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平凡な俺と非凡な彼ら   作者: 灰原 悠
第三十八話 送る者と送られる者

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336/355

#312

もう9月が始まりましたね

そして、9月が半分も終わりましたね

遅くなりました、申し訳ない



 普段の街並みも、自分が置かれた状況で景色は少しずつ変わって見えてくる。


 学校を故意的に休んだ時、終わらせる必要がある作業をサボっている時、あるいは部活動を仮病で休んだ時。

 そんなシチュエーションの時に感じる僅かな高揚と大きな罪悪感が胸中に渦巻く。

 別段サボっているわけではなく、学校に帰るために歩いているのに、何故だかそんな気持ちになるのは確かな理由がある。


「……」


 視線を落とした先には制服の上着。

 左のポケットに入れたスマホが絶賛大震動中なのである。。


 中山との会話で大いに活躍してくれたことがそんなに嬉しかったのか、いつも以上に存在感を示してくるその物体は、しばらく振動を続けてからピタリと動きを止める。


 静寂もつかの間、数分の時間を置いて再び振動を繰り返す。

 物好きもいるようで、俺のスマホに何度も電話を掛ける奴が知り合いにいるとは思わなんだ。


 乱雑に左手で掴み通知の相手を確認すると、小生意気な後輩の名前が表示されている。

 嫌だなぁ……面倒だなぁ。


 震えるスマホを眺めて思慮する。

 予想一、帰りに何か買ってきてほしいとねだる。

 予想二、早急に帰ってくるように告げる。

 予想三、火野君とのコンビに居心地が悪く電話をしてきた。


 さあ、どれだろう。

 クイズの正解を聞くときに似た心境で通話ボタンを押してから耳に当てる。


『何で一回目の電話で出ないんですかっ!』


「何で一回目の電話で出ると思ったんですか……」


 開口一番、不満を大いに含んだ声で白石は言った。

 出てくるときに用事があるって連絡したのだが、もしかしなくても絶対に見てない。

 個人的に彼女達に作業を任せて出てきてしまったので、言い訳できるわけでもないが思わず耳元からスマホを離して瞳を細める。


 後輩とは実に厄介なものだ。

 一つ年が違うだけでお兄ちゃん的な感情が出てきて許してしまう。


 楓と同じ学年だからというのも大きな要因なのだろう。

 

 

 離したスマホを再び定位置へと戻すと白石の言葉を待つ。

 彼女が何用で電話をしてきたのか、そして極論を言ってしまえば俺は別に電話での要件は無い。

 今まさに学校への道を進んでいる最中なので、要件があれば戻ってから直接伝える。


 小さな溜息を吐き出して待つと、白石は不満が溢れ出んと口を開く。


『今日は一年生のクラスを回るって言いませんでしたっけ? 火野君は実質戦力外なので早く帰ってきてください……あとレモンティーが飲みたいです』


「絶対二個目が本題だろ……火野君が淹れるお茶で我慢しておけ」


『糖分が必須なんです! だから早く帰ってきてくださいね。 それから、中山先輩の件はどうでしたか?』


 ……俺からの連絡は見てるのかいっ!

 俺が関西人かお笑い芸人志望なら絶対に叫んでいた。


 しかし、どうでしたかと問われれば難しい。

 十数分前までの会話を思い出しながら空を仰ぐ。


「五分五分だな……半分自信があって、半分が賭け」


『なら、十分賭け事として成立してますね、安心したので早く帰ってきてください』

 

「……」


 労うという言葉を知らないのか。

 無償の奉仕、何それ美味しいの精神で周囲からの評価向上が万々歳で活動している人間が言うと矛盾しているかもしれないが、もう少し先輩の扱いについて改善を要求したい。

 

 だが、計算高い白石が急くなら相当の重労働か、はたまた本当に火野君との空間が気まずいのか。

 これ以上面倒な後輩ムーブになる前にコンビニに寄って紙パックの紅茶を買って帰るとしよう。


 もちろん、レシートだけでなく領収書を忘れない。

 たかが紅茶、されど紅茶。


 バイトしていない高校生の懐事情を舐めないでもらいたい。

 どうせ、持って帰ったところで駄々をこねられて奢る羽目になるのは目に見えているから、せめてもの抵抗だ。


 ……賭け事としては十分成立しているか。

 計算高い白石としては実に似つかない言葉で、残念ながら俺には好ましい言葉だ。


 答えは明日の放課後、中山が教室に残ることなく帰宅したら今回の作戦は失敗。

 それもいい訳のしようがない大失敗だ。


 

