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平凡な俺と非凡な彼ら   作者: 灰原 悠
第三十話 開幕

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#236

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 商店街から再びバスに乗り、桜ノ丘学園に戻るまでの道中、俺達は言葉を交わすことはなかった。

 気まずいとか、そういう理由ではなく互いに考えていたのだ。

 交わした言葉の意味を、答えを。


 だが、答えが出る前にバスは学園の駐車場へと停車して、同乗していた人達が一斉に正門へと向かい歩きだす。


 最後尾で、彼らの背を追いながら俺達も正門を潜ると、出た時と大差ない……下手すれば増加している来場者の姿があった。


 私服姿の高校生らしき人や制服の中学生、それに保護者や親族だけでなく商店街を庇護おから利用している老若男女の集団が目の前に広がっていた。


 実行委員会のテントの前には列が並び、念にはと例年より倍以上は印刷してあったパンフレットの山も今は数が少なくなっていた。


 中からだと正確には把握しきれていなかった全貌が外に出て戻ってきたことで鮮明に分かった。


 合同開催と商店街も加わることの集客力は確かに町興しの一環になっているのかもしれない。


 そんな考えを抱きながら雫と肩を並べて生徒会のテントへと向かう。

 二つの生徒会のテントが並び設置され、同じくらいの人数が並ぶスイーツの出店の前には妹が変わらず接客に勤しんでいた。


 戻ってきたことを告げるために視線に入る位置まで移動してから手を上げると、輝く笑みを浮かべて微笑んだ。


 その際に、案内をしていた男子生徒が頬を赤く染めていたがお前ではない、俺に向けられた笑みなのだぞ……なんてくだらない睨みと嫉妬を感じたのは黙っておこう。


 パンケーキを販売している我らが生徒会では男子生徒が受付会計、そして女性陣がケーキを焼き上げる役割で動いているのは変わりない。

 しかし、些か男性陣の表情が芳しくない気がした。


「悪いな……戻った」


「おかえり、僕達も休憩は取れたから気にしないで」


 小泉が微笑んで返す。

 しかし、元気というか自信がないというか、違和感がある。


 その感情に疑問を感じながらも席に腰を下ろすと、理由がなんとなくだが分かってしまった。


「買い出しは調理室にいる教員を同伴して行くように、それとマイクを二年五組の生徒に戻してくれ……火野、三番の商品を出す」


「あ、はいっすっ!」


 俺が休憩に出ていくまでは女性陣が歓談しながら楽し気に調理を行っていたはずだったが、振り返ってみると会長は無線機を耳に押し当てて、片手で調理を片手でトッピングや皿の用意をいとも簡単にこなしていた。


 人間、三つの作業を同時に行うことができるんですね。

 マルチタスクは分散される分、作業が疎かになるかミス、ないしは停滞してしまうものなのだが……


 三浦も会長が忙しいから一人で会計処理と調理の手伝いをこなして、俺より先に戻っていた綺羅坂は黙々と数人分の作業力を一人で処理していた。


「……何この状況」


「実行委員が想定していた以上に来場数が減ることなくて……会長への救援要請が止まらないんだ」


 ……だが、俺達が休憩に行っていたから会長も出払うことは出来ない。

 だから、この状況が続いていたのか。


 それに、男性陣は料理が下手ときた。

 小泉は多少は自炊ができるが、俺と火野君に関してはお察しだ。

 

 だから、こうして目の前のお客の接客と女性陣のフォローしかできなくて自信喪失小泉君になっていたわけか。


 なるほど、納得。


「白石さんも何件も呼び出しがあったみたいで、本部から出払っているから会長に不在の間の指示を頼みたいって……白石さんが自分から言いに来たんだ」


 小泉が意外そうに呟くと、隣で火野君も賛同するように頷いた。

 確かに、二人からすれば白石が自ら頭を下げて頼むことは想像が難しいのかもしれない。


 数刻前の一件があいつにも考え方を柔軟にする理由になったのであれば良い進展だろう。

 

