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平凡な俺と非凡な彼ら   作者: 灰原 悠
第三十話 開幕

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#233

あけましておめでとうございます!

2020年もよろしくね!

今年の灰原は同人制作もするので頑張ります!



 木陰から喧騒をBGMに束の間の休息をしながら周囲を見渡す。

 無駄に騒がしいが、それもこの行事限定のものだと考えれば貴重性が出てくる。


 空になったコップを手に、ふと息を吐き出すと後方から芝を踏みしめる足音が聞こえた。

 振り返り、その人物を確認すると綺羅坂と変わって雫が微笑んでこちらを見据えている。


「休憩は大丈夫ですか?」


「……お前こそ休憩しなくて大丈夫なのか」


 雫はここにたどり着く前に購入してのであろう飲み物を片手に近くまで歩み寄るとそっと手を差し伸べる。

 その手を拒むことなく掴み、立ち上がりざまに問う。


 だが、彼女は不要と言わんばかりに笑みを浮かべた。


「これからが一番の休息であり楽しみですから」


「左様ですか……」


 過剰な期待は逆にこちらにプレッシャーを与えるからやめてもらいたい。

 まあ、雫が俺に対して紳士的な対応を期待しているわけでもあるまい。


 そこら辺は……長年の経験則だ。

 


 雫の隣で軽く制服についた埃を落としてから、視線を隣へと向ける。

 視線が交わると待っていたと言わんばかりに彼女は腕を引いた。


「行きましょう!商店街に行きたいです!」


「ええ……遠い」


「ご自分で調達したバスがあるでしょう」


 ぐうの音も出ない正論に黙り込んでいると、苦笑を浮かべて雫は正門へ向けて歩みを進める。

 従うほか選択肢がないので、彼女の後ろを背後霊のごとく付いて歩く。


 またこの光景か……なんて思ったのは気にしないでおこう。



 正門前で次の発車時刻まで待機していたバスに乗り込むと、二人並んで席に腰かける。

 特に話すことはなく、二人でバスの車内から文化祭に訪れる人たちを眺めていた。


 暫しの沈黙が続き、バスのエンジンがかかる。

 運転手が商店街行きをアナウンスして走り出すと、雫が小さく呟いた。


「楽しみですね……」


「文化祭で商店街は初めてだからな」


「はい……」


 少し、彼女が言葉を発した後に二人を空けていた距離が縮まった気がする。

 顔を横に向けることはなく視線だけで隣を見やると、微笑を浮かべて膝の上で手を合わせていた。



 バスの窓から流れる街並みを眺めて、十分もしないうちに商店街の入口が見えてくる。

 指定の場所にバスは停車すると、前方に腰かけていた人から順次下車していく。


 俺達も流れに身を任せて降りると、商店街の入口には普段とは違う装飾がされていた。

 「桜祭」という言葉を桜色で書き記して看板にしてある。


 桔梗ではなく桜を選んでくれていたことに、心なしか嬉しい気持ちになりながら商店街へと踏み入れた。


「凄い盛況ですね!」


「……俺たちの高校よりいそうだな」


 目の前は人、人、人

 これには市長もどこかでほくそ笑んでいることだろう。


 盛大に盛り上がりを見せている商店街は普段とは違う様相を見せる。

 通りの両側には夏祭りの時のように多くの出店が並び、スーパー前でも串焼きなどを割引販売していた。


 商店街は飲食が主なので、この時間帯はどの店も魅力的な商品が多く並んでいる。

 

 雫も同様の感想を持ったのだろう、周りをキョロキョロと首を動かしながら瞳を輝かせる。


「どこに行きましょうか?」


「……」


 そんな輝いた視線のままこちらを見上げてきた雫に、少しの間を答える。


「おっちゃんのところに最初に行くか」


「そうですね、まずはあそこです!」


 雫も頷いて先に歩みだす。 

 俺の制服の肘あたりを掴んで進む姿に、思わず苦笑が零れる。


 なぜ、綺羅坂といい雫といい制服を掴むのだろうか。

 逃げるわけでもないのに。


 商店街は比較的に年齢が高いが、中には中学生たちも多くいる。

 男子の視線は少なからず雫が集めていたが、彼女もそんなことは気にしない様子で突き進む。


 商店街を半分くらい進むと、おなじみの古い魚屋が見えてきた。

 香ばしい香りを漂わせているので、海鮮の串焼きでも販売しているのだろう。



 二人で並んで魚屋の列に並ぶと、おっちゃんがそれに気が付く。


「おう、湊に雫ちゃんじゃねえか!」


「うっす……」


「こんにちわ」


 俺は手を挙げて、雫は小さく礼をして応える。

 強面な表情からは似合わないほどの笑みを浮かべて、おっちゃんは俺達の前にいた客へ商品を渡して話しかける。


「なんだ、二人だけでデートか?いいな若いってのは」


「ありがとうございます」


 ……休憩時間に顔を店にきただけだが。

 雫も嬉しそうにお礼なんて言わなくていいんだよ?


