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平凡な俺と非凡な彼ら   作者: 灰原 悠
第三十四話 クリスマスの願い

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#277



 前もって指示された一軒の住宅前に到着すると、インターホンをじっと見つめて立ち尽くす。


 なに、簡単な作業だ。

 目の前に設置されたボタンを一回押すだけの幼稚園生たちでも出来てしまう簡単な作業。


 しかし、伸ばしかけた腕は徐々に自分の体へと戻っていく。


 ……女子の家に一人で赴いてインターホンを押すとか、対人スキルに乏しい湊君には重労働ですよこれは。


 もはや、このインターホンを押す勇気を固めるだけで、常時の生活で消費しているカロリーと同じくらいは一瞬で消費しているまである。


 それでも、長時間もこの場で佇んでいては周囲の家の住人から不審者として通報されてしまいそうだ。

 どこかで意を決してボタンを押さなければいけないと思いながらも、深呼吸をしていると、後方から近寄ってきた足音がそのまま隣を通り過ぎて機械音の鳴るインターホンを押した。


「湊……なにやってるんだ?」


「……精神統一」


 一人で寄り道してから来ると言っていた優斗が、宮下宅の前で佇んでいたことに不思議そうに首をかしげて問うてきた。

 答えにならない回答を返すと、それで納得したのか興味もあまりなさそうに「そうか」と呟く。


『いま開けるねー』


 インターホンに付いているスピーカーからノイズの混じった宮下の声が訪問してきたのが誰かを尋ねる前に言い放つと、ブツリ切断される。

 

