#252
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修学旅行一日目、夜。
夕食を終えた生徒達は、一日の最後の自由時間を満喫していた。
ラウンジで集まって歓談する生徒もいれば、各自の部屋で休息している人もいる。
俺は、雫からの誘いがあり一階の小ホールでシーサー作り体験に参加していた。
参加している生徒の総数は三十人程度。
一クラス分の生徒が、手を粘土で汚しながら幼心を思い出し造形に夢中になる。
自由席で反射的に室内の最後尾近くに腰掛けると、両隣に雫と綺羅坂が腰かけた。
そして、優斗は対面する席へと腰かけ、その隣には当初の予定では誘っていない生徒が座る。
「宮下さんもシーサー作り参加していたとは知らなかったな」
「せっかく無料で体験できるし、それに思い出にもなるしね」
優斗は、隣に座った宮下に言う。
宮下との話し合いを終えて部屋に戻った際、とりあえず体験教室に彼女も参加したいと告げられたと答えてある。
会話の本質ではないと優斗も分かっているだろうが、踏み込んでくることはないと分かっていたからこそ、そう伝えた。
体験教室が始まり、講師が作り方のレクチャーを饒舌に語る。
静かに耳を傾けて最低限の作り方を覚えると、自由に創作の時間が始まった。
当初は、静かな室内で黙々と作業を進めるのかと思っていたが、意外にも室内は活気に溢れていて、別段話をしていても周囲から視線を集めることはなさそうだ。
でも、まだシーサー作りは始まったばかり。
突拍子もなく変な話を持ち出すタイミングではないので、五人とも手元の粘土に手を付ける。
……シーサーね。
サンプルの資料として、各テーブルには様々なシーサーが写る紙が置かれているが、どれも共通点だけあるが形は違う。
雲のような、あるいはライオンのような鬣と鋭い牙。
しかし、瞳は可愛らしいものもあれば、由緒ある銅像のように仰々しいものもある。
要は、個性で作成していいということだろう。
それから30分ほど経過したころだろうか。
とりあえず、自分が想像している四足歩行の動物を形作っていると、両隣から視線が集まる。
雫は資料の一番上に大きく写されたサンプルをそのまま取り出したような完成度だ。
形は犬がお座りをするポーズで、瞳の場所や角度なども正面から見て綺麗に全体が写るように計算されている。
対する綺羅坂は、資料とは全く似通っていない。
しかし、前足を上げて大地を駆けるような躍動感、そして怖いくらいの強い瞳で講師も何も口出しできないであろう完成度だ。
この二人の作り方は、性格の表れだ。
完璧な模倣と、完璧に個性。
そんな二人に挟まれるとか、どういう拷問ですかねこれは。
気まずく、そして同時に自分の作成するシーサーの精度の低さが恥ずかしい。
……心を無にしなければ。
二人は満足できる作品が出来たのか、手を止めてこちらの作業工程を眺めている。
「柴犬ですか?」
「フォルム的には子犬、それか豆柴かしら?」
「……シーサーだよ、まだ完成してないから君達は少し待っててもらえる?」
作業速度が違うのだから、二人が手持ち無沙汰になるのは致し方ないことだが、勝手に品評会を始めてもらっては困りますね。
というか、柴犬ではない。
必死に鬣を絶賛パーツ製作中なので、完成を心待ちにしてもらいたい。
やはり、男の子だから一体型よりもパーツのドッキングの方が心躍る。
まあ、本音を言えば一体型よりも細分化した方が簡単に部分を作成できるからだけど。
二人の思いがけない言葉に、目の前の優斗と宮下も笑みを零す。
室内の賑わいも相まって、会話のタイミングとしても悪くはない。
作業を進める自分の手を止めることなく、上目遣いの要領で視線を対面へと向ける。
優斗も8割くらいはシーサーは完成しつつある。
