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平凡な俺と非凡な彼ら   作者: 灰原 悠
第三十四話 クリスマスの願い

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#276

更新が遅くなりました



 これまでの人生において、自分にとってサンタさんとは如何なる存在なのか。

 何を頼み、何を残していったのか思い返してみれば、意外にも共通点のない時々の気分で求めた物ばかり。


 前から気になっていた小説の最新刊や、現在も使用している低反発の枕。

 記憶に残っているものだと、小学生の時に急に欲しくなったゲーム機がリビングのDVDプレイヤーへと様変わりしているくらいだろう。


 今なお好んでいるものがあるとすれば、それは読書くらいなものか。


 読書にしても、最近はめっきり時間を割くこともなくなってしまった。

 単に読みたい本が自分の中で見つかっていないだけか、趣味と呼べるだけの熱量が残っていないのか。


 前向きに捉えれば、一人で退屈に過ごす時間が減ったということだろう。


 

 そうでありたい……

 趣味と呼べるものがなくなってしまったら、今後の人生が退屈に感じてしまいそうだ。


 

 

 今日、12月24日の深夜には、各家の素敵なサンタさんが子供たちの枕元にプレゼントをまたまた素敵なお手紙を添えて送っていることだろう。


 サンタさんなど存在しない、正体は両親である。

 声にして言うのは簡単だが、子供の純真無垢な夢を現実で上塗りするほど人間落ちぶれてはいない。


 道路でも、テレビでも、サンタさんの正体について真実を突きつけているものはいなかった。



 挙げるとすれば、ネットのSNSや掲示板くらいだろう。

 

 我が家にはサンタさんは来なくなってしまったが、巷では年齢制限があるらしい。

 俺も楓も大人に近づいたということで、明日に備えて机の上に見繕った洋服と荷物だけは準備して早めの就寝にすることにした。


 ……子供心で赤色靴下でも準備しておけばよかったと、少しだけ残念に思ったのは内緒だ。




 そして、クリスマス当日。

 生まれ育った田舎町の子供たちが歓喜の声を上げているであろう最中に目が覚める。


 世間では、廊下を駆け両親にサンタが来たと報告している少年少女が多数いることだろう。

 中には、頼んでいたのと違うと絶望に打ちひしがれている子供もいるかもしれない。

 

 うん、いるね。

 なんなら、近所で早朝から全力号泣をしている子供の声が窓を開けたときに響いていたもの。



 体を起こして最初の音声が号泣とは、不吉な気がしてならないが冷気でひんやりと冷たい床を踏みしてめてリビングへと向かう。


 すでに母さんと楓は起きていたらしく、開いた戸の先は暖かな温もりで迎え入れられた。


「メリークリスマス!」


「メリークリスマスです、兄さん!」


 今日も元気がよろしいことで、母さんと楓は俺の姿を確認すると微笑んで告げる。

 流石に、寝起きでそのテンションにはついていけるはずもなく、コクコクと頷くと喉の奥から絞り出すような声音で返事を返す。


「メリクリメリクリ……」


 我ながら、適当な挨拶だと思いながらも二人は気にすることなく肩を並べて朝食の準備を進める。

 

 楓がキッチンから淹れたてのコーヒーを手に持ち、テーブルの上に並べておくと母さんを手招くような動作を見せる。


 母さんも楓の仕草を目にすると、にやりと微笑み椅子に腰かけた俺の背後を通り過ぎて楓の隣へと移動した。



 テーブルの下に隠れた椅子を引くと、そこから紙袋に包まれた物体を取り出した。


「はい、クリスマスプレゼント」


「ちなみに私も貰いました」


 水色の紙袋を母さんが手に持ち、楓は赤色の紙袋を隠していたテーブルの下から取り出す。


 ……前言撤回、俺はまだ年齢制限には引っかかっていなかったようです。

 流石真良家、そこらへんは子供に甘い!