 おいおい、最近は物騒だから本当に怪しい人じゃないかを確認したほうが良い。

 なんなら、俺も怪しい一人になっていたからな。


 住宅の前に立ち尽くす一人の男性。

 文字だけで並べると完全にヤバい人みたいだ。


 これからは自分が周囲からどのように見えているかも踏まえて行動することを心がけねば。


 なんて自分に言い聞かせていると、宮下宅の玄関の鍵が開く音が鳴り響く。

 そして、開かれた先には私服姿の宮下がいた。


 制服ではない、だから私服だろう。

 私服なのだろうが……


「なぜ……サンタ衣装?」


「うんうん、俺も困惑しちゃったよ」


 真っ赤な布地にラインで所々に白が取り入れられたサンタ衣装。

 その衣装を身に纏って現れた宮下に俺と優斗は思わず苦笑いを零す。


 宮下も、若干恥ずかしさが残っているのか、頬を赤く染めて早く入るように手で催促してくる。


 ご近所さんにサンタコスプレ姿を見られたくないのだろう。

 まあ、確かに近所の子供たちに見られたら「サンタのお姉さん」なんてあだ名がつけられる可能性がある。


 それはそれで、クリスマスに全力を出していた人なんだと周りに言いふらされているようで恥ずかしい。


 催促されるように宮下の自宅へと足を踏み入れる。

 雫や夏休みに訪れた綺羅坂の別荘以外では初めての女子生徒の自宅。

 視線を周囲に巡らせるにしても、どこまでがOKなのか分からないあたり、交友関係の狭さが伺える。



 宮下に続き、優斗も靴を脱いで後に続く。

 一人玄関先で遅れたのに気が付き、ワンテンポ遅れながらもリビングへと続く廊下を歩く。


 先頭を歩く宮下が一つの部屋の前で立ち止まると、中にいるであろう二人に声を掛けた。


「もう大丈夫?」


「ちょ、ちょっと待ってください!」


 中から帰ってきたのは雫の声だ。

 慌てているようだが、何をしているのかは分からない。


 優斗と顔を見合わせていると、宮下は悪い笑みを浮かべて言った。


「中であんたのお姫様たちがスタンバイ中よ」


「……親父臭いセリフだぞ、それ」


 悪い笑みが合わさると、相乗効果でさらに気持ちが悪いセリフだこと。

 宮下が戸の前から一歩引いて、開けてくださいと言わんばかりに手を差し出すので、俺は一歩前に出て戸に手を掛ける。


 ゆっくりと引き戸を開けると、室内はきらきらと装飾が施されていた。

 小さなサンタの人形、引っかけるタイプのプレゼントボックスの小物、部屋の奥にはクリスマスツリーも設置されていた。


 LEDも輝き、雰囲気は完全にクリスマスパーティーだった。

 しかし、次の瞬間にはその視界すらあるものに覆われる。


「メリークリスマスです!」


「……」


 雫の声の後に一瞬の間が開いた後、何かが破裂するような大きい音が室内に広がる。

 音の主がクラッカーであることに気が付いた時には、俺の目の前には紙吹雪でいっぱいになっていた。


 パチパチといまだ廊下に立つ宮下が手を叩き、優斗も驚いた表情を見せたがすぐに楽しそうな微笑を浮かべる。


 適応が早いこと……


 紙に降りかかった紙吹雪を適当に払いながら、視線を上げると綺羅坂が無言でこちらを見つめていた。


 手には、いまだにクラッカーが握られている。


「これ、どう使うのかしら?」


「……紐が飛び出しているだろ、そこを引っ張るんだよ」


 どうやら、お嬢様はクラッカーなど使ったことがないらしく、不思議そうに手の中の物を見つめていたので説明すると、数回頷く。


 そして、紐を握ると俺の顔の目の前に近づけて勢いよく引っ張った。

 再び室内に響き渡る炸裂音。


 そして、俺の顔面にようこそおいでくださいました紙吹雪さん。


「鼓膜がないなった」


「大丈夫よ、案外頑丈だから」


 ……さようですか。


 冷静な突っ込みを入れられて、俺以外の皆が笑いに包まれる。

 つられて思わずため息を零すと、雫が俺の手を掴む。


「こちらです、始めましょう!」


「ん……」


 雫に引かれ、俺の後ろを綺羅坂がついて歩く。

 宮下と優斗が今の光景について話しながら笑顔を浮かべてリビングのテーブルに集まると、一年を締めくくる意味も込めたクリスマスパーティーが開催されたのだった。






   

 クリスマスといえばチキン。

 我が家では注文して取り寄せたクリスマスチキンを食していたが、今年は素材を雫と綺羅坂の二人が仕込んで、お手製のクリスマスチキンを食べた。


 料理が出来るという人は、たいていがオリーブオイルを高いところから降り注げば大丈夫だと思っている連中だと俺の中では認識されているのだが、二人はその範疇ではない。


 何をどう仕込んだらこれほどまでに美味しい品が出来るのかを問いたいくらいの出来栄えで、唯一不満を抱えていたチキンを堪能出来て、非常に私は満足です。


 

 食事を終えて、軽くテーブルを片づけると次に始まったのは定番の人生ゲーム。

 ルーレットを回して、出た数字の分だけ進んで模擬人生を謳歌するゲームだが、このメンバーでやると非常に混沌とした内容へと様変わりした。


「湊さん……もう一人子供が出来ました」


「気持ち悪いな優斗……何が湊さんだ、頬を赤らめるなキモいぞ」


「……」


「……」


 まさかの俺と優斗が結婚して、子供が二人も出来てしまう展開に。

 女性陣は独身貴族を貫き、俺たちよりもお金持ちへとジョブチェンジしていたのだが、表情は浮かばない。


 雫と綺羅坂に関しては、殺意を込めた視線を優斗に向けている気がする。

 クリスマスパーティーとは本当にこれであっているのだろうか。


 冷や汗を流すのがクリスマスの醍醐味なのだとすれば、俺が思っていた陽キャたちの集会とは精神的な強者が集う会のようだ。


「あの……やめません?」


 優斗は雫と綺羅坂の二人をからかっているのが楽しいのか、非常に嫌な笑みを浮かべているが俺の精神がこれ以上続けることを拒んでいた。


 雫も綺羅坂も賛成のようで、手持ちの通貨を机において大きなため息を吐いた。


 あれはゲームをしているときの瞳ではない。

 マジの時の瞳だった……


 だが、人生ゲームが選択肢の中から外れるとなるといよいよやることがなくなってきた。

 デザートで用意してあるクリスマスケーキを食べるのはまだ早く、外出する場所もない。


 自然と俺たちは各々の話題について話をする流れになった。


「皆さんは年始のご予定は決まっていますか?」


 雫が全員に問いかけるように発すると、宮下と優斗が思案顔を浮かべる。

 俺は当然予定はなし!