その作品は、完全にライオンみたいになっているが、誤差だ誤差。
宮下も細部の修正に取り掛かっており、同じ机に腰掛けるメンバー全員の集中力もだいぶ緩いものへと変わっている。
「優斗」
「ん?」
呼びかけ、手元に向いていた彼の視線が上げる。
俺は粘土をコネコネしている手を止めることなく、思考だけを最大限にフル稼働させた。
優斗の隣に座る宮下の肩が震えたのは、俺がこの小ホールに集まる前に彼女に伝えた提案が理由だろう。
『優斗に本気で向き合ってもらいたいなら、最初に心境を伝えておいた方がいい』
宮下本人からすれば、時期尚早であり承諾しかねない提案だ。
これから、荻原優斗の視線を引き付けるところを、その前に好意的であること打ち明けるのは理解し難いかもしれない。
でも、その方が有効的な場合もある。
お人好し過ぎるから、周囲から掛けられる言葉を鵜呑みにしてしまいやすい優斗には、最初から『あなたに好意的です』と伝えていた方が、周りのような友達対応はされにくい。
そう伝えると、宮下も渋々納得はしたように見えた。
お人好しという点に関しては、彼女も心当たりがあるらしい。
「宮下、お前に興味あるらしいぞ……」
「はい?」
形作っていた最後の鬣の部分を作り上げると、首周りに張り付ける要領で一体化させる。
ようやく、シーサーらしい形で佇む自作に少しばかりの達成感が沸き上がる。
流石は湊君だ、可もなく不可もなく。
ごくごく普通の特筆すべき点もないシーサーらしき生き物が作り出された。
「え、急にどうしたんだよ湊……宮下さんも―――」
「……俺の心配をしてくれるのは有難迷惑だが、自分の周囲も少しは目を配ってあげろ」
俺にしては、なんて柄にもないセリフを口にしたことだろうか。
証拠に、雫なんて目を細めて何かを勘繰っているように見える。
綺羅坂に至っては、心底興味がないのか俺のシーサー君一号と自分の作品を隣り合わせに並べてスマホで写真を撮影していた。
一息零すと、改めて隣り合わせで座る優斗と宮下に瞳を向ける。
二人は互いに顔を見合わせて、優斗は気まずそうに、そして宮下は恥ずかしそうに赤面していた。
「どういう風の吹き回しですか?」
「……別に」
隣でこそりと耳元に語り掛けてきた雫に、小さな声で短く返す。
俺が優斗に好意的な女子生徒の助力をしたことがないのを彼女は知っているので、どこか怪しんでいる声音だ。
「彼女が本気なのか、冗談交じりなのか俺には分からん……お前が判断してくれ」
一切の冗談もなく、真剣な表情と声音で優斗に向けて言い放った。
人の心を完全に見透かすなんて、人間である以上は不可能だ。
ファンタジーの世界のように魔法があれば話は別だが……
宮下も、想像していた助力とは違うだろうが、それは勘弁してもらう他ない。
後悔するとしたら、頼む相手を間違えたと自分自身にも言い聞かせてほしい。
俺にはこのようなやり方しかできない。
正攻法が嫌いなもので……
「さて……疲れた、寝る」
一号君が乗ったプレートを両手に掴み作業台から離れると、完成した作品を置く棚にそっと並べる。
乾燥して、郵送が可能になったら自宅に送られてくる予定になっている。
彼には我が家の守り神になってもらうことにしよう。
週七日勤務のブラック企業だからよろしく頼む。
心の中でそう念じてから、振り返り最後に一言だけこの修学旅行が分岐点へとなるであろう二人へと声を掛ける。
「っスー……お休み」
「絶対に言うことが思い浮かばなかったわね」
「うるさい」
よくよく考えたら、俺から二人に掛ける言葉とか全然なかったわ。
青春系学生ライフを真っ当に楽しんでこなかった弊害がここで現れるとは、予想外です。
とりあえずは、ホテルの部屋に戻って優斗に小言を言われる前に寝ることにしよう。
あいつの小言、長いから。




