#319
話し声一つしない静かな教室。
カタカタとキーボードを叩く音が二つと僅かな息遣いだけが室内では響いていた。
音の発信源には俺と中山の二人だけ。
他の面々は教室にはおらず、教室外での活動に勤しんでいることだろう。
先日、雫と綺羅坂と言葉を交わし、優斗の理解を得た。
俺が何を考えていて、それに対して彼女達がどのような考えを抱いていたのかを知ることができた。
自分の考えがいかに自己満足でしかないと思い知らされ、協力という形で止まりかけた歩みを再開することができたのだが、そんな彼女達がいま何をしているのかというと―――
「あぁぁぁ! なんでアンタがいて荻原君が一緒じゃないのよ!」
手を動かしながら、自然と過去導入を済ませる高等技術を勝手に内心でしていると、教室に残った中山が大きな声を上げて言った。
頭を両手で抑え、恨めしそうに俺を見る。
「何度も説明しただろ……残り時間を考えて適材適所だ、人材を無駄にするわけにはいかない」
「それは何度も聞いたけど……」
それでも、納得がいかない……いや、悔しそうに中山が唸る。
この場に他の生徒がいないのは、単純に他の作業を分担して行っているからだ。
白石と火野君は元々行っていた生徒からのデータ回収に、そこの役割に優斗を追加した。
雫と綺羅坂は教職員を担当している。
そして、中山は唯一の仕事である動画編集を行ってもらうが、集めたデータファイルの細分化には時間がつきものだ。
一人で処理するには無理があるので、そこに俺が手伝いで参加しているというのが現在の状況を端的にまとめた感じだ。
理由は至極単純。
白石と火野君のデータ回収について。
これは、今まで白石の顔の広さに頼り切っていたところだが、それをもっとやりやすい方向へ。
正確には、白石には男子生徒への対応を、優斗には女子生徒の対応を、火野君には二人のサポートを。
あざとい白石は男子受けがいい、優斗は女子全般に好かれている。
なら、性別ごとに担当を分けるのが効率的だろう。
雫と綺羅坂に関しても似たようなものだ。
教職員の……主に部活動の顧問の先生方もスマホは所持している。
当然、生徒と親睦を深める先生は多く、データの中には卒業生の懐かしい姿もあるだろう。
だから、そこの回収に二人を送り出した。
生徒だけでなく教職員からも評判が良い雫と、存在だけで強く後押しを出来てしまう綺羅坂。
学年一の才女でしかも親父さんが多額の支援を行う社長さん。
使えるものは何でも使う現状で、彼女の存在は非常に強力だ。
……納得して役割についてもらうまでに、俺が少々犠牲を払ったのは言わないでおこう。
そんなこんなで、今は実行委員の教室には俺と中山の二人しかいない。
優斗と楽しい放課後ライフを過ごしたかったであろう中山には申し訳ないと全く思っていないが、我慢してもらう。
今回の実行委員7名の役割はだいたい表と裏の半々だ。
雫と綺羅坂と白石と優斗、これは表の顔役。
生徒や先生との折衝を担当してもらうことが多い。
人望に関してやたらと秀でているので当然かもしれない。
裏方として、俺と中山、そして火野君だ。
中山は言わずもがな編集業務を一手に引き受けてもらう他、その他で他校の行事に関するリサーチなどを担当してもらっている。
SNSが普及している昨今、探せば色々写真付きで出てくるのは非常にありがたい。
力仕事を担当で火野君。
力isパワー、以上。
あとは、生徒達が面倒なことを言い始めたら彼を攻撃表示で前線へと押し出すことで、面倒事を回避する可能性もある。
強面最強、火野君……自信を持っていいぞ。
最後に俺の役割はスケジュール管理と交渉。
行事内容を担当教員へ交渉したり、生徒会長の小泉への許可を貰ったりと地味な仕事だ。
これが、全員が揃って最初に話し合った今回の役割分担である。
思う部分は各々あるが、納得して話は終わったはずだが……
「荻原君と一緒にいられると思ったのに……それが真良って。ハァ、真良って」
「二回も言うな、傷つくかもしれないだろ」
「かもしれないって、傷つく可能性の方が低いじゃん」
作業を始めて二時間近く。
何回かこんな会話をはさみながら、それでも手を止めることなく中山は編集作業を進めていた。
でも、時折こうやって俺に対して不平不満を呟く。
確かに、広い教室に仲良くない男子と二人っきりとはキツイわな。
