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平凡な俺と非凡な彼ら   作者: 灰原 悠
第三十八話 送る者と送られる者

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#320



 これから行うのは、大人の模倣をした子供の戯言。

 社会人になり、責任を持って仕事を行うようになれば絶対に出来ない無理を我儘と若さで押し通す策だ。


 代償はもちろん、金銭ではなく真良湊という人間を一人の少女が自由気ままに決める。

 召使いがよければ彼女の別宅はもちろん、本邸で働くことを辞さない。


 決めるのは綺羅坂怜に一任している。

 代わりに、彼女の父であり綺羅坂財閥のボスである綺羅坂悠一に面会を取り付けた。


 正直、彼女にこのお願いを申し出た時は断られるのが八割、保留が一割、承諾が一割といったものだろうと考えていた。

 しかし、答えは意外にも二つ返事でOKですぐに来なさいとのことだ。



 学園内でもやりたい事が多々あるが、今の段階では俺が本格的に活躍できる場面など限られている。

 好都合にも相手方が時間があるのであれば早々に面会に行った方が良いだろう。


 綺羅坂も同行してくれるらしく、二人で商店街の和菓子屋に赴き、馴染みのおばあちゃんに「彼女が出来たのかい?」と優しい声音で聞かれて、外向け微笑みで否定しておいた。

 

 おばあちゃんたちの交友関係って意外と広いからね。

 世間話程度で商店街の知り合いに広まってしまったら俺だけでなく女性陣にも迷惑をかけてしまう。

 

 だから、俺が否定した時に凄い怖い顔で俺を睨み、横っ腹を捻り上げた綺羅坂はきっと恥ずかしかったのだろう。

 怖くない、怖くないったら怖くない。


 今回、雫が参加していないのは相談の内容がまぁ、アレだからだ。

 本当は綺羅坂にも別室とかで待っていてもらいたいけど、頼んだ手前無理だろうから致し方ない。


「父も仕事の合間に時間を設けたから一時間が限界よ、それ以上はダメ」


 腕に巻いた小さな可愛らしい腕時計で時刻を確認しながら、綺羅坂は一言注意した。

 時刻は既に放課後に入り、到着は午後四時前といったところだろうか。


 俺がイメージする社会人の就業時間が五時から六時までの間だとすれば、ギリギリの訪問だ。


「五分でも十分でもありがたいのに、そんな長い時間を作ってくれて感謝しかないよ……こんな手土産で大丈夫かな?」


「高価なものはあまり好まない人だからきっと喜ぶわ」


 右手に握る紙袋を掲げて何度か不安になる。

 そんな俺に、綺羅坂は隣を歩きながら一瞬こちらに瞳を向けて微笑む。


 ……なら、大丈夫だろうか。



 手土産持参で訪問とか、どこの気が利くメンズかよって話だ。

 慣れない行動には不安は付き物。


 いい経験だと前向きに考えるとしよう。



 呼び出しをされたのは、彼女の父が都内ではなくこの町で滞在している間に使用しているオフィスがあるビルだった。

 普段利用している最寄り駅からほど近い。

 確かに、外見的には分不相応な綺麗なビルがあるとは昔から気になっていたが、彼女の父が仕事で少し使いたいときに使う用の専用ビルらしい。


 目立つと何かと面倒だからこじんまりと、何棟か所有しているらしく今回は学園に一番近い場所を指定された。


 ……こじんまりという言葉が適切か、それは見た人の感想で賛否が分かれそうだ。

 確かに縦に大きくはない。


 十階もないだろうから、いくつもの会社が借り受けていると聞けば納得だ。

 しかし、一つの会社の専用であり小さい場所を選んだとなれば……デカいな。


 

 

 自動ドアの前で見上げた姿勢で立ち尽くしながらそんなことを考えていると、綺羅坂が自宅に入るような躊躇いもなくビルへと踏み入る。

 まあ、彼女の父親が所有するビルなら、ある意味で我が家のような感覚なのかもしれない。


 彼女の背を追って建物へ入ると、受付とおぼしき場所に二人の女性が立っていた。

 手元の書類から視線をこちらへ向けると、綺羅坂を見据えるや流れる動作で一礼をする。


「お嬢様、ご足労いただきありがとうございます」


「社長は七階の応接室でお待ちです」


 左側の女性が労いの言葉を発し、右側の女性が社長の所在を告げる。

 一瞬、綺羅坂の表情を確認してみるが普段通りで「ありがとう」と短く伝えると前を通り過ぎてエレベーターがある通路へと歩み進める。


 ……普通に受付で説明とか要件とか伝えるものだと構えてしまっていたが、よくよく考えれば不要なのか。

 いや、俺的には受付の手順を踏んでくれている方がありがたかったのだが。


 受付の女性陣の視線が凄く痛い。

 何故だろう、凄く興味深そうに、尚且つ温かい瞳を向けられる状況にどう反応すればいいのだろうか。


 とりあえず小さく一礼してから綺羅坂の後を追う。

 

