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平凡な俺と非凡な彼ら   作者: 灰原 悠
第三十話 開幕

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#237



 生徒達が互いの生徒会を称え歓談している中、両校の生徒会長だけは言葉を交わすことなく視線だけを交差させていた。


 結果を見れば、桜ノ丘学園側の勝利となる。

 個人的な意見ではなく、投票の結果の勝敗だ、文句は誰も言えまい。


 そもそも、瀬良以外からすればこの勝負は文化祭を盛り上げる一環であり、コミュニケーションの場だ。

 今回の単発企画で終わらぬように繋がりを作っておければそれでいいのだ。


 学校行事、そして携わる生徒は後に続く道標を築いておくことが本懐なのかもしれない。


 だが、瀬良は少し違う。

 彼女も今述べた後輩たちの道標として歩んでいることは間違いない。

そうでなければ、彼女に人望は集まらない。


しかし、同じくらいに柊茜という一生徒に勝つことにこだわり、学校の行事も最大限で活用して勝負に臨んでいる。

 周りとは取り組み方に違いがある。

 

 一悶着あったとしても、何ら不思議ではない。

 まあ、そこまで子供じみた行動をするような人には見えないから、少し離れたところから二人の様子を見守っていた。

 

 どちらが先に口を開くのか、それだけを考えていると瀬良の様子が変わり始める。

 視線を下に落とし、肩を震わせ、拳を強く握りしめる。


 その光景に、脳裏には悪い映像が再生される。

 身を乗り出して、握った拳を振り上げるのではないか……そんな考えも瀬良が顔を上げた途端に杞憂に終わることになった。


「負けたぁああああああ!」


「……」


 眼鏡を放り投げ、堅苦しい雰囲気は一瞬で消え去ると、女の子座りで汚れることなど一ミリも考えていない様子で地面へとへたり込む。

 握った拳を自分の太ももに何度も打ち当てて、目尻には大きな涙を溜めていた。


 俺や雫たちは勿論のこと、会長も瀬良の急変には目を見開いて立ち尽くしていた。


「会長、子供みたいに泣かないでください」


「もうちょっと、あとちょっとだけ時間を伸ばして!」


「ダメです、ルールは守りましょう」


 瀬良の傍らに寄り添う生徒は、準備の段階から頻繁に見かけていた女子生徒だ。

 副会長だった気がする。


 瀬良の急変にも慣れた様子で、まるで姉のように対応している姿から察するに、この手の状況は副会長の彼女にとっては日常茶飯事なのだろう。


 最も信頼して、近しい存在を傍らに控えさせているのだから、瀬良も心強かろう。

 しかし、「嫌嫌っ!」と、小学生でも言わないであろう駄々をこねて、座り込んだままの瀬良に、会長は苦笑を零す。


「何もこれが最後ではないだろう……同じ地区同士なのだから、これからも切磋琢磨してもらえると嬉しい」


「……」


 会長の言葉に、瀬良はジト目を向けて黙り込む。

 優しく手を差し伸べる姿は、まるでどこかの絵画に出てきそうな光景である。

 

 ……これは、本当に高校の文化祭なのでしょうか。

 にわかには信じがたい光景が目の前に広がっていることに衝撃だ。


 聖母のように優しい女性が、幼き子供に手を差し伸べる。

 火野の一眼カメラはこの時の為にあるのではないだろうか。


 フォトジェニックでナイスネイチャ―的なあれだ。

 言葉の意味、正直よく分からないまま並べているのだが……


 というか、なんでカタカナの言葉を並べたがるのでしょうかね、大学生のカメラ趣味の人って。


 今度、火野君にでも聞いてみようかなと思いながら、微笑ましい目の前の光景を眺める。


「でも、あなたと勝負できるのはこれが最後です……」


 瀬良自身、これが最後のチャンスであると前にも告げていた。

 互いに高校三年生、進学でこの先で関わる可能性は薄い。


 友達の友達は他人という言葉があるが、正直友達という言葉も曖昧だと思う時がある。

 学校を卒業して、大半の人間とは関わることがなく人生を終える。

 友達と言っていたA君もB君も卒業後は会うことはない……なんて話はざらに聞く。


 学校卒業した後も会う人間は、それこそ親友と呼べる人間だけなのではないだろうか。

 つまり、友達とは一体どんな関係性なのだろうか。


 雫や優斗を囲みお友達と言っている生徒達よりも、目の前で大して交友もないのに相手を意識して常に目標に掲げ追い求める、その姿の方が友情に似た何かを感じてしまうのは俺だけなのだろうか。


