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平凡な俺と非凡な彼ら   作者: 灰原 悠
第三十八話 送る者と送られる者

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338/355

#314



 実行委員会が拠点として構える裁縫室には、教卓前に二人と窓際後方に一人、そして同じく窓際の前方に一人の四人だけが、このメンバーで集まったのは先刻前だというのに慣れ親しんだ光景のように溶け込んでいる。

 それは、教卓前の二人が想像していた以上に相性が良く会話に花を咲かせていたのが理由だろう。


「凄い! これも中山先輩が自作したんですか?」


「そうでしょそうでしょ! 我ながら可愛い出来栄えだと自負しているのよ!」


白石と中山は肩を並べて一つの方向へ視線を集める。


 彼女達の視線の先、机の上に置かれたノートPCから流れる陽気な音楽。

 その音に聞き覚えがあるのは彼女が普段から投稿していた動画の最後、エンドロールで流れる音楽と同じものだ。


 自分の動画を自己紹介がてらに白石に見せたのだろう。

 同じ女性同士、化粧や美容は共通の話題としてはうってつけのはずだ。


 しかし、白石の性格を考えると中山のような典型的なJKと呼ばれる陽気な生徒とは相容れないと少しばかりは想像していたのだが、勝手な思い込みだったらしい。

 楽し気に会話する二人に安堵の息を零すと、足音立てずに火野君が教室前方から淹れたてのお茶を持って近づいてきた。


「二人、楽しそうっすね……なんだが意外っす」


 火野君は見た目とは裏腹に繊細な手つきで俺の机の端、邪魔にならない程度の位置に湯呑を置くと振り返って言った。

 この活動に参加することが決まってから、生徒会に持参していたマイ給仕セットを生徒会室に臨時で持ち込んで、こうして活動が始めると各々にお茶を淹れて回ってくれている。

 

 生徒会に参加して、初めは本意ではない担当だったのかもしれないが、今ではすっかり馴染んで更に美味しく淹れるコツを模索しているとか……。

 何事も、突き詰めれば武器となる。


 彼が和風な趣味を持つことがあるとは思わなんだが、結果的にプラスだったと言えよう。


 火傷しないようにそっと手を温めるように包み持つと、火野君と同じ方向を見つめる。


「確かに、想像していた感じではないな」



 二人が仲良く過ごせるなら、それが一番だ。

 険悪で作業が滞ることが無いのだから。


 だが、問題は彼女達ではなくこちらだろう。

 一口だけお茶を飲み、すぐに視線を真下へ落とすと、そこにはカレンダーとメモ帳が広がっている。


 再来週には送別会が始める。

 予定までの進行状況や前日に行われる簡易的なリハーサルでは仕上げた状態で迎えなくてはならない。


 出来ませんでした、そんな言葉で終わらせられるものではなく、納得してもらえるわけでもない。

 引き受けたからには形を成した式を執り行う責任がある。



 人が少なく形式上の責任者だとしても、名を連ねるからには可能な限り手を尽くす。



 考えることしかできないのであれば、一日の大半を考え抜いたところで足りないのだ。

 他の人が出来る仕事を俺は出来ない。


 俺には足りないものが多すぎる。

 でも、他人と自分を比べて落ち込んでいる時間は無い。


 足りない頭で考えろ……。

 


 中山の作業スピードは正直分からない、だが俺達が素材提供をしない限り何も出来ないのが現実だ。

 作業効率を上げて、白石の手伝いを行いながら俺も火野君と同様に力仕事に参加しなければならない。


 非力と言えど、男子は二人だけなのだから。

 どうしたって、火野君一人では許容範囲を超えてしまう。



 だから、そのためのスケジュールを考えているが課題は多い。


 前日、当日の送別会の進行には十人単位で生徒が必要だ。

 立ち位置の調整、進行役、在校生代表、仮だが花束贈呈、大半を生徒に任せる方針の学校側に教員で補ってくれと頼んだところで承諾がされるのだろうか?


 考えても、比較対象や経験が圧倒的に少ない。

 映像からの情報では、要領を掴めていないのが本音だ。


 

 誰かに相談すべきなのだろう。

 そして、その誰かがどの人物を指しているのか、脳裏に浮かんでいるのだが足が進まない。


「……」


「考え事っすか? 体を動かした方が考え事には良いっすよ」


 外見はその人物の判断材料の一つでしかないが、視覚的な情報は印象の大部分を構成してしまう。

 だからこそ、赤髪の大柄男性がお茶を淹れながらのセリフは申し訳ないが苦笑いが零れてしまった。


「セリフがどこぞのお母さんみたいだな……」


 見上げた先にある火野君の顔は、いつになく心配そうなものだった。

 生徒会から連れ出されて、ゴールの見えていない作業を繰り返す毎日。

 責任者は不甲斐なく、それは不安にもなるだろう。


 呟くように発した言葉と共に視線は下に向けられ彼の顔から逸れる。


 

