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平凡な俺と非凡な彼ら   作者: 灰原 悠
第三十話 開幕

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#230



 この一日のために積み重ねた時間と歳月は、嬉しくも儚いものであっという間に時間は過ぎていく。


 屋外のステージは盛大な賑わいを見せていた。

 正門のトラブルなど気にする様子もなく、生徒や来客達は皆一様に楽しそうな表情を浮かべていた。


 報われるなんて大袈裟な言葉を使うつもりはないが、白石達と生徒会が行ってきた行動が無駄ではないと改めて再確認することができたのは、歩き様に視界に入ってきた生徒たちの姿を見た時だった。


 ステージ脇に佇む緑色の腕章を腕につけた生徒達の元へと歩み寄ると、中でも一際存在感を放つ女子生徒が振り向き微笑を浮かべる。


「すまないな、面倒な仕事を押し付けてしまって」


「……仕事ですから」


 気にする必要はないと、態度で意思表示をする。


 自ら覚悟して選んだ選択だ、今更仕事はしたくないと喚き立つのは些か常識に欠ける。


 行きとは違い人数が増えた状況で戻ってきたことには触れることはなく、優斗もとくに何かを告げることもなく小泉に声を掛けて仕事に関して尋ねていた。


 建物の時計で時刻を確認すると、桔梗女学院の生徒達が訪れる時間が迫っていた。

 慌ただしい中でも、生徒会も文化祭を楽しまなくては。


 