 そうなったら、また考えればいい。

 次に浮かぶ策が妙案となる自信があるわけではないが、胸を張って自信があると言い切れる選択をしてきた人生でもない。


 

 僅かに胸の中でしこりのように残った不安を息と一緒に吐き出すと、通話が切れたスマホを片手に可愛く憎たらしい後輩の願いを叶えるべく進路上にあるコンビニ目指して進む。

 無意識に口角が上がっている気がするのは、おそらく気のせいなんかではない。











 授業や生徒会の用事以外では立ち入ることはないと思っていた一年生の棟へ足を踏み入れ、見知らぬ後輩を前に言葉を交わす。

 反応は様々で、乗り気な人もいれば拒否する生徒も少なくなかった。


 それでも、俺が想像していたよりも多くの生徒が協力を約束してくれたのはひとえに白石紅葉という生徒が一年生から慕われているからだ。

 本来、出る杭は打たれるという言葉があるように目立つ生徒は一定数は嫌われ、手本のような優等生は距離を置かれる。


 しかし、一歩下がった場所から後輩達の会話を見ていてそう感じなかったのが、白石の凄いところなのだろう。

 好印象の植え付けは、いくら計算済みの言葉運びや表情をしていたとしても容易ではない。



 俺がやったことは、白石が大枠を説明した後の企画の補足説明。

 一から全部を彼女で完結することなく、生徒会の先輩から詳細を説明することで説得力を持たせるのだと彼女は言っていた。


 こうして、一年生の全6クラスのうち3クラスを訪問して昨日の活動は終えた。

 

 そして、何より重要なのは今日の放課後。

 現在の時刻は14時50分過ぎ。


 最後の授業を少しだけ早く締めくくった教員が、チャイムが鳴るのを待っている教室内には既に放課後と同様の雰囲気が広がっていた。

 この後にどこへ遊びに行くのか、部活動は厳しい練習が待っているのか。


 会話で盛り上がる生徒達の中で、一際目立つ存在の女生徒に眼を向ける。

 第一印象がギャル、第二印象がギャル、つまりギャル。

 