 というか、母さんが甘い。

 親父なら絶対に俺にプレゼントなど用意しないはずだからな。


 

「ありがと」


 手渡された紙袋を受け取ると、手の感触で中身を予想する。

 ふかふかとしているので、衣類の類だろう。


 視線を手元から上に上げると、俺よりもそわそわしている母さんの姿があった。

 早く開けて反応を見せてくれ、そう雰囲気が物語っている。


 丁寧に紙袋を開けると、中に包まれていたのは紺色のマフラーだ。

 肌触りがよく、暖かそうな布地で素直に嬉しい。


 首元からひんやりとした風が吹き込んでくるので、ちょうど欲しいと思っていたところだ。


「……ありがとう、使わせてもらうよ」


「本当は手編みがよかったんだけど、時間が足りなくてごめんなさいね」


 プレゼントを贈っていて、なおかつ謝られることなど一つもない。

 素直にお礼の言葉を伝えると、母さんはご満悦そうにキッチンへと戻る。


 対面していた楓も俺と色違いのマフラーがプレゼントされていた。

 それはもう、気分は上々で嬉しそうに首元に早速巻いている姿を見て、目覚めの一杯で脳を覚醒させながらも微笑ましく眺めていられる時間だった。







 時間は過ぎ、昼前になったころには出発の準備を済ませて玄関先で座り、スニーカーの紐を調節していると後ろから母さんと楓の二人が見送りにやってきた。


「悪いな、本当は一緒に夕飯を食べる約束をしていたのに」


「いえ、兄さんも予定ができたのであれば仕方ないです、私は来年でも大丈夫ですから」


 振り返り楓と母さんに言うと、気にするなと首を横に振られる。

 せめて、今日が無事に終えることが出来たあとは、家族孝行でも少ししておくか、そんなことを考えながらも鞄を手に持ち玄関を開ける。


「行ってきます」


「行ってらっしゃい湊、楽しんできてね」


 静かに扉を閉めるその瞬間まで、二人は笑顔で手を振りながらこちらを見つめていた。




 寒空の下、一人で歩く道のりで早速母さんが贈ってくれたマフラーが活躍をしていた。

 首元から熱を逃がすことなく、冷気を侵入させることなく心強い。


 宮下の自宅への道のりは、案外俺や雫の家からは近い位置にあり各自で宮下家へ集合となっている。


 しかし、女性陣は食事の準備があり、優斗は頼んでいた品が今日の朝に入荷するとの連絡があったとかで別々に宮下の家へと向かうことになった。


 同じ目的で集まりながらも集合は別々。

 久しい完全に一人の時間に周囲の状況を見回しながらも淡々と歩を進める。


 やはり、一人で出歩いているような人は少なく、誰かしらと行動を床にしている人が多い。

 それは友人であり、家族であり、恋人であり、関係性の形は異なる。

 

 でも、浮かべた笑顔は偽りない。

 今現在、このクリスマスという日を満喫していることは無関係の俺にも分かった。



 記念で撮影された写真で、俺が彼らのように一点の曇りもない笑顔を浮かべていた時があっただろうか。


 これまでも、似たような集まりがあったとしても、それは優斗や雫を呼び出すためのきっかけで、ついでで誘われていることは自覚していた。


 何事も、周囲の人からは彼、彼女を誘う口実であるからこそ、心を通わせることは俺には出来ず、楽しむという感情すら湧き上がることはなかった。


 いかにして、退屈な時間を消化するかを考えてきた人間が、全体写真を撮影した際に笑顔など浮かべているわけもないか……


 

 だが、今回は少なくとも違う。

 口実でもなく、本当に参加を求められて、いや求めてくれた。


 自覚している言葉の裏を勘ぐる必要もない人たちとの時間。

 なら、純粋な楽しいと思える時間を過ごすことができるのではないだろうか。


 道路の歩道ですれ違う若者の集団を横目に、そんなことを考える。

 そして、自分が何を恥ずかしく痛々しいことを考えているのだろうかと気が付き、体温が上昇する。


 いやー、暑いっすね。

 流石はお母さまから賜ったマフラーですわ。


 暖かさも抜群、なんなら服の中がサウナのように体温で暑くなっているまである。


 パタパタと服を揺らして籠った熱気を逃がすと、スマホの画面に表示された道のりをゆっくりと進む。


 

 だが、数歩進んだところで振り返る。

 先ほどすれ違った少年少女たちの背中を見据えて思った。


 ……俺も、もう少し自分の感情を押し殺して周囲と足並みを揃えることを覚えれば、一般的に言われる楽しい高校生活を謳歌することができたのだろか。


 ……いや、それはないか。

 考えることすら不毛であり、真良湊がそのような上手な人間付き合いが出来ないことは誰よりも自覚している。


 納得できない、理解ができない。

 自分を偽る言葉や態度を許容できない。


 捻くれて、不器用で、どうしようもなくめんどくさい性格をしている人間なのだから。


 自問自答で振り返り抱いた疑問を解決すると、俺は体の向きを戻して目的の場所へと進める歩みを再開させたのだった。




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