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平凡な俺と非凡な彼ら   作者: 灰原 悠
第三十八話 送る者と送られる者

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#321

文章量が多くなりすぎたので分割します。

連日投稿予定です。



 

 お金とは実に面倒な代物だ。

 お金が無ければ食べ物にありつくことも出来ず、住む場所も、学校すら通うことができない。

 

 趣味も初期投資の大小があれども、お金がないと取り組むことすら出来ない。

 散歩やランニング、体一つで投資が必要ない趣味がある……なんて、言い返す人もいるだろう。


 運動するウェアはどうした、靴はどうした。

 結局、人間が生活していくうえで何が一番大事なのかと問われれば、金なのだ。



 だが、不思議なことに多く持っていても他人から疎まれる傾向がある。

 お金も、才能も、容姿も最終的な人間の感想として、終着点は似ているのだ。


 出る杭は打たれると言うが、この場合は羨望から生まれる嫉妬からなる感情だろう。

 人間、何事も平均的なのが一番平穏に過ごせるというのは人生の面白みを減少させている容易なのではないかと、今更ながらに思い付く。


 しかし、そんなことなど現状はどうでもいい。

 目の前の相手は、金という単語に対して常人よりも敏感だ。


 経営者として、ある種のやる気スイッチを押したのかもしれない。


「お金というのは寄付か、あるいは融資か……」


「……どちらに該当するかは話を聞いて判断していただければと思います」


 社長の眉間には僅かに皺が寄る。

 だが、声音からは無下にあしらうことも、邪険にする様子もない。


 興味が強く、しかし内容だけに真剣みが増したと言ったところだろうか。




 寄付……なんていい響きだろうか。

 海外と比べて日本人は寄付した後の使い道や成果について深く考えず緩い価値観が多い。


 大切なのは気持ちであって、結果は二の次。

 日本人の美徳であり、悪癖でもある。


 全ては結果だ。

 成功か、失敗か。


 今回、俺に求められているのは成功だ。

 送迎会を開いてくれたから、内容はどうでも良い……そんな結果を求められてはいないし、自分自身そんな結果を人前に出したくない。



 そうです、最大の問題点はお金でございます。

 社長のところへ訪れると聞いたら、何人かは想像したかもしれない。

 何事もお金が大事ですよね。


 でも、高校生の財布を開いたところでたかが知れている。

 妹よりも毎月の小遣いが少ないお兄ちゃんの懐事情など知りたくもないだろうが、まあまあ寒々しいぞ。


 もちろん、実行委員会の生徒に頼んで集めるわけにもいかない。


 なぜなら、これは学校行事だから。

 学校の行事で三年生を送る送別会なのに、学校の予算だけではなくて学生からも集めたとなれば問題だ。


 それが、例えば個人の繋がりで特定の相手にプレゼントを用意するためとなれば話は別だが。


 なら、どうするか?

 学園側へ予算を増額できないか打診することだ。


 結果、却下された。

 理由は単純、例年はこの予算で足りていたから。


 学校は無償の奉仕をする場所ではない。

 義務教育を終えた、自らの意志で学びに来た生徒達を育てる場所だ。


 当然、教育のためには費用は惜しまないだろうが、この手の学校行事に対してはシビアだ。

 毎年、定額の予算で工夫する。


 その結果、毎年同じような内容になる。


 似たり寄ったりなものになるのは、工夫が足りないからではなくそもそもの予算が足りないのではないか?

