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平凡な俺と非凡な彼ら   作者: 灰原 悠
第三十話 開幕

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#232

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 雫と綺羅坂が隣に並び立ち、二つの生徒会のテントの中間位置に設置されたボードに視線を落とす。

 そこには、中央に黒く線が一本引かれて別けられている。


 両校の生徒会が出すスイーツを購入した生徒が、個人の意見で好きな方へと投票ができるように作られている。

 左右で乱雑に並ぶシールの列は、現状は似たような票数となっていた。


「むむっ……意外と相手もやりますね」


 雫が顎に手を当て呟く。

 綺羅坂も投票数と現状の店の列を見て、何か考える素振りを見せていた。


 俺も同様に現状、二つのテントを囲む生徒達の集団を見据えるが、僅かにうちのテントが多く見える。

 だがピーク時ほどではない。

 

 昼を過ぎて、賑わいも主食系の店に変わり始めたタイミングで交代して休憩をしても大丈夫だろう。

 


 なぜか隣に立つ彼女達の間で順番が決められていたのか、綺羅坂が俺と同じタイミングで休憩を取ることになった。

 ……俺は個人の自由を主張したい。


 しかし、彼女達にはそんな意見は通じない。

 時に強引に、大胆に行動するイレギュラーな存在だ。


 さすが姫と女王と総支配人。

 これからは、彼女達を支配者と呼ぶという案を生徒達へ提案したい。



 すでに目星は付けているのか、綺羅坂と雫の手に握られている桜祭のパンフレットにはいくつかの丸が付いている。

 ……あれ、全部回るの?


 時間も当然だが、湊君のお財布事情が悲鳴をあげそうだ。

 


 もちろん、彼女達の分まで奢る……わけはない。

 そこは湊君クオリティー、自己負担でお願いします。

 

 

「んじゃ、お先に休憩行ってきます」


「楽しんできてくれ」


 テントの中で今も作業を続ける生徒会役員達に告げると、代表して会長が言った。

 他の役員達も微笑んで手を振ってくれている。


 綺羅坂も小さく会釈して前を過ぎ去ると、指先で俺の制服の袖を摘み歩く。

 逃げないよ? それに俺はばっちくないよ?


 というか、ばっちくないという言葉自体伝わるのかという疑問が浮かんだが、それは気にしない方向で行こう。



「どこへ行くんだ……」


「そうね……」


 男子生徒からの注目を浴びても依然として進む綺羅坂に問う。

 綺羅坂は言葉をいったん区切ると、摘まんでいた制服の袖を離してパンフレットを開く。


 白く細い指先で数点の店を指さす。


「飲み物と軽い食べ物を買って特等席に行くわ」


「……特等席?」


 そんなもの、今回の文化祭で設置しただろうか。

 記憶の欠片を集めても思い浮かぶ場所はない。


 しかし、綺羅坂は特別説明をすることはなく歩みを再開した。

 

 付き従うように後ろをついて歩いている姿は、街中を歩く有名人の後ろを付いて歩く一般市民に近いものを感じる。

 まあ、周りにはそう見られているだろうなと自覚はある。



 ここにはいない優斗然り、雫や綺羅坂達と行動を共にすると自然と付いて回る問題だ。

 気にするだけ精神的な労力の無駄だ。


 鬱陶しい視線を、伸び始めた前髪を払うのと一緒に払う。

 ……払えないんだけどね、視線は。



 

 気の向くまま、綺羅坂の行くまま、その後ろを付いて歩いてたどり着いたのはドリンクの出店だ。

 デカデカと「タピオカ」と貼りだしているので、メインが何かは考えるまでもない。


 タピオカ以外にも通常のドリンクも取り扱っているらしく、小さなメニュー一覧に視線を落として何を頼むか考えていると、綺羅坂が先に注文を伝える。


「スペシャルデラックスココナッツミルクに黒糖とタピオカトッピングで」


「……武器? 特殊装備か何かなの?」


 もはや、女性版野菜マシマシニンニクアブラカラメ的な呪文に聞けるのだが……

 戸惑うのは俺だけで、店の受付も綺羅坂自身も当然のように商品の受け渡しを終える。


 とりあえず、タピオカミルクティーなるものを頼んでおいて、次の店に進む。

 焼きそばにタコ焼き、定番の商品を一個ずつだけ購入して最後に訪れたのは、中庭にある一本の樹木の下だ。


 格好良く言えば、俺と綺羅坂が出会った場所。

 綺羅坂が進む先を見て、途中で気が付いた。


 確かに、特等席と言えばここしかない。

 近くの広間には出店も多く、普段のように静かな場所ではなくなっている。


 だが、ぽっかりと集団の中でも違和感を覚えるほど、その場所だけは空いていた。

 理由は一人の紳士が佇んでいたからだ。


 整った黒い燕尾服に身を包み、喧騒の中でも瞑目する姿に誰もが注目して、だが離れていく。

 その人物に綺羅坂は近づくと声を掛けた。



「ありがとう、じぃ」


「お嬢様、御用が御座いましたら御呼びくださいませ」


 何度か話したことのある黒井さんは、綺羅坂に小さく礼をして静かに踵を返して姿を隠す。

 その際に、俺にもお辞儀をされて戸惑いながらもこちらも頭を下げて返礼をする。


 深みのある表情が穏やかな微笑に変わり、この人の優しさを垣間見える。



「ここか……」


 木の根元に立ち、頂点を見上げて呟く。

 木々の間から陽の光が零れ、風の吹く音にも葉が擦れる音が混じり喧騒を遠ざけるような感覚が広がる。


「私はこの場所以外は特に興味はないわ」


 芝生の上に腰かけることを厭わず、制服で直接座ると綺羅坂は隣を軽く叩いて座るように促す。

 近い、そう思い彼女が叩いた場所から一つ間を空けて腰を下ろすと、買った飲み物を喉に流し込む。


 

