#274
プレゼントは当日までの秘密!
クリスマスは今年もやってくる。
そんなキャッチフレーズのクリスマスソングがテレビCMで幾度と繰り返し放送され、炭酸飲料のCMでもサンタコスプレのおじいさんが満面の笑みで子供達へ無料ドリンクの配布サービスさながらの善行が放送される。
商店街では、サンタへの願い事には子供たちの純粋な願いの他にも、いたずら半分の青少年少女の願望駄々洩れのお便りもあり、そのメッセージカードが貼りだされた掲示板の前で三十分は時間が潰せると思いながらも、その前を通り過ぎる。
とある人と待ち合わせをした場所は、普段の商店街へ入る通路とは反対方向にある呉服店前。
常々、五分前行動をするように言われているからか、それとも待ち合わせしているのが自分よりも目上の人間だからなのか、問われれば完全に後者であろう。
十一月もあっという間に過ぎ去り、十二月に突入した今日この頃、外気温は一気に低下して厚手の上着を羽織らなければ寒くて自室で冬眠したくなる季節となった。
白いダウンジャケットにジーンズというシンプルかつ、服装を選択するときに全く脳を使う必要のない構成で着こなした外見で、目的の呉服店前を見回す。
私服など、プライベートで会うことが滅多にないので、彼女がどのような服装で普段行動しているのかをあまり知らないこともあり、少しだけ怪しく見えてしまうほどに首を動かし近くに立つ人を確認していく。
しかし、そこに待ち合わせの人はいない。
時間に遅れるなんて、ありえないと思っていたのだが俺の思い込みだったのだろうか。
スマホを取り出して時刻を確認しようとしたところで、後方から肩を叩かれる。
「やあ、待たせてしまったかな?」
「随分と古典的なセリフですね……今来たところです」
後ろで肩に触れていたのは、我らが生徒会長……いや、前生徒会長で先輩の柊茜だ。
黒のコートで首周りにはもこもことしたマフラーが巻かれていた。
スウェード調のブーツと可愛らしい一面を垣間見つつ、数日前にやり取りした会長との会話を思い出す。
「クリスマスプレゼントね……」
優斗が宮下に声を掛け、そして雫と綺羅坂も賛成したことで自宅でクリスマスパーティーが催されることになった数日後、優斗が登校中に提案した。
「そう、高校生だから高価なものは難しいから気持ち程度で皆に用意するってのはどうかな?」
誰よりも積極的に当日についての案を提示してくる優斗の言葉に一考する。
この際、クリスマス当日に集まることになったことは何も言うまい。
一人駄々をこねて雰囲気を害することの方が、悪影響を生み出す。
だから、自ら提案してくれていることはありがたいことではあるが、この手の集会には参加した経験はない。
いつも、気が付けば時期折々のイベントでは、様々な集まりが開催され、知らず知らずのうちに終了しているのがお決まり。
そして、自身が参加を望んでいないこともあり、知識を深めることは一切してこなかった。
だから、一般的にプレゼント交換がお決まりなのだと言われれば、頷くほかない。
「じゃあ週末にでも買いに行くか……どこに行く、商店街か?」
「いやいや、俺と行ったら意味ないでしょうが」
今週末なら何も用事が入っていなかったので、適当に優斗の案を参考にしながら俺も似たような感じで用意しようと思ったが、即答で首を横に振られる。
俺と優斗のプレゼント内容を秘密にしたところで、何か気色が悪いので別段構わないと思うのだが、彼的にはナンセンスらしい。
個人で買う他ないとすれば、身内の人間にどれを選べばいいのかを聞くか……それか当日に会わない人に聞くか。
楓に聞けばセンスの良いチョイスをしてくれるだろうし、母さんに夕食の献立を聞いて買い物がてら行けばいいかと脳内で週末の行動パターンを想像しながら、優斗の話を適当に流しながら通学路を進んだ。
そして、その日の放課後。
生徒会の活動の為に、授業が終わると生徒会室に足を運ぶ。
雫は職員室に用事があり、綺羅坂は図書室で借りていた本を返却してから訪問するとのことで一足先に生徒会室に到着すると、室内にいたのは会長一人。
「早いですね」
「本来、私は既に部外者なんだがな……授業が今日は半日だったから暇でね、ここで自習をしていた」
会長は、自習用のテキストを片手に言う。
今日は三年生は半日授業の日か……
受験が目前まで迫っている三年生は、進路関係で他学年とは違うスケジュールを過ごしている。
会長は指定校推薦で地元の大学への進学を決めているらしく、受験に向けた自習をする必要性はあまりないと前に少しだけ聞いたことがあった。
それでも、この人が勉学を疎かにするはずもなく、真面目に時間を見つけてはこうして生徒会室で黙々と自習をする姿を目にする。
自分の席に荷物を置くと、会長が何も言わずに温かいお茶を淹れてくれて、隣に椅子を持ってきて腰掛ける。
「クリスマスの一件は、何か変化はあったのかな?」
「そういえば言ってませんでしたね、一応クラスメイトの家でクリスマス会なるものを催すことになりまして……」
湯呑を手で包み、冷えた掌を温めながら告げると会長は意外そうに声を零す。
そして、微笑を浮かべると言った。
「そうか、それはいいことだ。楽しんでくるといい」
「まあ、プレゼント交換とかするらしくて何を買えばいいか分からんのですが」
休みの時間でスマホを駆使して調べてみたが、鵜呑みにしていいのか判断材料が圧倒的に不足していることもあり決め手に欠ける。
せめて、女性陣ではない優斗の購入するものを知ることが出来ればそこから共通点のあるものを買うのだが。