 瀬良の小さな呟きに、意外そうな表情を浮かべて会長は口元を緩ませる。

 僅かに溜息にも似たものを零すと、首を横に振る。


「別に最後でもないさ、私も大学は自宅から通える場所にするつもりだ……この先も君が関わろうとしてくれる限り、私は応じるよ」


「え……?」


 瀬良だけではない。

 驚嘆の声を零したのは、小泉も三浦も、近くにいた両校の生徒達も同様だった。


 田舎に近い町の小さな場所だとしても、歴代で一番の天才であると称される生徒が、大学までも田舎から離れないと誰が想像しただろうか。


 誇張なく、彼女は全国の有名大学に進学できるだけの能力は十二分に有している。

 可能性の塊だ。


 教員たちも心の奥では卒業生から有名大学への進学者が出ることを願っているだろう。

 三年にもなれば、進学先として提示されているはずだ。


 しかし、会長はこの町を選んだ。

 そのことに、多くの生徒が驚愕して声を漏らす。


「私はこの町が好きでね……将来もこの町に携わる仕事がしたい」


 瀬良から視線を上げて、周りを見渡すように顔を上げると、こちらを見据える。

 将来の話は聞いたことがなかった。


 研究者とか経営者とかになっているだろうなとは思っていたが、田舎町に携わりたいだなんてやはりこの人は変わり者だ。


「ともかく、これが最後ではない。 挑みたいときにまた勝負を持ち掛けてくればいい」


 背筋を伸ばし、自信に満ち溢れたまさに王者の貫禄さながらに告げる姿に、多くの生徒が魅了され視線を集める。


 思わず瀬良も目尻に溜めていた涙を堪えることができずに、副会長に抱き着く。

 頭をなでて、あやすように副会長の女生徒は苦笑して会長に小さく一礼をする。


 頷き返して、踵を返すと会長は俺達の前に戻り言った。


「さて、私達も本来の役目に戻るとしよう。 各々予定の場所で運営の協力に戻ってくれ」


 その一言で、小泉達は文化祭を楽しむ一生徒から運営に戻る。

 散り散りに去っていく生徒たちに続き、俺も校内巡回の役割を務めようと歩みを進めると、後ろから声を掛けられる。


「湊君、閉会式の後の後夜祭は参加しますか?」


 雫の隣には綺羅坂と会長が佇み、問うてきた。

 後夜祭か……正直参加するつもりはない。


 後夜祭に関しては個人参加で、あまりものを持参してワイワイ騒ぐだけだ。

 陽キャのメインステージはここにあり。


 陰の生徒は多くが帰宅してしまう。

 打ち上げに呼ばれない生徒にとっては苦痛の時間でしかない。

 

 当然、俺も参加しないが声を掛けてくる以上は彼女達は参加するつもりなのだろう。


「いや、参加しない」


「そうですか……なら、少しだけ時間をいただけますか?」


 彼女が視線を向けた先は、俺が退屈な時間を過ごすときに愛用していた屋上に向けられる。

 そこに来てほしい、そう訴えかけているようだった。

 綺羅坂も、会長も同席するのか言葉を発することはなく答えを待っているようだ。


「……終わったら向かう」


「ありがとうございます!」


 短く返事をすると、表情を華のように輝かせて喜ぶ幼馴染の姿に思わず溜息が零れる。

 綺羅坂も安堵したのか肩を落とすと、すぐに違う方向へと歩みを進めて立ち去ってしまう。


 その後ろに続くように雫が駆けて去ると、場に残ったのが俺と会長だけになってしまった。


「真良は巡回だったな、私も一緒に回るとしよう」


「……」


「嫌そうな顔をするな、ほら行くぞ」


 いや、嫌ですけど。

 めちゃくちゃ目立つじゃないですか、というか巡回という名のサボりが出来なくなってしまう。

 

 しかし、補佐という立場上、会長に従うほかない。

 これが従事関係というやつなのか……社会人になりたくない。


 茶色の長髪を靡かせて、先を歩く先輩の後を追って人混みの中を進むのだった。



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