 いや、むしろ全ての日程を休息に当てているから、全ての日が予定日でもある。

 尋ねられたら胸を張って答えようと、心に誓い静かに様子を見守る。


「私は新年の挨拶を親戚にするくらいかな?」


「俺も似たようなものだと思う、正月って結構家でだらけているのが基本的な風潮があるからね」


 宮下と優斗が答えると、雫の視線は綺羅坂に向けられる。

 彼女は多忙を極めているのではないだろうか。



 なんといっても父親は日本有数の大企業の経営者だ。

 富裕層の集まり的な、漫画やドラマでしか見たことのない世界に足を踏み入れているのかもしれないと思うと、少年心がくすぐられる。


 

 そして、同時にそのような場に参加しなくてはならない立場だったとすれば、インドアをさらに極めている自身が湧いてくる。


 皆が視線を綺羅坂に集めていると、彼女は期待通りの言葉を述べた。


「父のもとに新年の挨拶に来る方々への応接かしらね……」


 その言葉に室内全員が「おぉ……」と息を零す。

 正直、どんな有名企業のお偉いさんが挨拶に来るのかを聞いてみたいところだが、そこらへんは企業秘密なのだろうから自重しなくては。


 しかし、親の手伝いの一環とはいえ、この年で自分より遥かに年上の相手と接しなくてはならないとは、ご令嬢も大変な役目だこと……


 最後に、雫の視線が俺に向けられた。

 彼らと同じように俺の予定も聞きたいのだろう。


 あらかじめ用意していたお正月湊スペシャルメニューを教えてしんぜよう。


「コタツで餅食べて大学マラソン見て寝る」


「……ですよねー」


 知っていましたと言わんばかりに深いため息を零す雫は、少しだけ何かを期待していたかのように見えた。


 俺が自ら尋ねる前に、彼女は思惑を口にした。


「せっかくなので初詣でも湊君と行きたかったなって……」


 

 僅かな期待を抱いていたのだろう、雫は微笑を浮かべてはいるものの、そこには少しだけ寂しさに似た感情が見て取れる。


 同時に、宮下の家に来るまでの道中で見た人々の表情を思い出す。

 楽しそうに、いまその瞬間を満喫しているような、そんな顔だ。


 初詣なんて嫌というほど人が来る。

 絶対に行きたくない場所なのだが、いまだけは、まあたまには良いかなんて思ってしまった。


「じゃ……行くか」


「え?」


「え、行かないの?」


「え!?」


 そんなに驚きますか、そうですか。

 いや、そうですよね普段の俺を知っているからこそ絶対に断ると思うよね。


 自分でも一瞬の気の迷いだったのではと、雫の反応を見て思い始めてしまうまである。

 驚かれすぎて、前言撤回したくなる気分を抑えながら雫が口を開くのを待っていると、隣に座る綺羅坂が途端に立ち上がる。


「そういえば今年の正月は予定が空いていたのを忘れていたわ」


「いや……さっき普通に正月の予定を言ってたよ、きみ」


「というわけで私も初詣には参加するわ」


 ……どういうわけなんでしょうね。

 急な予定変更を告げる綺羅坂を見て、優斗と宮下は苦笑を浮かべていた。


 何を部外者のような面をしているのだろうか。

 彼らも強制参加なのだから、他人事ではないのですが。


 まあ、それは後で彼らの逃げ道をなくしてから伝えればいいかと思いながら、飲み物で喉を潤していると、雫がようやく口を開く。


「みみみ湊君、熱でもあるんでしょうか!?」


「そんなに驚かなくてもいいだろ……」


 逆にそこまで驚かれるとむっとしてしまうのが人間の悪いところ。

 だから、彼女らが落ち着くまでの間は、もうすぐ出てくるであろうクリスマスケーキのことだけを考えておくことにしよう。


 

 

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