 下手に言葉を交わすこともなく、ただ二人の間には静かな時間が経過する。

 この場所で彼女と出会ったのは入学式で、遡ると一年半も前になる。


 振り返ってみると時間が過ぎるのは早く、実りある時間だったかと自身に問うと難しい。

 惰性で過ごしていた日々が長く、きっかけを得て現在は忙しなく過ごせているが、この文化祭は一つの分岐点となるはずだ。



 口に含んだタピオカが、ほとんど無味であることに衝撃を受けつつそんな考えを思い浮かべていると、隣に座る綺羅坂が憂いを滲ませた声で言った。


「生徒も私自身も変わる中、ここは変わらないもの」


 木の肌に添えられた手は優しく、浮かべる表情は懐かしむようだ。

 変わらないという意味は、見た目の変化ではないのだろう。


 根を張ったこの場所から、動くことなく天に向かい佇む。

 生徒達の関心がなくとも、この場所は変わることはない。


 色あせて消えてしまう一時の思い出よりか、長く余程貴重なものなのではないだろうか。

 


「でも……自ら変えたいと思ったものは、都合よくはいかないものね」


「……すいませんね、厄介な生き物で」


 言葉自体にはマイナスな発言に聞こえるが、口角を上げてニヤリと浮かべた表情と、からかうような声音に普段通りの返事を返す。

 自覚している、自身の変化の少なさと頑なに捻くれている性格はどうしようもない。


 無言で差し出されたたこ焼きを一つ口に運ぶと、慣れ親しんだ市販のソースの味が口の中に広がる。

 下手に個性を出そうと試行錯誤されていないのが、逆に安心感があり個人的には良い。


「父も言っていたけれど、真良君が何かするというより私達の行動次第なの……だから、あなたはそのままでいてくれたら嬉しいわ」


「……矛盾してないか?」


「矛盾よ、変わって欲しいけども本質的な所は変わって欲しくない。私やきっと彼女の我儘」


 短く告げて綺羅坂もたこ焼きを一つ口に放り込む。

 人一人分空いた木に背を預けて、彼女の父の言葉を思い出す。


 変化をするには俺だけではなく周りの人物たちが重要になる。

 疑うわけではないが、本当にそうなのだろうか。


 変わらない、変われないのではないかと思う。




 しかし、綺羅坂に関しては父親まで関わり始めて、正直一つだけ面倒なことがある。

 それは呼び方だ。


 綺羅坂、同じ綺羅坂、苗字で呼ぶと二人が反応する。

 しかし、社長と呼ぶのは従業員でもないし、かといってお父様と呼ぶのは違和感がある。


「怜……怜さん?」


 お嬢さんだと偉そうに見られるかもしれないから、娘さんと呼ぶ方が自然だろうか。

 大企業の社長だ、下手な言動で存在を消されないように気を付けなければ。


「……」


「なんだよ」

 

 ブツブツと小さな声で呟いていると、隣の綺羅坂が目を見開いてこちらを見つめる。

 驚いていて、しかし大きな瞳でじっと見つめられると思わず身構えてしまう。


 まあ、戦ったら一瞬で負ける自信がある。

 守るどころか守られる可能性の方が高い。


「いえ……別に」


 向けられた視線に問うと、彼女はすぐに目を逸らす。

 チビチビと楽しむように飲んでいたはずのココナッツミルクのドリンクがみるみるかさが減るのを見て、某掃除機の吸引力を連想させたのは内緒だ。

 

 変わらない吸引力……綺羅坂の会社でも出していそうだな。


 しばらく、綺羅坂は体を背けて何も語ることはなかった。

 もくもくと買った食べ物を消化して、そしてついには黙って立ち上がった。


「私は先に戻るわ……」


「……じゃ、戻りますか」


 考えることなく、他意もなく返して立ち上がろうとすると行動を制するように掌を向けられる。


「いえ、神崎さんを呼んでくるからあなたは付いてこないで、絶対に」


 ……目も合わせない、そして拒絶とはあれですか、決別宣言ですか。

 そうなれば命の危険性もあるので、ご機嫌を取りなおさないとならないのではないだろうか。


 そんなことはないと理解していながらも、急な対応の変化に思わず固まっていると、綺羅坂はめったに見せることのない俊敏な動きでこの場から去る。

 生徒の集団をひらりひらりと見事な身のこなしで交わして、中庭から姿を消してしまった。


「……」


 傍から見れば文化祭の雰囲気で告白して、そして無残にも断られてしまった図が完成したわけだ。

 綺羅坂ほどの生徒が急に俊敏な動きを見せたのだから、当然そのもとになるこちらにも周囲の視線が集まった。


 その視線から隠れるように、木の裏にこっそりと移動したのだった。



ぶんかさーい

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