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平凡な俺と非凡な彼ら   作者: 灰原 悠
第三十話 開幕

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#231

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 正門を通り過ぎて、並びで設置されている二つのテントの前には行列が広がっていた。


 昼前の空腹時には強烈な誘惑であろう甘い生地の香りが、少し冷たさを帯びた風になって多くの生徒たちの足を香りの元へと運ばせる。


 開会式の後では一番の賑わいを見せるテントの下には、制服の違う生徒たちが競い合うように次々と完成した商品を手渡していた。


「ブルーベリーパンケーキです……」


 紙トレーの上に小さなパンケーキと、その上には果実のブルーベリーが添えられた品を待っていた生徒に渡す。


 代わりに小銭を受け取ると、簡単な会釈をして見送りを済ませる。

 ルーティーンのように、淡々とこの作業を繰り返すこと数十回。


 生徒たちの口コミが更なる集客効果を生み出し、いつの間にか視線の先にはお客の集団が形成されていた。


「……ほら、売れる」


 ボヤいて、後ろを振り返る。

 そこには女性陣が和気あいあいと生地を焼いている姿がある。


 一方、会計や注文、商品の受け渡しを担当していた男子メンバーの小泉と火野君の表情には女性のような活気はない。

 忙しないというのが似合うほどの盛況に、表情からは僅かに疲れが滲み出ていた。


「でも、僕達だけじゃなくて隣も凄い賑わいだけどね」


 小泉が視線を隣のテントに向けて言った。

 視線の先では、桔梗女学院の生徒会が出していたクレープを待つ長蛇の列がある。


 列に並ぶ男子生徒の割合がこちらよりも若干多いのを見るに、目新しさは他校のあちらに分があるようだ。

 だが、一番の要因は目新しさではない。



 テントの前で一人の女生徒が売り子として立っていることが最大の要因だ。


「焼きたてのクレープはいかがでしょうか!」


 声を張り、賑わいにかき消されないように生徒達に声を掛ける妹、楓の姿がそこにはあった。

 うん……可愛いですね。


 この学園内で売り子をしている生徒の中で一番かわいいと宣言できる。

 むしろ、全国の売り子史上で一番可愛い可能性すらある。



 しかし、我が妹ながらここまで影響力があるとは……

 容姿端麗成績優秀で尚且つ妹属性を付与されているとは最強のヒロイン間違いなし。


 だが、今だけは強力な敵であると言わざるを得ない。

 

「売り上げだと良い勝負ですかね」


「今のところはそうだろうな……勝負という名目な以上はセットで買う生徒が大半だからな」


 火野君が隣の状況に心配そうに振り返って呟く。

 そっと取り出されたスマホのカメラをメニューで隠しながら、言葉を返しながら売り上げ勝負にしなかったことを心底安堵する。


 何この人は自然な動作で撮影しようとしているのでしょうか。

 ダメだって言われてもわからないのかな?


 会長がいないと自制心が薄れてしまうとか、そういう感じですかね。


「すみません、うちの妹撮影がNGなんで……」 

 

「あっ!? いつの間にカメラなんか構えてたんすか俺は!?」


 ……ダメですね。

 完全に、テレビだと顔にモザイクが掛かって、声が甲高い感じに映る人になってしまっている。

 写真撮影は本人の許可を得てから撮りましょう、絶対。




 ハッピーセットかと思うくらいに同量の数が売れている状況では、単価が最後には勝敗を決めかねない。

 そして、手軽さという観点からはクレープの方が優っているからリピーターも多いかもしれない。


 味勝負にしたのは、案外と公平な勝負なのではないだろうか。



「湊君、次の注文出来上がりますよ」


 机の上で頬杖をつきながら周囲の状況を観察していたところに、雫に声が掛けられる。

 彼女の手の上には焼き上がって、食欲意欲を刺激する香りを纏ったケーキがある。


「……はいはい」


 軽く腰を浮かせて体を後ろに逸らすと、指先が触れるのを構うことなく丁寧に品を受け取った。

 雫も逐一それに反応をするほど初心ではない。


 

 少しの間、雫と視線が交わりその瞳からは何かを考えるような色が見て取れた。


 言いたいことでもあるのかと、じっと待っていると彼女はハッと気が付いたように言った。


「文化祭デートですか!? 待っていてください、今すぐに準備を済ませますので」


「違うから……仕事に集中しようね」


 指先一つ触れただけでここまで拡大解釈できるとは、さすがの思考回路だ。

 俺の予想なんて軽く超える速度で、間違った方向へ無駄な深読みを見せるとは。



「違うんですか……」


 一つ、溜息を零して作業に戻る雫の姿にこちらも思わず溜息が零れ出る。

 振り返って出来上がった品を生徒へと手渡すと、後方からの会話が耳に届く。


「私が最初に休憩時間を貰うのだから、必然的に私が最初に彼とデートするのが自然ではないかしら?」


「知っていますか綺羅坂さん、荷物持ちで異性と歩いていたところでデートとは言いませんよ」


 さも、当然のように綺羅坂が雫に対して告げると、先ほどまでの明るい声音はどこにいったのやら、心底冷たい声で返事が返ってくる。

 というか、俺荷物持ちなのね、初めて知りました。


 湊君驚き!


「ふむ、なら中間をとって私が一番最初に真良を借りるというのはどうだろうか」


「……三人とも手を止めずに会話してください」


 会長がまったくもって仲裁案にならない提案を述べる。

 しかし、雫と綺羅坂は何も言葉を発することはなく、ただ三浦の溜息だけがテントの下に響く。


 一連の会話に対して、大変申し訳なく感じてしまう。

 うちの子供がすみませんと謝罪する親の気分だ。



「か、会長……僕と休憩時間は回るって」


「……」


 隣では小泉が小さな声で呟く。

 小さすぎて、女性陣に届くことはなく俺と火野君の間にだけ気まずい空気が流れた。


 何このカオス。

 いつから生徒会はこんなに気まずい集団に変化していたの?


 後ろでは女性陣があーだこーだと騒いでいながらも楽しそうに調理を進める。

 僅かに生まれた手持ち無沙汰な時間で、席を立ち妹の前に移動する。


「兄さん、クレープいかがですか?」


「百個ください……」


 火野君曰く女神のような微笑みを浮かべた楓の姿を見て思わずそう言っていた。

 楓は先輩に一個だけ注文を通すと、俺の後ろから近付いてきた客への対応に移す。


 一人、敵陣のテントの前で立ち尽くしている俺は自陣のテントに視線を向けると、女性陣から冷たい視線が向けられていた。



 俺もダメですね、これは。

 人のことなど言えませんでした。  

今回はほんわか話にしました

文化祭だからね!

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