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平凡な俺と非凡な彼ら   作者: 灰原 悠
第三十話 開幕

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249/355

#234



「俺の為にと聞いたところで何が変わる?」


 俯き弱々しい声音で問うてきた雫に対して、冷たくあしらうように告げた。

 隣で僅かに肩が震えて、俯く姿勢は段々と小さいものになる。


 彼女が投げかけてほしい言葉はもっと優しく、寄り添う言葉なのだろう。

 思いつめる心境を打破するきっかけ、あるいは答えとなる言葉を。


 だが、その言葉を与えることは俺にはできない。

 

 何故か、簡単なことだ。

 彼女の立場を、雫を中心となり形成された複雑な人間関係を俺は知らないからだ。


 客観的な意味では、彼女が日頃どれほど生徒から注目されているのかは分かる。

 しかし、当の本人ではない限り、心境は如何せん理解できない。


 知る限り、彼女の心境に理解を示せるのは荻原優斗だけだ。

 綺羅坂でも難しい。


 綺羅坂は人気者でありながらも、個としての人間関係を完成させている。

 他者を跳ね除ける姿勢を頑なに誇示してきたから、周囲がそれを当たり前と思っている。



 荻原優斗ならば違う。

 極論、言うならば男版の神崎雫と言える。


 同列であるからこそ、理解し合えるのだ。

 だが、俺にはそれが出来ない。


「周りの視線は気にしないで過ごすと決した心はもうブレたのか……」


「……違います」


 声は小さくても、俺の挑発にも似た問いを雫は否定した。

 だが、迷いが感じられたのも事実だ。


 

 一度決意したことを簡単に覆るような意志の弱い少女ではないと長年の付き合いで知っていながらも、何が惑わせるのかを考える。

 彼女が徐々に上げた視線の先には桜ノ丘学園の制服で身を包む男女が並び立つ。


 

「私は……あの人たちのように周囲から見られたい」


「……」


 言葉の意味を、そのまま捉えるのであればカップルとして見られたいということだろうか。

 視線の先の男女は手を繋ぎ仲睦まじい。


 だとすれば、彼女の好意に答えられない俺にも責任はあるし、おっちゃんのデートという一言が投げかけられて感情が沸き上がったのだと考えれば納得ができた。


 気まずい空気が二人の間で広がっていると、雫が言葉を紡ぐ。


「今、周りから私たちはどう見られているのでしょうか……」


「月とスッポン」


 雫からの問いに間髪入れずに答える。

 俺がどのように答えるか予想は出来ていたのか、雫は苦笑を浮かべた。


 それでも否定的な言葉を挟むことはない。

 答えてほしい内容と近しいものがあるのだろうか。


 隣の反応を窺っていると、悲しそうな瞳と視線が交差する。


「では、何をはかりに判断しているのでしょうか? ……少なくとも私は湊君が劣っているとは思えません」


「容姿も能力も……全て劣っているのは自覚している。間違った見解でもないだろう」



 数多と俺自身が劣等感を感じてきているのだから、周囲が雫が優れていて俺が劣っていると判断しているのは間違いではない。

 正直、今更と思うまである。


 しかし、雫には俺の言葉が納得できないのか頷くことはない。

 横に振られた頭は再び俺の座る方向へと向けられる。


「目の前に広がる現実を、現状がどうして作られているのかを皆さんは知らなすぎる」


 そう呟いて視線を前に向けると、矢継ぎ早に雫は語る。


「否定をしても謙遜と捉われ、事実を伝えても納得してもらえないまま事実とは違う話だけが散らばっていく」



 膝の上に置かれた両手は重なり強く握られる。

 ほのかに赤みが帯びて、声音も強いものへと変わる。


 だが、最後には力が抜けて答えを求める瞳だけが向けられた。


「人気者とは一体なんなのでしょうか?……私達はただ自分の好きな人達と普通に過ごしていたいだけなのに」


 その言葉を最後に、雫は口を閉ざす。

 吐露した心境に対して俺の反応を待っているように見える。


 交わる視線を一度外して商店街の通りを見据える。


 静かに暮らしたい、それは俺にも共感ができる。

 ただ静かに、穏やかに日々を過ごしたいと常日頃から考えていた。


 それこそ、二年に進級して間もないころは一番強く願ったものだ。


 

「見たいものをみて、聞きたいことを聞く……自分達の理想を押し付けられるのが人気者なんじゃないか……俺には理想を他人に押し付ける気持ちは分からないがな」


 深く腰掛けて、ため息交じりで告げた。

 他人の価値観や考え方を論じることは時間の無駄だ。


 それこそ、自分とは関係のない人間であればなおのことだ。

 住む世界が違う、それは立場という意味ではなく純粋に自分とは関係のない世界で生きている人間だ。


 彼女を囲む人間がいう言葉に対して、雫が責任感を抱える必要はない。

 幻想を抱いて、勝手に失望して、そんな奴ほど次の理想を求める相手を見つけるのだ。


「似たような話を先日も言われたよ……評価のされにくい人間がいるってな」


 あくまで他人事のように、静かに口を開く。

 雫もただ静かに耳を傾ける。


 人を説得させる言葉は苦手なのだが、それでも少ない脳内ディクショナリーを開いて言葉を選ぶ。


「集団で過ごすということは、成功も集団のものだ……評価されるのもそのトップであり、個人への評価をされにくい」


「それでも生徒会と白石さんを繋いだのは湊君です。私達が実行委員に加入したのも、桔梗女学院と合同で開催できたのも、バスを用意したのも湊君が掴み取った功績なのに……」


 珍しく、俺の意見に否定的な言葉を雫は言った。

 前のめりで語尾は強く、少し興奮気味だ。


「評価されることを求める人間なら、そもそも補佐の仕事なんてしない……俺が他人からの評価を求めていないのは一番お前が知っているはずだ」


 そんな雫を鎮めるように、最後に一言付けたして伝えた。

 彼女は知っている、俺が表に出ることを苦手とする人間であることを。


 俺が白石を実行委員長へ推したのも、雫達を実行委員会へ加入することを願ったのも、バスの手配を頼んだのも結局は面倒事が起きることなく日常を過ごすための最善策と思ったからだ。

 評価をされたくて行動を起こしたのではない。



 功績と呼ばれるだけの結果を残せたのも、生徒会の下地があったからだ。

 それこそ、柊茜の存在があったからこそ生徒会の問題はトラブルがなく運ぶことができた。


 

 俺一人では実現が不可能な問題が大半だからこそ、自分の功績だと鼻高々に語るわけにはいかない。

 勝手な価値観とプライドの問題だ。


 だが、雫がここまで感情的に言ってきたのは、彼女自身が自分の功績でないものを周囲から賞賛されたからなのかもしれない。

 雫なりに事実を告げて、認めてもらいたくて、それでも周囲の反応が望んだものとは異なるものではなかったのだろう。


 

「ちょっといいか……?」


「……?」


 串に刺さったホタテを一気に頬張ると、近くのごみ箱に投げ捨てる。

 そして腰を上げて反転すると、雫に手を差し伸べる。


 雫も不思議そうにそっと差し伸べた手を取ると、その手を掴み商店街を進む。

 俺のことを雫が一番理解しているように、俺にも彼女のことが多少なりとも分かっている。


 だからこそ、俺なりの単純明快な答えを教えるために文化祭とは無関係の方向へと歩みを進めた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 久しぶりに読んだが、相変わらず面白かったです。 [気になる点] 残念ながら、前と同じ「まいどく」は海外からダウンロードできません。 具体的な違いはなんですか。 雫編と言いましたが、つまり…
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