 誰もメイク動画を投稿しているとは思わないだろう生徒は、普段通りに周りのクラスメイトと楽し気に話をする。

 ……判断しにくい。


 教室の端からでは、彼女が何を話しているのかまでは聞き取ることは出来ない。

 せめて仕草から周りの誘いを断る様子が見て取れればと思ったのだが、これは放課後にいきなり答え合わせになりそうだ。


 早々に教材を片付けて一点を見据えていると、隣から怒気を含んだ声が耳に届く。


「あなた、そんな女性の好みってあったのかしら」


「何を勘違いしているのだね綺羅坂さん……マリアナ海溝より深い勘違いをしているぞ」


「ふんっ……何が勘違いよ、こんなに綺麗な女子からの協力は断っておいて他の女に尻尾を振るなんてどうやったら怒らずにいられるのか教えてほしいくらいね」


 絶賛不機嫌セールが開催されている綺羅坂は、既に綺麗さっぱり片付いた机で読書に勤しみながら呟く。

 チラっとこちらを見やると、すぐに大きく息を吐いて視線を逸らすと盛大な誤解を口にする。


 誤解だけど、彼女からすれば言葉通りなのだろう。

 綺羅坂怜を敵に回す=社会的抹殺の可能性を秘めているご令嬢なだけに冷や汗がダラダラと流れる。


 決してビビっているわけではない、ブルっているだけだ。

 それも、彼女だけが恐ろしいわけではない。


 俺の眼前に広がる可愛らしく幼少より見慣れた小顔が、ジトーなんて効果音が聞こえてきそうな眼をしてこちらを見ているからだ。


「お生憎、私達とは正反対ですから興味が湧くのも致し方ないのではないでしょうか、”致し方ないのではないでしょうか”」


「繰り返さないで……違うから、本当これマジで」


 いつの間にか前の席から消えていたクラスメイトの代わりに腰を下ろしていた雫がやけに強調した言葉を繰り返して言った。

 両手で頬を支えてこちらを見つめる雫との距離は当社比20cm


 一般男子なら赤面して逃げ出す&勘違いを起こしてしまう距離感に逃げぬと言わんばかりに感覚を維持したまま言い返すと、逆に雫が少しだけ頬を染めて体を起こす。

 手櫛で髪を整える姿を見て、少しだけ勝ち誇った顔を浮かべると同時に右隣から鋭い叩きが側頭部を襲う。


 先ほどよりも恐ろしく冷たい視線を浴びせる綺羅坂に、俺も思わず姿勢を整えてわざとらしく喉を鳴らす。


「さっきも説明した通りで見つけた中だと彼女が一番適していた人材ってだけだ、現に連絡先すら知らない」


 スマートフォンやSNSが爆発的に普及した時代、連絡先と言えばメールアドレスでも電話番号でもない。

 メッセージアプリの友達登録が同義だ。


 証明するため机の上にスマホを置いてから寂しい友達の欄を二人に見せる。

 両親と楓、雫と綺羅坂の二人に加えて生徒会の面々、あとは優斗と宮下くらいだろう。


「見てください、私の方があなたより上にあります」


「トーク履歴は私が最新よ、あまり調子に乗らないことね」


「大丈夫だ、いい勝負しているよお前ら」


 

 ニヤリと悪い笑みを浮かべて綺羅坂に雫は声を掛けると、綺羅坂は読書をしたまま指先で俺のスマホの画面を切り替えて言い返す。

 彼女達の中で何が張り合うラインなのか分かりかねる会話に耳を傾けているうちに時計の針は頂点を指す。


 授業終了の鐘が鳴り、一斉に生徒達は立ち上がると各々が好きに移動を始めた。

 その中で中山の姿を今一度確認して、視線で後を追うのを辞めた。


 瞳を閉じて、ただ生徒達が次々と帰路につく教室の中で腰を下ろす。

 




 教室の中から生徒達の会話が聞こえなくなるまで、五分ほど経過しただろうか。

 瞼を空けてそっと一つ息を吐く。


「……次の方法を考えるか」


 教室の中には俺と雫、綺羅坂の三人だけが残っていた。

 優斗も既に友人たちと帰ったのか姿はなく、そして待ち人の中山の姿もそこにはない。


 

 仕方がない。

 彼女の興味を惹ける言葉を告げられなかった俺の責任だ。


 雫は寂しそうに中山が座る席を見つめ、綺羅坂はただ静かに本を閉じた。


 ずっと教室に留まったままのわけにもいかない。

 新しい編集候補を探すのか、企画から練り直すのか火野君と白石を交えて相談しなくてはならない。


 それに、白紙に戻ったのなら動画の提供を頼んだ一年生たちに断りを入れに行かなくてはならない。

 やることは多い、卑屈になる時間すら惜しい。



 まとめた荷物を手に取り席を立つと、一緒に待ってくれていた二人に声を掛ける。


「また企画の練り直しをするよ……二人は今日も生徒会室か?」


「はい……でも、本当に大丈夫ですか? 生徒会室で皆さんと相談したら良い案が浮かぶかもしれませんよ?」


「そうかもしれないが、だとしたら実行委員は不要になっちまう。 やれるだけやるさ」


 別に卑屈になっているわけではない。

 想像していたよりもずっと前向きに現実を捉えられているまである。


 マイナスな思考になる前に次を考えなくてはと余裕がないだけなのかもしれない。

 でも、それが今はプラスに働いているのは間違いない。


 今日のところは二人に別れを告げて、早く実行委員のところへ行かなくては。

 歩き出す前に振り返ると、口を開く前に大きな音を立てて教室の戸が開かれる。


「遅いっ! いつまで廊下で待たせるんだし!」


「……」

 

 教室の前方の戸から登場した中山は鋭い眼光を向けて言い放つと、ふんっ!と大きく鼻息を晴らして堂々と仁王立ちをする。

 胸の前で腕を組むその姿は何故だろう、少しだけ神々しく感じた。


 気のせいだろう、間違いなく。

 しかし、彼女がこの場に現れた理由は一つしかない。


「いいわよ、手伝ってあげる」


 ニヒっと悪い笑みを浮かべた中山は言い放った。

 内心、何かしらの思惑があるのは間違いない。


 俺が提示した条件の中に何か琴線に触れるものがあったのかもしれない。

 だが、そんなことは今はどうでもいい。


 テンションを下げてから盛大に上げる。

 まるでアニメやラノベのような登場演出をしてくれた中山に俺は思わず本音を零す。


「いや……教室で待ってるって言ったじゃん」


 零れた本音に対して、中山はあれ?っと少しだけ恥ずかしそうに首を傾げた。

 そして、俺のすぐ後ろからは二人の女子生徒が安堵から出る小さな笑いを零した音がした。




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[一言] 中山ちゃんが可愛い…だと……?
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