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平凡な俺と非凡な彼ら   作者: 灰原 悠
第三十話 開幕

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250/355

#235

 


 商店街や学校とは反対にある、文化祭に無関係の道を進む。

 昔、兄妹と雫の三人で通っていた小学校を通り過ぎ、最近になって整備された細い通路を並び歩く。


 着いたのは、変哲もない石橋。

 古く、歪な石畳で作られた橋に刻まれた文字は風化して読むことは難しい。


 どの町にでも広がっている一風景に過ぎない。

 きっと、今頃の高校生ならSNS映えを意識して、格好よく、そして幻想的な写真撮影を行うかもしれないが、ただの橋である。


 もう一度伝えておこう、ただの橋である。

 風情も何もない、小学生たちが学校帰りに水遊びでもしそうな小さな川と橋だが、俺と雫には違う景色として映っていた。


「ここ、覚えてるか?」


 橋の前で立ち止まり、雫に言葉を投げかけた。

 彼女も久方ぶりに訪れたのか、周囲を眺めて懐かしむように声を発する。


「懐かしい……楓ちゃんが昔ここから落ちてずぶ濡れになりましたよね」


 数年前の記憶だが、雫は鮮明に覚えているのか当時の状況を思い出し苦笑を浮かべて言った。


 記憶が正しければ、川を泳ぐ鯉を見るために前のめりになった時に誤って落ちてしまった気がする。


 俺と雫が楓の体の心配をしている状況に対して、楓は教材が濡れてしまったことを心配していたのが印象的だった。


 そんな、誰にでもあるような少し恥ずかしい記憶を思い出し、そして関係のない場所になぜ自分は連れてこられたのだろうと言いたげな表情を雫は浮かべていた。



 彼女の悩みを解消することができず、共感することができず、肩代わりすることができない。

 完璧な相互理解は不可能なのだ。

 

 だが、人は理解を求めてしまう。

 無理なのに、不可能だと心のどこかで分かっているのに、世界の中心に自分を据えて物事を考えてしまうのだ。

 

 俺も、雫も、そして彼女に期待を寄せる人たちも。


「雫が俺に答え求めるのは、自分を一番理解しているのが俺だと思っているからか?」


「……そうです、私を一番知っていて何より私とは全く違うから」


 雫は川の水面を覗き込んだ態勢のまま、反射して映る俺の瞳を見つめる。

 なぜ、彼女はそこまで俺を過大評価するのだろうか。


 以前までの俺なら、何を言われたとしても、どんな評価を受けたとしても別段どうでもよかった。

 いや、今でも俺だけの感情で言うならば気にしていない。


 他者から見た評価というのが、現代では正しい評価だからだ。

 自己評価は高すぎるか、それとも低すぎるかの二択が多い。


 自分でも曖昧な評価基準を設けるよりも、他人から評価された方が個人的には信頼性は高いと思っているから。


 それでも、今までにない感情は芽生えていた。

 自分へのマイナスな評価が付き合いのある人間に悪影響を及ぼさないようにしなくてはという考えだ。


 現状、俺と関わりのある生徒は少ない。

 雫や綺羅坂、優斗を除いては生徒会しかないと言っても過言ではない。


 昔からの付き合いだから周囲からは納得されているが、人の印象なんて簡単に変わってしまう。

 それこそ天から地まで一瞬で落ちることもある。

 自分自身であれば仕方のないことだと思えるが、彼らをそのような状況にすることだけは避けなくてはならないと思い始めたのだ。


 これも、一種の感情の変化なのだろう。

 さすが俺、思いやりの男。

 ……というか、この手の配慮ってのは集団生活していくのであれば身について当然というのは言ってはならない。


 なぜなら、集団に属していなかったから。

 あまりに一人過ぎて、ボッチ党という政党を立ち上げてしまうところだった。


 冗談は程々に雫が商店街にいた時に問うてきた言葉を思い出す。

 『私は……皆さんにために、湊君のためにはどうすればいいのでしょうか?』


 ……雫の問い自体、彼女の性格を表している。

 優しすぎるのだ、自分ではなく他者を中心とした考え方をしているのが、かえって自分自身を苦しめる結果となっている。



 伝えるべきことは分かっている。

 だから、順を追って言葉を紡ぐことにした。


「まず、俺だからお前を一番理解しているってわけじゃない……」


 真っ向から、雫の言葉を否定した。

 肩を震わせて、背中からも雫の表情が暗くなったのが何となくだが分かった。


「共有した時間の問題だ……誰よりも長く時間を共にしているから分かるってだけ……俺が凄いわけでも、周りが悪いわけでもない」


 仕草や癖、無意識に彼女が表面に出している動作の一つ一つが昔からの習慣だからこそ、俺でも気が付いたこともある。


 ここへ連れてきたのも、多くの時間を共有してきたことを伝えるためだ。

 ごく普通の風景でも、時間を積み重ねた二人だからこその記憶がある。


 周囲の生徒より時間というアドバンテージを得ているから気が付いたこともある。

 もし、他人と同じ時間しか雫と過ごしていなければ気が付かなかったはずだ。


 だから、彼女が俺だから自分の求める答えを持っているという考え方は間違っている。

 俺でなくても、気が付くことは出来るのだ。


 だが、それこそが難しいことも重々理解していた。

 