 そんな辛気臭い空気を一刀両断するように白石の口が開かれた。


「真良先輩! そろそろ始めましょうよ」


 教卓の前でこちらに手で招いて言った。

 彼女の隣に座る中山も毛先を指でいじりながら、流し目でこちらに視線を向けていた。


 俺は机に広げたものをまとめると、火野君に淹れてもらったお茶を片手に近くの席まで移動する。

 同様に火野君も自分の荷物からメモ帳と筆記用具を片手に近くまで歩み寄ると、ようやく本日の活動が形となって始まりを告げる。


 自己紹介は既に終わっているので、特筆して挨拶は行われず淡々と互いの情報を共有する。

 現在の進行状況、後輩たちからのビデオメッセージの回収状況。


 今のペースだと、どれくらいまでに全クラスから回収が終わるのかを予想して逆算したスケジュールを立てる。

 その結果、回収にあと四日、動画制作に五日は欲しいという話で会話が止まる。



「中山先輩が参加してくれて本格的に準備が始められまれますけど、私達がまずは頑張らないと」


「そうだな……今あるデータはすぐに共有して、追加で直近の間に必要な残りを集めるって感じだな」



 一つの机の上に置かれた白石のスマホを四人で眺めて、俺と白石が呟く。

 彼女のスマホには、続々と動画がメッセージアプリを通じて送られてきていた。


 今日、この集会に参加する前に声を掛けてくれていたクラスの面々から懐かしい記録が集約されていたのだ。


 彼女の友達人数が俺よりも二桁は多かったことなんて、気にしていない。

 


 真剣な瞳で動画の一つ一つを確認していた中山を横に、白石が問うた。


「先輩が適宜指示を出して動くってことで大丈夫ですか?」


 この言葉に中山も画面をスクロールする指を止めて振り向く。

 彼女にとっても今後の方向性に関する内容なので、我関せずとはいかない。


 三人からの視線が集まる中、少しだけ間を置いてから言った。


「……いや、動画作成に関しては中山のやり方で進めようと思う」


 納得を得るために向けた目線に中山は小さく頷く。


「私は構わないけど、てかその方が動きやすいから良いけど」


「データの共有方法、構成についてもイメージの擦り合わせはするけど素人が余計な口出しはしないつもりだ」


 白石と火野君にも同様に告げる。

 二人は、少しだけ戸惑ったように顔を向かい合わせる。

 

 動画編集者として迎え入れた中山だが、二人からすれば新参者。

 指示を仰ぐのは必然的に彼女ではないと思っていただろう。


 これは、中山を参加させると決めた時から考えていたことだ。

 お互いが意見をぶつけて完成させるのが一番最善の選択なのは分かっている。


 でも、議論を重ねる時間が残されていない。

 俺と中山のイメージを微調整して合わせていくには、これまでの関係性もこれからの時間も少ないのであれば一方に偏らせるほかあるまい。


 選んだのは言わずもがな。

 知識のないものが余計は口出しをして、クオリティーや意欲を下げることはあってはならない。


 他人任せと言われてしまうかもしれないが、短期集中で進めるには必要な選択だ。


「まずは今手元にあるデータの共有をしておこう……白石、悪いけど頼めるか? 少し電話をしておきたい人がいるんだ」


「大丈夫ですけど……」


「頼む」


 白石にそう告げると一人席から立ち教室の戸を開けて廊下へ出る。

 壁越しに白石が中山に話しかける声が廊下へ響く中、一人離れた場所へと移動した。


 廊下を進み、階段を上がり踊り場でスマホを取り出す。

 そこにある窓からは校庭で部活動に励む生徒が一望できた。


 画面を操作して通話ボタンを押すと、数回のコールの後に聞き慣れた声が響く。



「……忙しいところすみません、会長」


 通話の相手は柊茜。

 前回と前々回の送別会の実行委員を務めた人だ。

 

 送り出す相手に電話をするのは、正直どうなのだろうか。

 会長なら不快に思うことは無いと確信に似たものを感じながらも考える。


 しかし、彼女以外に相談相手もいないのは確かだ。



『君からの電話なら構わないさ、今日はどういう要件かな? デートの誘いだと嬉しいのだがね』


 会長は普段通りの落ち着きある声音で冗談交じりの言葉を告げる。

 年を越す前では毎日のように聞いていたはずの声が、数日合わないようになるだけで懐かしく思えるのは何故だろうか。


 人が誰かを忘れるときに、顔からではなく声から忘れてしまうという話に関係性があるのだろうか。

 余計な問題に思考が寄り道する悪い癖を振り払い、胸中を声にして伝える。


「残念ながら要望には添えない話です……少しだけ時間ありますか?」


 我ながら本当に嫌な性格をしている。

 会長がたとえ忙しくても時間を割いてくれると分かっていながら訪ねるのだから。


 そして、やはり会長は二つ返事で答えるのだった。





 

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