ボヤいてみると、会長がすぐに自分の荷物が置かれている机の場所に戻ると手帳を片手に引き返す。
その姿を湯呑片手に眺めていると、パタリと開いたはずの手帳を閉じる。
「では、今週末に私と買い物に出掛けよう、もちろん私が見て良いと思った物でよければ参考にしてくれて構わない」
というわけで、こちらが断る前に集合場所の時間と日時、目的先まで何から何まで決定してしまい断る雰囲気すら醸し出すことが出来ずに、こうして週末を迎えたのだが……
「なんで最初にパンケーキなんですかね」
一番最初に訪れたのは、以前文化祭で生徒会の出店の際に参考にしたお店に再度訪れていた。
和をテーマに豊富なパンケーキのお店で、女性の人気が高いらしい店に会長と二人きりで対面して座る。
これでは、まるでデートではないか。
何食わぬ顔でメニューに視線を落として悩む会長に尋ねると、すぐに返事は帰ってくる。
「君と二人で来てみたかったのだ、小腹も空いたところだから丁度いい」
会長は既に頼む品を決めたのか、持っていたメニューを差し出してくる。
それを断り「会長と同じもので」と答えると、近くを通りかかった店員さんに声を掛けて注文を頼む。
「今日はどこの店に行く予定ですか?」
注文の品が到着するまでの間、お冷で喉を潤しながら問う。
いくつか候補を用意していたのか、スマホの画面を見せて会長は説明を始めた。
「選択としては身に着けるもの、置物、食べるもの、どれにするかだが」
そう言って、会長が画面を操作する指を止めると、何度か見たことのある店の外観の写真を表示させる。
「個人経営の小物を取り扱うお店だ、女性ものが中心で男性が一人で入るような外観でもないから荻原もここでは選ぶまい」
「確かに……会長がいれば別に俺も入っていけますからね」
意図しない状況ではあるが、この機会を逃す手はない。
一人で入りにくいお店でも、女性の会長と一緒なら大丈夫。
人の心境とは面白いものだ。
時間の経過で、年上の女性と二人きりの状況に少しだけ心の余裕が生まれてきたこともあり、会話も普段通りにしながらも、頼んだスイーツを堪能してから会長と目的先へと向かう。
外観は確かに女性用の小物専門店といった感じで可愛らしく装飾がされ、内装も男性が近寄りがたい印象を受ける。
一人なら、絶対に来ない店の類だ。
店内の年齢層的には大学生から二十代前半くらいの人が多い印象を受けるが、扱う品の年齢層は幅広い。
女性陣のプレゼント選びなら困ることのないお店だろうが……
「……人が多くないですか?」
「そういう時期だ、女性同士はお返しが当然の風習があるからな」
「大変ですね」
特に金銭面が。
親しい間柄の人同士であれば、お返しは必然かもしれないが知り合い程度でも必須であるなら、なんとも面倒なことだろうか。
女性の付き合いは大変だと、母さんもボヤいていたこともあるから男性とは異なる付き合い方なのだろう。
会長の後に続き店内に踏み入ると、陳列棚を一つ一つ確認していく。
価格も想像していたよりか安価な方で、これなら女性三人とプラス優斗の分を買うくらいの余裕はある。
問題は何を買うかで、判断が簡単な人から選ぶ。
「優斗はこれで、宮下は……こっちのマグカップで良いか」
選んだペンギンのガラス細工の小物とかまくらをモチーフにしたマグカップを選んで会長に見せる。
チョイスした理由は、置物に関しては直感的に気に入ったから、マグカップに関しては宮下の好み自体を知らないので当たり障りのないものを選んだつもりだ。
問題はここからだ。
雫と綺羅坂に渡す品をどれにするか、店内をとりあえず一周してから考える。
「会長なら何がいいですかね……?」
まずは女性目線で選ぶならと思い、隣で同じ棚を眺める会長に聞いた。
うーん、そう悩みながら会長はいくつか品を指さす。
「二人なら君からの贈り物を身に着けられる方が喜ぶはずだ、髪飾りやヘアゴム……あとは」
一つ一つ指さして提案をしてくれる会長の言葉に耳を傾けながら、手渡す相手を想像して考える。
こういうのは気持ちが大切なのだろうから、中身を悩み過ぎてもよくはないのかもしれない。
でも、難しいものだ。
人に何かをプレゼントするなど人生の中でも数えられるほどの回数しかない。
「もう一周だけ見回してもいいですか?」
最終的には会長がチョイスしてくれたものから選ぶ形になりそうだが、最終確認がてらもう一周だけ店内を見回しておきたい。
その旨を会長に伝えると、向けられた視線と表情には興味深そうな感情が込められている気がした。
そんなにおかしなことを言っただろうか?
隣の会長に瞳を向けて反応を伺っていると、優しい声音で彼女は呟いた。
「即決即断かと思っていたのだが、二人のプレゼントだけは迷うのだな」
心境は分かりかねるが呟かれて質問に、商品を手に取る腕が止まる。
……言われてみれば、どうして二人のプレゼントだけこんなに真剣に選んでいるのだろうか。
適当に……というと語弊があるかもしれないが当たり障りのない商品で妥協して、買い物など早々に済ませて帰宅していてもおかしくない。
それが、今までも真良湊の過ごし方だったはずだ。
気が付かず、知らず知らずのうちに何かが変わりつつあるのだろうか。
抱いた疑念を会長は優しく諭すように言葉を紡ぐ。
「今はそのわずかな違和感を大切にしてほしい」
瞳を見据えて告げられた言葉には、目には見えない重みと強い願望が見え隠れしていて、今後の自分が向き合わなければならない問題を、会長が予見した上で語っているのだと頭の片隅で思ったのだった。
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