 これを負のループなのではないかと進言してみたが、一瞥と溜息で話は終了。


 まあ、生徒からアンケートを取って生徒会を通じて打診してみれば、可能性は広がるかもしれないが時間が無い。

 これは、来年以降の課題として残しておくとしよう。


 白石や火野君たちなら大丈夫だ。



 二つ目に検討したのは、購入する備品含めた品をより安い店を探すことで懐に余裕を作る案。

 これも、時間がかかり過ぎる上に、人数を相応の数を割いて周辺地域に赴かないとならないので無し。


 節約は当然として行うが、これを軸に時間と労力を注ぎ込むことは出来ない。


 

 ならば、どうすればいいのか。

 同様の立場でかつての先輩達は思慮したことだろう。


 結論は、これまでの内容が物語っている。

 例年どうりの内容で可もなく不可もなく済ませる。

 だって、どうしようもないのだから。



 本当に大切な人には、個別に用意だってしているはずなのだ。


 大半は学年も違うし卒業すれば二度と会うことは無い他人だ。

 学校行事に身を切るバカはいない。



 だから、今年のメンバーはバカが集まった集団だ。

 筆頭が最大のバカのだ、致し方ない。


 俺の行動原理は単純、高校生活が変化する大きなきっかけの一つを作ってくれた柊茜がいるから。

 そして、全校生徒の前で見栄を張り、格好つけたい愚者だから。


 何が変わるわけでもないだろうに。

 きっと、送別会が大成功に超えられたとしても真良湊という生徒の評価は上がることは無い。

 彼らの隣に立つことに対して周囲が納得することはない。


 それに、自分一人でとはもう思ってない。

 この成功を、誰が見てくれて、誰が喜んでくれるのか。

 きっと、俺が本当に求めたいのはこれなんだと思う。



 綺羅坂財閥の経営者に対して、金銭を口にした時点で後には引けない。

 他の生徒なら絶対に言わない、言えない。


 子供にもプライドはあるのだ。

 それも、大人よりも大層面倒なプライドだ。


 思春期高校生を舐めるなよ。

 ありがとう、ごめんなさいが面と向かって言えないから揉め事が多発する年代だぞ。




 話を進めるにあたって必要になるのは先日、雫と綺羅坂が精査してくれた例年の予算などについての書類だ。


 受け取った時は手書きだったが、今日は社長に見せることもあり正式に作り直したものになる。

 それをカバンから取り出すと、机の上に置いて社長に差し出す。


「これは、娘さんと俺の幼馴染が作ってくれた送別会の予算についての資料です」


「拝見しよう」


 社長は短く告げると、一枚、また一枚とページをめくる。

 速読のようなスピードで進むが、本当に内容が頭に入っているのだろうか……。


 俺なら、優に十分は時間が欲しいね。



 何年分の資料を用意してくればよいか迷ったが、今回渡したのは三年分。

 高校は三年間で一周期だ、ちょうどいいだろう。


 

 資料に記載されているのは毎年の予算、その使い道となった物の名称、購入店から金額と数量。

 毎年、予算ギリギリで繰り越しは無い。


「毎年の予算は15万円です。これは式の装飾や卒業生へ在校生からの贈り物も含まれています」


 桜ノ丘学園は自由という名の放任主義。

 学校行事で唯一利益を生み出せる文化祭の成功を条件に、生徒先導で行事進行が任されている。

 逆に、文化祭などが振るわなかった年は、ことある場面で教員が口を挟む場合が多かったと小泉は以前この実行委員会の説明をしてくれた際に話していた。


 だから、一概に学園の全額負担というわけではなく、間接的だが全生徒が助力しているわけだ。


 それを踏まえたうえで、今年も例年同様の金額だが教員からの口出しは限りなくゼロだ。

 報告の義務はあるが、こうして自由に動き回れている。

 

 改めて、今回社長に渡した三年よりも古くまで遡って予算を洗い出ししてみた。

 結果として、俺達が行おうとしている内容は圧倒的に予算が足りない……だ。

 

 会場の体育館に敷くレッドカーペットや壁に掛ける紅白幕は学校の備品がある。

 卒業式に学校側とPTAからも同様に贈り物があるらしく、在校生からの品はせいぜい1000円以下の物が限度額になってしまう。


 まあ、この手の品はあくまで気持ちだ。

 金額の問題ではないから、値段が低くても問題は無い。


 ……最先端ゲームなど期待されても困る。


「細かい数量までよく調べてある。この資料から大体のイメージは掴めたが、今年は異なる式にしたいということかな?」


「……学生の催しですから大掛かりなものは出来ませんが、多少は印象に残るものにしたいなと」

 