 静かにエレベーターは七階へと俺達を運び、降りた先にあるのは応接室と書かれた札が貼られた大きな扉だ。

 七階は応接室とトイレ以外は何もないらしい。


 正確には応接室で全てを埋めたという方が正しいのかもしれない。

 他社の大人数が訪問しても一部屋で椅子から机から対応できるようにしてあるのだろう。


 それくらいに、この階はよく見るビルの一層とは雰囲気が異なる。


 雰囲気に促されるように綺羅坂の隣で立ち止まり、彼女の様子を伺う。

 綺羅坂は小さく微笑み手で俺が進むように合図した。


 ここからは、お前の仕事だと態度で示されているようだ。

 一つ大きく息を吐き出すと、軽く髪を手櫛で正す。


 綺羅坂がひょいっと俺を覗き込み、少しだけブレザーのネクタイを正すと頷いたのを合図に扉を数回叩く。


『入りなさい』


 扉越しに籠った声で返事が返ってくる。

 何度か聞いたことのある社長の声だ。


 今一度、気分を落ち着かせるように息を吐き扉のノブを握る。

 ……大丈夫、手は震えていないし思考も想像していたよりクリアだ。


「失礼します」


 確かな声量で発してから、俺はノブを回して扉を押し開く。

 一瞬、室内の照明と窓から差し込む光で薄く瞼を閉じるがすぐに室内を最低限の視線の移動で確認した。


 豪華絢爛ではなく、純粋にシンプル。

 ソファーも机も、絨毯もとてもシンプルな形状や色をしているが、絶対に安物ではない。


 家具など自宅にあるもの以外を対して見てこなかった俺でも一目で分かるくらいには高価なのだろう。

 しかし、派手な置物や壁画もなく、顔を向き合わせて言葉を交わすことだけの部屋……そんなイメージだ。



 そんな部屋で既に腰かけて待っていたのは綺羅坂の父、綺羅坂悠一であり綺羅坂財閥のトップだ。

 相変わらずスーツをキッチリと着こなし、清潔感のある髪型で足を組みこちらを見つめる視線は何かを試されているような感覚を抱かせる。


 

 娘から今日の話を告げられた段階で、試すつもりだったのかもしれない。

 今日はこの少年は何を語り、何を願いのだろうか。


 たぶん、一種の娯楽の類なのか。

 俺に向けられる視線からは、出会った当初の綺羅坂に似たものを感じる。


 

「今日はお時間を頂きありがとうございます。つまらないものですが……」


「これはご丁寧に、後で美味しくいただくとするよ」


 まずは時間を作ってくれたことに感謝を。

 俺が差し出した紙袋を社長はアイコンタクトで娘に意図を伝えると、彼女は小さく頷いて代わりに俺から袋を受け取る。

 

 部屋の奥に置かれた給仕スペースに足を運んだということは、後でと言いつつこの時間の間で食べるのだろう。

 意外と綺羅坂の言っていたお菓子で高価なものは好まないというのは本当なのか。


 綺麗な動作でお茶を用意する綺羅坂を視界の端で捉えながら、目の前の人物に意識を向ける。

 社長が俺に向けて座るように手で促すので、一言述べてから腰を下ろす。




 初めて言葉を交わしたのは、もう十か月近く前になる。

 職業体験で系列のホテルに赴いた時だ。


 その後も文化祭でも少し、ただ二人で対面して言葉を交わすのは初めてだ。

 一代で世界に名を知られる大企業へと発展させた稀代の経営者。


 本来なら一学生が同じ席に腰かけていること自体が異常な相手なのは間違いない。

 綺羅坂からどんな話を聞いて承諾してくれたのか。


 聞いてみたいことは多々あるが、今回の話には不要な用件だ。


「真良君が私と話をする時間を作ってほしいと怜から頼まれたが、今日はどんな話を持ってきてくれたのかね?」


 深く腰掛け、足を組み、手を合わせて自分の言葉に反応する俺を見て少しだけ口角を上げる。

 そんな仕草は男性版綺羅坂怜と言わざるを得ない。


 話は考えてきた。

 どう切り出すか、それはこの場での相手の反応を見てから判断しようと事前に決めていた。


 だから、内容はあれど切り出し方は考えてきていない。


 本題を頭から告げて熱量で押すか、賢い学生で言葉を並べるか、感情論で持っていくか。

 ……どれも悪手か。


 三種の方法は、数多のビジネスで百戦錬磨の相手には飽きられた方法に違いない。


 この場を設けるにあたって、無論だが要件は綺羅坂に伝えてある。

 社長が要件から話を切り出さないのを見るに、伝えられていないのか、知っていて俺の口から切り出すのを待っているのか。


 俺が頼んだ立場なのだから、俺から話をするのは当然か……。


 

