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平凡な俺と非凡な彼ら   作者: 灰原 悠
第三十八話 送る者と送られる者

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#317



 ~雫Side~


 彼が思い詰めていたことはなんとなくわかっていた。

 周囲の何気ない会話に含まれる言葉の刃が自分たちに向けられていることも。


 彼を知らないから簡単に言葉を吐くことができる。

 言葉の根底にあるのは周囲の人が零す矛盾や間違いに対しての指摘であるのに。


 でも、それを相手に指摘したところで変わらない。

 いえ、変わらないというのは語弊があるのかもしれない。


 誤解を招くというのが正しいのかもしれない。

 周りは私達が彼を慕って言っているのとは思わない。


 哀れな孤独な学生を幼馴染や隣の席の女子生徒が助けていると捉える。

 間違いで、否定して、訂正して、なお正されることのない暗黙の決まり。


 

 頼んでない、むしろ迷惑だ。

 本当に守りたい、過ごしたい場所でいることを間違いだと断言される。



 だから、彼は……湊君は決断をしたのだろう。

 私や綺羅坂さんの手を借りることなく、友人である荻原君すらも手伝うことを拒んだ環境を。


 声を掛けて、手伝いたくて、でも断られた時には察していた。

 私達のためなのだと。


 だから、これは申し訳ないことではあるのだが心の隅では嬉しかった。

 自分を大切にしてくれていることを知れたから。


 傍目には異なる捉え方をされていたかもしれないが、長い付き合いだから分かる。

 たぶん、綺羅坂さんも同じ気持ちだったのだろう。


 ……私よりかは断られた時に不服そうにしていたのは気にしない。



 手伝いたいものは手伝いたいのだ。

 乙女の気持ち的には致し方ない事。


 全てが終わるまで、可能な限り近くで見守ることが湊君風に言えば最善の選択なのだろう。

 一人、また一人と女性が彼の近くに集まり、心の内に溜まるこれは嫉妬ではないと言い聞かせ、綺羅坂さんと抜け駆けしないと約束を交わし……


 ……まあ、彼女が私との約束を守るか疑問はありますが。


 今まで私も湊君も含めてあまり関わってこなかった中山さんに「案外お利口さんなんだね、二人って」と言われて、どこか吹っ切れた気がした。

 今回くらいは自分勝手でも良いのではないだろうかと。


 彼だけの問題ではない。

 私達の問題なのだ。


 だから、綺羅坂さんと話をして昨年までの送別会に関する決算書を洗い直して、湊君に再度お手伝いすることを伝えよう……

 その際は、出来れば湊君も納得して皆で一緒に準備が出来れば満足だと、そう思っていたのに。


「ありがとう……」


 そう告げた湊君は何年も見たことが無かった心からの笑みを浮かべてくれた。

 多分、隣に綺羅坂さんがいなければ涙を零していたことだろう。


 それだけ? と、周りは言うかもしれない。

 でも、私にとっては短い言葉の後に浮かべた顔が心を埋めるだけの意味があるのだから。





~怜Side~


 他人は他人でしかない。

 クラスメイトはただのクラスメイト。

 隣人ならただの隣人。


 でも、私から見れば物語の村人Aにもならない名無しでしかない。


 重要なのはたった一人の主人公で、面倒なのは典型的な幼馴染の女子生徒。

 そして、姉のように慕う生徒会長。


 成績も進学先もはたまた将来の就職についても今の自分には問題ではない。

 最重要で大切なのは真良湊という人間との生活。


 退屈な日々にいろを与えてくれた人と私の興味が尽きるその先まで過ごすこと。


 多少お邪魔虫なイケメンが一人彼の周りにうろついているけど、私にとっては周囲の人間なんてその程度の認識でしかない。


 でも、彼にとっては少し違う。

 基本的に真良湊も私と似たような価値観を抱いているのかもしれないが、有象無象が口にした戯言でも自分の責任であると抱えてしまう。


 会話の端々から戸惑いを感じたことから、彼自身も初めて抱いた感情なのかもしれない。

 私がそうであったように、彼にとっても私達が大切だと思われる存在になれた。


 湊みたいな人が自分の信念や考え方を押し曲げて物事を進めるとは、そういうことなのだ。

 

 出会った頃なら必要ないと一蹴したけど、今は彼が私達をそこらの他人とは違うと考えてくれていることが嬉しいと思う自分がいた。

 

 彼に、湊に協力を断られた時に第一にそんな感情が浮かんだことに思わず笑みが零れて、次に少しだけムッとした。

 笑ってしまったのは思っていたよりも私自身が純粋な乙女に変わっていたこと。


 ムッとしたのは湊が私の誘いを断ったこと。

 湊のくせに生意気よ。

 


 実行委員会に顔を出した折に、中山とかいう女子生徒に知ったような口を利かれた際には、二度と私と会話をすることが出来ないような徹底的な教育をしてあげようか迷ってしまったのは内緒だけれど、それで面倒な幼馴染も決心がついたらしい。

 

 教室を離れてすぐに提案を持ち掛けた。

 こちらから協力を始めてしまうという選択だ。


 もちろん承諾して二人で湊の代わりに生徒会の仕事を早々に終わらせて作業に取り掛かると日はあっという間に暮れてしまった。

 校舎から出て予想外に待っていた湊は、思ってもいない声で、表情で、自信がなさそうに告げてきた。


「今回は……いや、たぶんこれからもずっとだと思う、俺一人じゃ無理だ……手伝ってくれないか?」


 その言葉を情けないと人は思うのだろうか?

 私は微塵も思わない。


 その人のために学校に行き、その人のために自分を磨く。

 私には世間で人気のドラマで主人公が告白する愛の言葉よりも心に響く言葉だった。


 あとに浮かべた笑みを見て、駆け出しそうな胸中を留めるように胸の前で手を握り締めた。

 唯一、神崎雫だけが見たことある笑顔、私が見たことない笑顔。


 その笑顔を見れたなら些細な不満など流してしまおう。


 でも……次こそは。

 私が一人で彼の笑顔を独占しようと心に決めた。




  

 



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