 このおじさん冗談が通じないからね?

 マジで捉えられるから、後々茶化されて面倒だからね。



 二人の間で華やかに会話が繰り広げられている中、水を差すように適当な注文を頼むことにした。


「ホタテの串焼き二つ」


「あいよ、可愛い坊主と嬢ちゃんのために美味しく焼いてやる」


 そう思えば、おっちゃんとこうして気兼ねなく話をしたのは久方ぶりかもしれない。

 夏祭りの時も、何かと真面目な言葉を投げかけられたし。


 幼馴染が仲良しこよしで肩を並べて店に来たことが嬉しいのだろうか。

 そうすれば、少し申し訳ない気がした。



 注文の品が完成するまでの間、雫は楽しそうに辺りを見回していた。

 俺も普段とは違う様相の商店街を物珍しそうに見回す。


 やはり、精肉店なども多いこの通りは空腹時は立ち入り厳禁だ。

 太る要素がふんだんに並んでいる。


 雫はその辺は女子だから厳しいだろう。

 カロリー計算とかしてそうだし。


 女子って凄いよね。

 鋼の精神で欲を抑えて食生活に気を使っているからな。

 それにしては、流行の食べ物が発見された瞬間にその欲は無に帰している気がするのだが、それは我慢のご褒美的なやつなのだろうか。


 難しい……


「ほら、おっちゃん特製ホタテ焼きだ」


「ありがと、これお代……」


「孫みてえな坊主たちから代金なんて取れねえよ、いいから食べろ!」


 差し出した代金を押し返し、そう言った。 

 後ろを確認したが、誰も並んでいないので厚意は受け取っておくことにしよう。


 雫に片方を手渡すと、雫もにっこりと微笑んで礼を述べた。


「ありがとうございます!」


「ありがと……じゃ、頑張って」


 踵を返して礼を述べると、おっちゃんは表情をくしゃくしゃにして微笑んだ。

 腹の奥底から出ているであろう声で、盛大に笑いを零すと見繰りながら余計な一言を発する。


「デート楽しめよ!」


 ……周りの目があるからやめようね。

 俺だけでなく雫も表情真っ赤だからね。


 だが、幼いころから世話になっている人に、今でも優しくされるのは悪い気分じゃない。

 適当に手を振って苦笑いを浮かべて去ると、雫もくすくすと笑いを零していた。



 商店街の通りにあるベンチに腰かけて焼きたてのホタテを頬張っていると、雫が優しい声音で心境を吐露する。


「良い人ですね、この商店街にいる人は皆さん」


 おっちゃんの店にたどり着く前でに、ほかにも多くの店から声を掛けられた。

 精肉店の人や呉服店、それに青果店や駄菓子屋も声を掛けてくれた。


 昔から、変わらずこの場所を利用しているから、幼少から俺達を知っているから自分たちの子供のように優しくしてくれている。

 だからこそ、俺たちはこの商店街に働く人たちには頭が上がらない。



 田舎は不便で嫌だという人も多いが、俺は逆にこの田舎だからこその親しい付き合いは嫌いではない。

 まあ、これは相手が親以上に年が離れているからこそ思うのだが。



「本当に……ここへ来ると余計に思います……私の記憶に残っているのは湊君とのものばかりなのだなと」


「……幼馴染だからな」


 他の学生たちとは共有した時間の桁が違う。

 情報量も違うから、記憶に残っているものが俺との記憶であることは不思議ではない。



 しかし、彼女が言いたいのはそんなことではないのはわかっていた。

 わかっていて、気が付かないように無意識のうちに言葉が口から零れ出た。



「お友達もたくさんいます。楽しいことも嬉しいこともたくさんありました……でも、思い出に残っているのは湊君との何気ないことばかりなんです」


「……」


「こんな私をきっと他の人が聞いたら酷い人だと思うでしょうね」


 空を見上げて、表情は晴れ晴れとしているのに声はとても悲しそうだった。

 周囲には同じ学園に通う生徒がいない、そして隣にいるのが俺だから零れ出ていた彼女の心の奥の悩み。


 だが、俺はそれを聞き届ける責任がある。

 答えを依然として出さないで、曖昧な関係を作っているのが俺なのだから。


 

「私は……皆さんのために、湊君のためにはどうすればいいのでしょうか?」


 向けられた視線はとても儚く淡い光を帯びていた。

 腕は強く握られ、答えを懇願している。


 気休めの言葉では、彼女の悩みを解決することは出来ないだろう。

 だからこそ、瞑目して考えた。


 そしてゆっくりと開いた瞳を彼女の瞳と合わせると、静かに一点の嘘も取り繕うこともなく俺の考えを伝えることにした。


 

書店アプリ「まいどく」版もよければ見てね!

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