でも、意外や意外、彼女は結構俺の言葉を拾ってツッコミを入れてくれる。
案外、ギャルじゃなくてツッコミ役としての才能もあるのではないだろうかと、内心考え始めていた今日この頃。
「それに、アンタも彼女達と一緒じゃなくてよかったの?」
「……いいんだよ」
中山の言う彼女達は、雫と綺羅坂なのはすぐに分かった。
俺も、雫も、綺羅坂も、皆が求めていたのは少し前まで過ごしていた普通の日常。
朝、他愛もない言葉を交わして、昼食を一緒に過ごして放課後はたまに寄り道する。
もしかしたら、休日に突撃真良くんちの朝ご飯で起きたらリビングにいて……そんな日常だ。
騒々しいと思っていた日々が、当たり前になって、いつしか求めるようになる。
だからこそ、二人が協力してくれたことで一緒の時間を多く共有することが一番なのではないか……
答えは否だ。
やるべきことがある。
今、俺が目の前の仕事を優先しないで彼女達と過ごそうものなら、きっと二人は俺に怒るだろう。
何もしないで一緒にいたいのではない。
一緒にいて何かをしたいのだ。
俺自身も言葉が上手くまとまっていないから、漠然的なことしか言えないが、きっとそうなのだろう。
だから、今はこの送別会を自分たちが考えられる形で完成させることが最優先だ。
そして、この考えは自分の胸の内にだけ秘めておけばいい。
言葉にして中山に伝えたら、絶対に寒いだのキモイだの臭いだの言われるまである。
「まあ、私は荻原君と一緒にいる時間が多くなれば別にいいけどー、元々そっち目当てなところあったし。ていうか、真良って荻原君と―――」
「あ、パソコン壊れた、大文字のローマ字しか打てないぞ」
「余計な指でCAPSボタンを押したからでしょ! 本当に機械とか全然なんだアンタ……ほんとに現代っ子?」
俺が言うと、中山は身を乗り出して俺が学校から借り出したパソコンを一瞬操作して元の状態へと戻す。
現代っ子とは聞き捨てならない。
SNSは当然使ってないし、連絡手段も当然SMSアプリはほとんど使用しないで未だにメールとか全然使うし。
スマホなのにゲームとかしないし、使用頻度は時間確認と電話使用時くらい。
俺ほど健全な現代っ子が他にいるのだろうか。
いや、いないね。
むしろ、学園一スマホを使いこなしていないと自負しているまである。
パソコンなんてなおさらだ。
指二本で操作するな、ややこしいだろ。
俺は将来生まれてくるであろう音声認識パソコンを待望している派閥なので、大丈夫だ。
……そんな派閥があるのか知らないけど。
「でも、三人が加わったことで作業効率は格段に上がるはずだ、データ回収も早々に終わるだろうから、次のステップに進む準備をしないとな」
「あー……当日の立ち位置とか装飾、来賓の方とかの確認だっけ?」
中山が去年前での資料に目を落としながら確認するが、俺は首を横に振る。
それは、更に次の段階での話だ。
俺がこれから進めたいのはもっと式の内容に関係する話。
「行っておきたい場所があるんだ」
「へぇ……どこ?」
二人で視線を目の前のパソコンに向けながら会話を進める。
中山も興味はあるが、そこまで深く関心を向けているわけではなさそうだ。
だから、俺も別にもったいぶることなく次の目的地を告げた。
「学園の向かいにある保育園、あと綺羅坂財閥の社長さんとこ」
「へぇ、保育園と……社長さん?」
「そ、社長さん」
木霊するように復唱した中山は後半部分で固まる。
ギギギギッと錆びたロボットのように首がゆっくりと横に回され、視線が合ったときに彼女は心底見開いた瞳をしていた。
日本有数の大企業、綺羅坂財閥。
その社長、綺羅坂悠一は非凡と多忙を極める人物だ。
一学生が会えるような人間ではない。
でも、会えてしまう。
なぜなら、俺が多大なる犠牲としてプライベートの休日を五日も献上して綺羅坂に頼んだのだから。
使えるものは何でも使う。
本来の考え方に原点回帰した今の俺は、マジで他人に頼る。舐めるなよ。
そのために必要な掛け金が自分自身ならこれほど安いものは無いだろう。
気になるのは持参する手土産が商店街の大福で大丈夫か否か。
好みもあるし綺羅坂に後で尋ねるが、中山にも一応聞いておこうと視線を戻すが、依然として彼女は瞳を見開いたまま固まっていたのだった。