 言い方が悪いかもしれないが、実行委員会のメンバーは多くいる。

 だが、その中でも指揮系統を任せられるのは数少ない。


 白石を除いては会長を筆頭に優斗、雫、それに小泉くらいだろう。

 生徒会は桔梗女学院と出店を同時に出店している間は動くことは出来ないと了承は得ている。


 それもあと一時間程度の話だ。

 生徒会が予定している短い時間での出店時間が終われば、すぐに裏方の仕事に戻ることになる。


 白石が本部から離れなくてはならない状況なら、会長が代役を務めるのは自然だ。

 だが、この状況がどれくらい続いているのかは分からない。


「ちなみに今は何件目くらいの問題だ?」


 俺が二人に問うと、互いに顔を見合わせて苦笑を浮かべる。

 自然と、俺が想像しているよりも数が大きいことはなんとなく察した。


「十四件目、神崎さんと休憩に行っている間は基本的にあんな感じだよ」


 凄いよね、最後にそう付け足して小泉は感嘆の息を零した。

 自分には到底できないと言わんばかりの息だ。


 まあ、普通に考えて無理だな。

 右手で返しを持って、左手で注文の確認とトッピングをこなす。


 そして頭では次々と振って出てくる問題の解決案を提示する。

 これが桜ノ丘学園の三種の神器ですか。


 でも、雫がエプロンを身に着けて調理場へ戻ったことで会長の右手が止まった。

 雫と視線でやり取りをして、会長は無線機だけに専念することができた。


「三浦さんはトッピングと会計をお願いします、ここは私と彼女で大丈夫ですので」


「ありがとう、お願い」


 三浦が安堵の息を零して返しを雫に手渡す。

 会長もテントの後方へと下がり、代わりに三浦が会長がいた場所へと移動して俺達との中継役となる。


 雫は綺羅坂と隣り合わせで淡々と注文を捌いていくが、二人の間に会話は一切生まれることはなかった。


 表情は完全に無表情。

 小泉もその状況に静かに声を潜めて問うてきた。


「何かあったの?」


「……」


 小泉の問いに、少しの沈黙が続く。

 雫に関しては考えるまでもなく、先ほどまでの会話だろう。


 体を動かしながらの方が彼女にも、俺にもマイナスな思考に陥らなくて済むから好都合ではある。


 しかし、綺羅坂に関しては判断が難しい。

 そもそも、俺と休憩に行った際に唐突に帰ってしまったことから謎なのだ。


 俺自身が理由も分からない状況では説明のしようがない。


「なあ……綺羅坂」


「立たないで、声を掛けないで、話しかけないで」


「……」


 綺羅坂流、拒絶のフルコースをいただきました。

 上げようとした腰をすぐに下ろして、声は喉の奥から押し込めるように遮り、振り返って体は反転させて正面を向ける。


 名前を呼んだ瞬間に、小学生なら泣いて逃げる鋭く冷たい眼光を浴びて、身の危険を感じたまである。


 小泉には悪いが、触らぬ神に祟りなしだ。

 今の彼女に触れることはよしておこう。


 二人も同意見なのか、背筋を伸ばして横目でこちらを見ているが首だけは横に振っていた。


 ……分かる、怖いよね。

 雫も無表情だし……分かっていることは俺が悪いってことだけだ。




 ほどなくして、出店の前に並ぶ来客たちに向けて大きな声を先に発したのは俺達桜ノ丘学園の生徒会だった。


「完売です!」


 テントから一人出て、来場者たちにそう告げた会長は大きな拍手に包まれた。

 頭に巻いていた三角巾を外して、優雅に礼をすると俺達に手招きをした。


 促されるように全員がテントの前に並んで整列する。


「ありがとうございました」


 会長の一言にあわせて、一礼するとさらに大きな拍手に包まれる。

 視線を上げると、楓も目の前に移動して自分のことのように嬉しそうな微笑を浮かべて手を叩く。


 普段、人から拍手されるようなことをしていない俺は、どこか関西人風に「ええな……これ」なんて思ったものだ。


 ……大半の視線や拍手のもとは美少女達へのものは、何より男性陣が自覚していた。

 

 


「クレープも完売しました!」


 後に続くように楓が大きな声を発したのは約五分後のことだった。

 同様に女学院側へも惜しみない拍手が送られ、互いの生徒会同士が称え合う光景が広がる。


 だが、それもすぐに真剣な表情へと変わり互いのテントの前に生徒会役員達が集まる。


 両生徒会の最後の商品を購入した幼い兄妹が、各々好きだと感じた方へとシールを貼る姿を微笑ましく眺めながら、結果を見届ける。


 歴然とした差はなく、僅差ではあるものの桜ノ丘学園の生徒会への票が上回っていたことに、周囲に集まった本校生徒たちは喜びの歓声を上げた。


周囲の盛り上がりとは裏腹に、両生徒会長は静かに視線を交わらせた。




けっかはっぴょーう!

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