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平凡な俺と非凡な彼ら   作者: 灰原 悠
第三十八話 送る者と送られる者

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#310


 手を取り合う、字面にしてみれば至極簡単に見える。

 互いに手を差し伸べて、その手を握りしめればいいのだから。


 でも、簡単に思えることは、意外にも難しい。

 100人いれば、100人の数だけ形がある。


 好みがあり、苦手がある。

 だから、それを提示して示し合わせた時に差し出したはずの手は交わることなくすれ違うことがあるのだ。


 交わることを望んでいても、単純ではないのだ。

 



 一人残された廊下で立ち尽くし、視線は右手に握りしめたスマホの画面に落とされる。

 メッセージアプリの通知がそこには表示されていた。


 差出人は当然だが宮下。


 彼女は、別れ際に『私から聞いたって絶対に本人にも他にも言わないこと、絶対だからね!』なんて、ツンデレキャラさながらのセリフを言い残して教室へと一足先に戻っていった。

 お前のキャラではないだろう……言わないけど。


 彼女から送られてきたのは一つのURL。

 動画サイトのリンクであろうその文字列を、俺はすぐには開かない。


 たぶん、押せばすぐにでも動画が再生される。

 この場で観て、万が一他の人の眼に、耳に届いてしまったらこれからコンタクトを取る可能性がある人に断られる選択肢を与えてしまうやもしれない。


 善は急げというが、急ぎ過ぎても逆効果になりかねない。

 

 急く心を落ち着かせて乱雑にポケットへスマホを入れ込むと、早足で教室へと戻る。

 もう、先ほどまでの満腹感から来ていた苦しさは忘れしまっていた。



 賑わう教室。

 あと少しで午後の授業が始まることに、クラスメイトが口々に不満を談笑しながら告げていた。


 視線の端でそんなクラスメイトを見やってから、教室内を横断する。



 まだ、俺の机の付近で昼休みを過ごしていた雫や綺羅坂達からの視線を向けられながらも、早足で自分の席まで戻るとカバンの中に手を突っ込む。

 引っ張り出したイヤホンを片手に残り少ない昼休みの中で、再び廊下へと歩みを進める。


「湊君? あと少しで授業が始まってしまいますよ?」


「……すぐ戻る」


 雫が不思議そうに問いかけたのに対して、俺は短く返すと来たルートを戻る。

 生徒の間をすり抜けて、さっきまで宮下と言葉を交わしていた場所を通り過ぎて、階段を上り最奥の扉を開いて屋上へと踏み入ると一つだけポツンと置かれたベンチに腰掛けすぐに耳にイヤホンを装着する。



 そこでようやく宮下から送られてきたリンクを開くと、案の定有名動画投稿サイトの画面が自動的に開かれた。


 『MUGIch』画面の中央部分にあるアカウント名にはそう書かれていた。

 chは、チャンネルの略だろうか。


 シンプルで俺的には好ましいが、流行的にはどうなのだろうか。

 あまり、この手のサイトは利用していないので主流とかその辺は全く疎い自信があるから分からんが。



 軽快なBGMとオープニング部分が再生されて、丸くアイコンが跳ねるようなモーションとその円の中には動画投稿者が目元でピースしている写真が写る。

 制服ではないが、今どきの女子高生といった風貌。



 髪は長く緩く巻いてあり、端的な言葉で表せばギャルっぽい人。

 だが、その顔には見覚えがあった。


「中山かこれ?」


 画面の中に映っていたのは、同じクラスの中山だ。

 宮下が前まで彼女の後ろをついて歩いていた女子生徒。


 クラス内でもカースト上位の生徒で、女子の中では親分みたいな存在だったはずだ。



 ……そういう生徒も動画投稿とかするんだ、意外。

 率直な感想が思い浮かび、そして次に浮かぶのは苦い記憶。


 

 接点こそ少ないが、彼女からの俺の印象は決して良くないだろう。

 むしろ、クラスの中では最悪の部類ではないだろうか。


 

 宮下が絶対に自分が教えたと言わないでほしいと約束してきたのはこれが理由か。

 思わず納得してしまった。


 付き合いが少なくなったとはいえ、学内でもカーストの上位にいる生徒に悪い印象を持たれるのは女子生徒として何かと面倒なのだろう。

 男子にはない、女子の付き合いもあるだろうから。


 

 しかし、人は外見だけで判断してはいけないと多くの場面で散々言われていたが、彼女ほど想像の難しいケースはそう無いだろう。

 チックだかトックだかの女子高生が多く使っているようなショート動画とかなら分かる。

 

