。


 装飾を抑えたとして、俺達は今年ビデオレターを計画している。

 希望する生徒にはDVDなどのデータで渡す以外の選択肢も与えたい。


「今回作成するビデオレターは学園のホームページのトップに掲載するつもりです。動画は気軽に視聴できて受験を検討している人や今後インターンなど関わる企業様の目にも止まるでしょう。そこに協力企業の名前をしっかりと明記させていただきます」


 ……まだ、掲載の件は学園側に話してないんだけどね。

 最初に話せば、そもそも今回の打診の件も事前に止められていたに違いない。


 だから、社長との約束を付けたうえで学園側には事後報告。

 後出しじゃんけんで押し通すつもりだ。



 中山が作成している動画のクオリティが高ければ、受験生たちも多く確認するホームページで学園の宣伝にもなるだろうから、学園とはなんとか交渉できると思っている。

 無理なら、会長なり雫や綺羅坂なり協力してもらってねじ込む。



 しかし、社長の言うメリットとしての効果が弱いのも事実。

 だから、これは”子供の我儘”なのだ。


 自覚したうえで、事前に我儘だと述べたうえでお願いする。

 

 そもそも、交渉自体が平等ではない。

 宣伝だって学園側にメリットの方が大きく、企業側からしたら微々たるものだ。



「協力をお願いする施設というのは?」


「学園向かいの幼稚園です。在校生からの祝いの品は園児達に先輩達へ手渡してもらおうかなと、これから交渉しに行く段階なのであくまで希望ですが……。特に女子は好きじゃないですか、ちびっ子」


「それは見てみたい、園児達が体育館に雪崩れ込む光景は微笑ましいものだろう」


「陰から覗いていただいて構いませんよ?」


 ただし、協力していただけるのであればという条件を俺は提示したい。

 無論、お願いする立場だからそんなことは言わないが。



 俺が実現が困難なメリットを提示したところで、社長は即座に突っぱねるだろう。

 情けないと、失笑される提示内容だとしてもこれが限界。


 あとは、社長から提案をされたものが実現可能か判断して寄り添うこと。


「では、宣伝はしてもらうとして君に個人的なお願いをするというのはどうだろう?」


 俺が先に続くであろう展開を予想して、どう対処するか思案していると社長が提案を述べる。

 もちろん、自分をベットするのも考えの一つにあった。


 だから、別段驚きはしないが俺一人で対応できる範疇なのかは不安だ。


「俺に出来る範囲であれば構いません……怜さんにも今回の席を用意してもらったお礼にプライベートでこき使われる予定なので」


 肯定とささやかな文句を口にすると、綺羅坂は不服そうにジト目でこちらを見つめる。

 やだ……そんな見つめられても冷や汗しか出ないわよ。


 問題は、どんな内容を求められるか。

 綺羅坂も事前に聞いているわけでもないらしく、興味深そうに父親の言葉を待っていた。



「怜と結婚するのはどうだろう」


「……」


 ……この世界の父親は子供を結婚させることが好きなのだろうか。

 娘の結婚など断固反対なお父さん像の方が、俺には容易に想像できるのだが。


 会話の中でのちょっとした冗談か?

 いや……この話の流れと、社長の瞳を見て冗談だと思える人は少ない。

 口元や目尻などは笑顔を浮かべているのに、瞳は完全に真剣そのもの。


 反応を見て楽しむのではなく、まるで試すような。


 

 ならば、なおのこと俺から誤魔化しも嘘も言うまい。


「いいですよ」


「……湊? さすがの私も勝手に話を急展開させられるのは不服なのだけれど」 


「まあまあ……」


 先ほど以上のジト目で不機嫌を露わにして綺羅坂が口を挟む。

 なだめるように彼女を両手で制すと、再び社長と向き合う。


 目上の人を相手に自分の口から出た声音は、自分でも驚くほどに感情が冷え切ったものだった。


「それが、本当に綺羅坂のためであり彼女の本心であるのなら俺は構いません」


 少なくとも、俺の知る綺羅坂怜は親の敷いたレールで将来を決めるなど絶対に望まない。


 そして、社長が「そうだ」と肯定しても、本物はそこには無いのだろう。

 互いの記憶の積み重ねも、時間を過ごすことで得る苦悩も幸福も飛ばして確定させる将来はかりそめの代物で本物ではないのだ。


 どこかでボロが出て子供を不幸にする。

 自分の意志を持たせない決定は、親の自己満足でしかない。


 短い人生だが、それだけは自信を持って断言できる。

 もし、俺の反応が不感を買って断られたら皆にはスライディング土下座で許してもらおう。



 交錯する視線を逸らすことなく、むしろ突然話の話題にされてしまった綺羅坂が不安そうに二つの顔を視線が行き来する。

 時間は僅か数秒だったかもしれない。

 でも、数十秒にも数分にも感じる視線の交錯の後に、社長は一転して穏やかな笑みを浮かべた。


「いいだろう、君が望むように進めなさい。過程で必要となるものは怜から私へ請求書を送るように」


 矢継ぎ早に社長は話を進めると立ち上がる。

 そもそも、多忙を極めた人が時間を作ってくれていたのを忘れていた。


 慌てて立ち上がりお礼を伝えようとすると、社長は不要とばかりに手を上げる。


「貸し一つだ、すぐに返してもらうつもりだがね」


 最後に、社長は口元を歪ませて悪巧みを思い付いた少年のような表情を浮かべると、早々に応接室から退室してしまった。

 いなくなった無人の扉に、意味がないと分かっていても頭を下げて見えぬ感謝を胸に抱く。


 ……今度、何を要求されるのだろう。


 頭を上げると途端に強張っていた体から力が抜けて椅子に座り込む。

 溜息と同時に魂も少し抜け出たかもしれない。


 そんな俺にしな垂れるように綺羅坂は腕を絡ませ、眼前まで顔を近づける。

 あと五センチ、顔を前に動かせば互いの唇が触れる至近距離。


 彼女は白く細い指先を俺の頬に当てて、吐息と共に呟いた。


「本当に結婚しても良かったのに」


「……」


 彼女の言葉を聞いた瞬間、気恥ずかしさがこみ上げる。

 俺はなんて臭いセリフを口にしてのだろうか……。


 どこにぶつければいいのか分からない恥ずかしさを誤魔化すように、左手で彼女の髪先に少しだけ触れた。


「髪……また少し伸びたな」


「でも、その方が好きでしょう?」


 そんな言葉を告げる俺に、彼女はご機嫌に言う。

 どうやら、綺羅坂怜にとっての合格点を俺は叩き出せたらしい。


 

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PN「灰原悠」で電子書籍で商業化デビューしました。

次話は間話予定

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