「人気者か……得たものが多い人も大変だな」


 授かった才や容姿だからこそ、悩ましい問題もある。

 純粋に親しくなりたい、心を通わせたいと近づく人間ばかりではない。


 そこには欲があり、虚偽があり、何故か周りが勝手に競いだす。

 我先にと望まぬ交友を求めてくる。


 周りが勝手に始めて盛り上がっているなど、本人からすれば迷惑以外の何物でもない。

 それに依然として気が付かないのは、生徒達の幼さ故か、当たり前という認識でもあるのか。


 事実、雫は悩んでいるのだから、問題解決の為に何かしら行動を起こす必要はあるのだろう。


「……どこまで捨てられるか、それしか俺には言えない」


「……捨てる?」


「そう、時間や交友、学問や自己研鑽……挙げてしまえばキリがないが今の雫が最優先すべきこと以外をどこまで捨てることができるかなんじゃないのか」


 石橋の手摺に腰を下ろして告げた。

 雫も静かに頷いて耳を傾けていた。


 何かを得る代わりに何かを捨てるのは当然だ。

 社会に出ればお金を対価に何かを得ることも多いだろう。


 だが、俺たちは学生だ。

 金銭では無いもので取捨選択をしなくてはならない。


 雫が求めるものに本当に必要なものを残して、あとは現状よりも優先度が低くなるのは致し方ないこと。


 全てに同等の扱いをするのは簡単だが、維持するのは難しい。

 荻原優斗で例えれば、周りの為に自分の意思を捨てている。

 優しい王子様のような存在になるためには、自分よりも周りが大切だと判断したのだろう。


 そして綺羅坂怜は他者との関りを捨てている。

 自分が興味のあるものだけに時間や能力を割いている。


 なら、柊茜はどうだろうか。

 あの人だけが俺には分からない。


 あの人だけが全てを同等に扱っているのかもしれない。

 だが、裏を返せばあの人はそれだけ優先すべきことがないのだろう。


 だから、今回は参考にすべきではない。

 雫が本当に優先したいことは何か、そしてそのためには何を捨てることができるのか。


「俺には学業と交友関係を同等にこなすことは出来ない……生徒会に入ってお前達との時間が減ったのは目に見えている」


 それが俺の選択した答え。

 俺にとって、唯一の関りがあった雫達との時間を減らして生徒会を選んだ。


 当時の俺が最もすべき最優先が選挙に勝ち生徒会として働くことだったからだ。

 後悔はしていない、したところで意味はない。


 時間は戻ることはなく、戻ることを考えて妄想をしたところで現実は変わらない。


「皆が望む姫様を貫くのか、それとも自分の心情を優先するのか……選ぶのはお前だ」


 そう言って、隣に視線を動かす。

 ちょうど隣に腰かけてきた雫と視線が交わる。


 川の水が流れる音に木々の葉が擦れ合う音。

 自然豊かなBGMが広がる。


 いつもなら、どちらからか視線を外すが今回は見つめ合う形で停滞していた。

 向けられた瞳が、休憩に入った時のような答えを求めるものへと変わるのが見て取れた。


「湊君は――」


「これは……雫の選択だ。 人に答えを求めたら意味がない」


 きっと、ここで俺の意見を聞いてしまったら後悔することになる。

 あの時、違う選択を選んでいたらと。


 そもそも、俺に相談をするべきではなかったと思う可能性すらある。

 しかし、これだけは自分自身で選択をしなくてはならない。


 ……そして、俺自身もそろそろ選択をしなくてはならない。

 彼女に言う言葉でありながらも、自分自身への戒めでもある。


「私は……」


 葛藤して喉の奥から声を発しようとしているのを遮るように、俺は腰を上げた。

 雫も視線を上げて、こちらを見る。


「……休憩もそろそろ終わりだ、戻ろう」


「はい……」


 答えを出すのは今すぐではなくても大丈夫だ。

 帰路で、残りの文化祭を過ごして、自分なりの回答を選択すればいい。

 心なしか、この場所へ着いた時よりも真剣な面持ちの雫を連れて後半戦の文化祭へと戻るのだった。



ぶんかさーい

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[良い点] 面白いです。頑張って下さい。
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