 

 動機の一つはこだわりを捨てたが、それでも会長含めた卒業生に思い出に残るひと時にしてもらいたいのは変わりない。


 俺達は去年、一年生の列で送別会に参加している。

 卒業生は二度、俺達のように先輩を送り出している。

 だから、勝手も内容も分かりきっているからこそ、同じようには終わりなくない。


 巨大な式場も、豪華な贈り物も用意は出来ないが、工夫は出来る。


「例年、PTAや生徒からの贈り物以外にも市長やインターンなどで協力していただいている企業様から寄贈として花が送られてきます」



 送別会、卒業式の式場の様子は二日間で大差はない。

 在校生が参列しているか、保護者が参列しているかの差だ。


 体育館の中央にはレッドカーペットがステージまで続き、出入り口には沢山の生花が置かれている。

 そして、毎年レッドカーペットの脇には無数の胡蝶蘭で作られたアーチが設置されている。


 祝いの花だ、不思議ではない。

 不思議ではないのだが、調べていて違和感があった。


 アーチは毎年生花で作られていた。

 当然、学園の備品庫にあるはずがない。


 しかし、寄贈のリストにはアーチなど記載はない。

 花贈呈とだけ。


 なら、どこが寄贈しているのか。

 確証はないが、綺羅坂の会社が贈っていると仮定している。


 仮定の理由は単純で、毎年贈られてきている業者が同じであり、偶然なのか綺羅坂の自宅から程近い場所の古くから経営されている生花店だったからだ。


 学校側も、どこからの寄贈なのか記録は残している。

 その際の受け取り日時と配送業者や販売店に至るまで。


 しかし、アーチだけ何も企業名が入っていないのは周囲への配慮なのだろうか。

 でも、内密に話を通せる関係値が学園側とあるとなると密接に連携している場所は必然と絞られる。


 毎年、他の企業よりも大層立派なスタンドに立札を付けて送られてくる大きく盛大な花。

 加えて生花のアーチをご丁寧に寄贈ともなれば学生のアルバイト代なんて優に超えるだろう。


 それだけの量の花がいくらの金額がするのかは関係者でもない俺は知らない。

 だが、今はインターネットで通販が盛んな時代だ。


 正確な金額は知れなくても、おおよその金額までは調べられる。

 今回も無作法だと思ったが、相場をいくつか調べて大体は価格を把握しているつもりだ。


 しかも、綺羅坂のところの会社は複数も事業を展開しており他企業よりも関りが深いからなのか、送別式と卒業式の二つにそれぞれ違う花の用意をしていた。

 写真や動画を観返して、他より大きいからこそ目立って気が付きやすかった。


 念のため渡した資料の最後のページには贈り物をしてくれた企業の名前と、加えて綺羅坂財閥の名が提げられた式ごとに異なる花の写真も添えておいた。

 社長もそれを見て、少しづつ俺が何を言いたいのかを理解し始める。



 次が本題だ。

 17歳、子供の我儘、大丈夫……と自分に言い聞かせていても怖いものは怖い。

 相手はテレビに何度も出てくる大企業の長だ。


 ……不興を買って裏の山に埋められたりしないだろうか。

 そんな不安を振り払うように、飾らず臆せず言葉にする。


「そこでご相談なのですが、寄贈は卒業式だけに絞っていただけないでしょうか?」


「……理由を聞いても?」


「個人的な意見ですが、お金の無駄遣いだと思います」


 そう告げると、社長に渡した資料を一度戻してもらうために手を前に差し出した。




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PN「灰原悠」で電子書籍で商業化デビューしました。

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