 でも、がっつりとした動画投稿サイトで活動しているとは、彼女のイメージとはかけ離れていた。



 ……ともかく、問題は内容だ。

 彼女の動画編集技術が求めているものであるのか、それを判断しなくては話は進まらない。


 再生された動画に意識を戻して確認していく。

 自作らしきオープニングが終わり冒頭で中山が登場すると、自己紹介のフレーズを口にする。


 主なカテゴリーはメイクや美容系。

 動画は基本的に十分以内にまとめられていて、主要な部分は押さえていて一視聴者としては見やすい動画だった。


 効果音や時折含まれる演出は彼女の性格が反映されているのか少し派手目だ。


 でも、冒頭から最後まで視聴して違和感を持つことなく終えることができたのは彼女が慣れているからに違いない。

 投稿の頻度を見ても定期的に一年以上は活動をしているみたいだ。


 俺の好みは度外視して、彼女の少し派手な編集も卒業動画としては適しているとも言える。



 イヤホンを外して天を仰ぐとグッと瞼を閉じる。

 

 ……間違いなく自分のPCも持っているはずだし、短い時間の中で探すのであれば一番適切な人材なのかもしれない。

 誘えるかどうかはこの際は考えない。


 誘うしかないのだ。


 俺が出来る残り少ない作業だ。

 チャンネルの概要欄や関連URLなども念のため目を通しておくと、彼女が普段利用しているSNSのアカウントが貼り付けてあった。


 

 最後にこれだけ少し確認しておくべきだろう。

 直近でインストールしたばかりのアプリで開いてみると、彼女のアカウントはつい五分前も呟きを残していた。


『帰りに桜の様子でも見に行こうかなー』


 その呟きに添付された写真は、地元では並木通りと呼ばれる土手道にある桜の木だった。

 

 中山とコンタクトを取るなら、ここしかないかもしれない。

 学校では彼女は常に生徒の中心にいる。


 一人の時間に話をするべき内容だ。

 午後は二つの授業があるから、少なくとも二時間は考える時間が残されている。


「あっ……」


 屋上には時計が無いので、スマホの画面で時刻を確認してみると思わず声が零れる。

 授業開始から、既に20分が経過していた。


 やべ……午後の授業って何からだっけ。





 教室に戻った時の冷たい視線は何度経験しても慣れることは無いだろう。

 幸い、教室では俺が戻った時にはたくさん弁当を食べ過ぎて腹痛という理由が出来上がっていたので、優斗あたりが気を利かせて先生へ理由を作り上げてくれていたらしい。


 大丈夫かという声掛けが逆に申し訳なく思いながらも、大丈夫ですと返事をして席に腰かけた。

 

 打ち解けたことがないパターンの生徒だ。

 いつもの切り出し方では、説得は難しいだろう。


 大丈夫、時間はまだある。

 両手を机の上で合わせて、深い深呼吸をすると静かに思慮の海に意識を沈めた。




 二時間という時間がここまで短いと感じたのはいつぶりだろう。

 いつの間にか、教室は放課後の帰宅ムードに変わり生徒達はカバンを片手に放課後の談笑に移っていた。


 この後どこに遊びに行くのか。

 部活動は今日は厳しいのだろうか。


 それぞれの会話の中には、中山の姿は無かった。

 彼女は桜を撮影して帰宅するルートで既に校外へ出ているのだろう。


 すぐに自分の荷物を手に取り席を立つと、駆け足で歩み寄った雫に顔を向ける。


「悪い、生徒会には今日は欠席するって伝えてくれないか。今日のうちに済ませておきたい用事がある」


「え、それは大丈夫ですが……」


「悪いな、助かる」


 急ぎ足で雫に伝言を伝えて教室を後にする。

 実行委員へはメッセージを送っておけば大丈夫だろう。


 中山と話をした後で、学校へ戻れば少しは作業を手伝える時間は残っているはずだ。


 久しく走っていない鈍りきった足を可能な限り前に踏み出し目的地へと向かう。

 いくら鈍っていても、走れば問題なく間に合うはず。









 土手の並ぶように植えられた桜の木の下で、一人の女子高生がスマホを手に持ち腕を伸ばす。

 少しでも枝に近づくように、足先を伸ばしてまで夢中で。


 その生徒の姿を見て、画面の中の人物が同一であることの何よりの確証を得た。

 SNSで発信していた行動と合致することが何よりの証拠だ。



 話の組み立ては考えてきた。

 授業の時間を全て思考に費やして悩んだ末に、それらしい順序や理由は見つけられたはずだ。


 だから、あとは彼女の反応を見て柔軟に対応するほかない。


「……上手に撮れますか」


 肺が苦しく、額の汗は拭ったが背中にはじんわり汗が滲んでいる。

 それでも平然を装い、撮影に勤しむ女性に声を掛けた。


「あ、いや思ったよりピントが合わなくって―……って、あんた」


「どうも」


 振り返った中山は、俺の顔を見たとたんに露骨な表情を浮かべる。

 放課後になって会いたい訳がない。


 大いに賛同する心境だ。

 でも、俺は頭を下げて頼まなくてはならない。


 私情は捨てて、考えた通りの言葉を並べる。


「頼みがある……」


 俺は画面に中山のチャンネルを開いて頼みを告げるのだった。






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