 社長の後方で少し離れた場所から眺める綺羅坂が視界に映るが、その表情には不安の色は無い。

 雫がこの場にいたとして、優斗が同行してくれていたとして、きっと彼らも同じように不安な表情一つ浮かべずに俺を見守ってくれていたことだろう。



 それが友情からか、信頼か、愛情かは関係ない。

 俺なら大丈夫だと思ってくれているという事実だけで心の奥に燻っていた不安の欠片は取り除かれる。


「俺は怜さんと数人の友人達で来週末に控えた卒業生の送別会実行委員で式の準備をしてます。卒業生に怜さんとも親交が深い会長……茜先輩もいます」


「茜は一人っ子の怜にとっては本当の姉のように慕ってくれていた。卒業は嬉しくもあり少し寂しいものだね、大人の手を離れて行ってしまうのは親心としてはね」

 

「俺は怜さんや社長とは違い会長との関係は短いですが、それでもお世話になったことに変わりはありません。……最大限の祝いで送り出してあげたい」


 紡ぐ言葉は喉で詰まることは無い。

 本音から出た言葉で、現状の立場と心境を語る。


 二人揃って浮かべるのは、少しだけ寂しさを含んだ小さな笑み。

 立場は異なれど、やはり寂しさは感じてしまうものだ。


 俺と社長の間で共通するしていることは、会長を祝って送り出したいという気持ちだろう。

 でも、その一点が共通できていれば問題ない。


「恥ずかしい話ですが、指示を出す生徒の出来が悪くて問題は山積みです」


 自分の肩を竦めて苦笑を浮かべる。

 社長も会話と仕草を見ても茶々を入れることはなく、「ふむ」と小さく呟いて口を開く。


「現状の問題点は?」


「時間は土日を含めてもあと一週間しかありません。人手も少なく当日に流す予定のビデオレターもギリギリの進行状況です」


 他にも問題は残っているが、最初に全てを説明する必要はない。

 現状では、問題が多く残っているという認識さえ持ってもらえればいい。


 綺羅坂は俺を好ましく思ってくれているし、その父親に不甲斐なさを事細かに説明していくことに申し訳なさもある。

 これからお願いすることは社長の俺に対する評価を下落させるには十分だろう。



 ……嫌だなぁ、自分でも嫌なことをすると分かっていても止まらないのは。

 スイッチは押してしまった、各駅停車ではなくゴールか失敗かの二択への急行だ。


「今回はその中でも一番の問題点についてご相談したくて怜さんにアポをお願いしました」


「聞かせてもらえるかな?」


 社長は態度を変えることなく、俺に続けて話すように促す。

 ここからは何度もシミュレーションした。

 足りない頭を捻らせて反応を予想して、回答も事前に考えてきてある。


 ただ、自分が反対の立場なら本当にクソガキだと感じるだろうと何度も思ったのは秘密だ。


 傍から見れば作り笑みなのはバレバレの表情で、声のトーンを落とすことなく、姿勢を正して本題を短く告げる。


「お金です」


「……」


「お金です」


「別に聞き逃しているわけではない」


 あ、そうなのね。

 てっきり社長が想像していた言葉ではないから聞き逃してしまったのかと思ってしまったではないか。


 だが、本題に入る前にもう一言だけ先に行っておきたいことがある。

 ただの建前、この一言で正直俺は全てを済ませるつもりだ。


「……少しだけ、”世間知らずな子供の我儘”の話をお聞きください」


 そう告げると、もう一度だけ最大限の笑みを浮かべる。

 そう、これは子供の我儘だ。

 

 世間を知らない無邪気な子供が、娘の学友という小さな繋がりだけで大層なお願いをしに来ただけに過ぎない。

 俺の言葉を聞いて、部屋の端で肩を震わせて笑いを堪えている少女がいるが、きっと彼女の琴線に触れたのだろう。


 ユーモアあふれる友人でいれて非常に嬉しい。

 そして、きっとこの時俺が浮かべている笑みは、とても歪んだ笑みを浮かべていたのだろうと後から思ったのだ。



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PN「灰原悠」で電子書籍で商業化デビューしました。

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