 小泉と三浦が引き継ぎで生徒達に伝言を伝えている中、周りの喧騒とは違う賑わいが耳に届く。


 そして、後方から駆ける足音が聞こえてきた。


「とうっ!」


「……」


背中に強い衝撃が広がり、慣れ親しんだ香りが鼻腔をくすぐる。

振り返る必要もなく、誰が背に飛び乗ってきたのかを悟る。


「楓、重いぞ……」


「酷いです兄さん、私は比較的軽めな体重です」


 酷いと言いつつも、別段傷ついた素振りも見せることなく、妹の楓は頭を横からひょこりと出す。


 黒い髪と兄とは似ても似つかない整った目鼻立ちが、周囲の男子生徒の視線を集める。

 だが、妹の容姿だけではなく身を包んでいたセーラー服が何より周囲から注目される要因だろう。


「お待たせしました!」


 飛び乗った背から降りて、会長達に挨拶を交わすと楓の後方からはゾロゾロと女子生徒が多く歩み寄ってきた。


 その中には当然、女学院の長である瀬良の姿もある。

 両校の会長同士、視線を交わすと口上の言葉を述べた。


「お待たせしました、予定時刻通り十一時より販売開始ができるように用意させていただきます」


「相変わらず堅いな……少しこちらの文化祭を満喫してからでも遅くはないと思うが?」


 瀬良の言葉を聞いて会長が苦笑を浮かべて言った。

しかし、瀬良は眼鏡を整えるように触れると、首を横に振る。


「他の生徒達は気の向くまま楽しんでいただきますが、私達は学園を代表としての立場がありますので……何より、勝負の件もありますから」


 ……後付けのようにさも言って見せたが、勝負が本音だろうに。

 そう言葉が出る前に、楓が袖を引いて制す。


 流石は妹である。

 兄がいいそうな言葉を察して自制してくれるあたり、妹スキルが高い。

 むしろ、妹マスターまである。


 妹のスキルを頂点まで極めた者だけに与えられる称号とか、辞書に書いてあるとかなんとか。

 ともかく、ようやく舞台は整ったわけだ。

 RPG的に言えば、勝負はこれからだ的な。


 すでに開幕していたが、本当の意味での文化祭がようやく幕を開けた。


 その後は桔梗女学院の生徒達は霧散していくように各集団やグループに分かれて文化祭の喧騒の中に混じり溶けていく。


 楓はその場に留まり、生徒会の仕事を手伝うために準備を始めていた。

 俺たち生徒会役員もテントの元へと戻ると、先程の騒ぎから戻っていた雫と綺羅坂が迎える。


「そろそろ始まりそうですね」


 雫が椅子に腰掛けるとそう告げた。

 生徒全員がエプロンを身につけて、わいわいと歓談する光景は確かに文化祭のそれである。


「だな……」


 弱い声音で呟くと、視線を四方八方へと動かす。

 どこを見ても生徒達は楽しそうな表情を浮かべていた。

 制服が異なる生徒ですら、この状況を満喫している。


 桜ノ丘学園の生徒からすれば尚更充実感があるはずだ。

 仮にも自分達が作り上げた行事だ。


 考え、話し合い、実行してこの日を迎えている。

 普段の生徒達を見ているよりも表情が自然で、取り繕ったように見えないのはそのためだろう。


 学校側に事前に組み込まれた行事ではなく、自分達で作り出すという過程を挟むからこそ、記憶に鮮明に残り語り継がれる。


「看板はこの角度でいいっすか?」


「生地は余分なものはクーラーボックスに入れておきます」


 テントの下と外では開店の準備に忙しない男性陣と最終確認を行う女性陣の姿がある。

 俺が今見ているこの姿も、光景も将来は楽しい記憶として語ることができるのだろうか。


 そんな考えを思い浮かべながら、机の上にメニューやらお釣りの準備などの細かな作業を行う。


「売れるといいですね」


「売れるだろ……」


「あなたは楽観的すぎよ」


 雫が期待に胸を膨らませて述べた言葉に空返事を返すと、その隣からは少し冷めた声音で綺羅坂から冷静な言葉を返される。


 二人もスカイブルー色のエプロンと薄ピンクのエプロンに身を包んでいた。

 当然、綺羅坂がブルーで雫がピンクだ。

 俺は無難な黒を腰辺りに巻いている。


 火野君と反対方向を優斗が支えて設置した『パンケーキ』と丸みを帯びた筆記体の看板を確認した会長は、こちらに寄ってきて会話に加わる。


「仮にも勝負でかつ商売だ、利益を多く出すことは大切だが自身が楽しむことが一番だ」


 机上に広がった小銭を小さな指で摘んで、指定のケースに投げ入れて会長は言う。

 まさに正論であり、この文化祭において何よりの主題だ。


 生徒自身が楽しむ、正しいからこそ理解ができない場合には大きな疎外感を感じるのだ。

 まるで異物が一つだけ混じっているような。


 誰もそんなことを思っていないと分かっていても、根付いた価値観や考え方は変わらない。


「と、正論がましく言ったところで押し付けがましいだけだな……」


 零した苦笑はとても悲しそうなものだった。

 最後の文化祭に、そんな場に似つかわない表情を浮かべさせていることに、多少の罪悪感が胸に突き刺さる。


「私は次は頑張ろうというような考えは苦手でね……最初から成功させる心意気で今まで生きてきたが、今回が初めてかもしれない」


 一旦、そこまでで言葉を区切ると会長は少しの間を置いてから続く言葉を紡ぐ。

 そこには、先ほどまで浮かんでいた苦笑はない。


「次こそは……一度くらいは笑った顔が見てみたいものだ」


 栗色の髪を靡かせて、彼女は言ってみせる。

 俺に向けられた言葉なのに、俺にではなく後ろや隣に腰掛ける雫達に告げられたように聞こえた。


 そして、何事もなかったかのように普段の凛とした表情へと戻すと、切り替えるように生徒会役員達へ声を掛けた。


「さて、盛大に売るとしようか!」


 テントの中で、彼女の言葉は行き渡り振り向く背には皆が後に続く。

 その姿は、この組織の長であることを強く証明していた。


 小泉も三浦も、火野君も会長の背に続いて開店を生徒へ告げるために動き出す。

 雫も心待ちにしていたのか、素早く椅子から腰を上げる。


「湊君、行きましょう!」


 生徒会が出店を出すことを楽しみにしていた生徒は多くいる。

 そんな生徒のために、生徒会の力をフル活用してステージに短い時間だが宣伝の時間を設けている。

 

 移動する生徒会の最後尾で、雫が手を引き体を立たせる。

 隣には綺羅坂が佇み、腕を組んで同じく俺が動くのを待っていた。


「……飲食の仕事って大変だと友達が言っていーーー」


「そんな友達いないでしょ、店の宣伝も仕事のうちよ」


 強制的に綺羅坂からも腕を掴まれて連行された先では、会長がステージに向かい歩いていた。

 そして、迷うことなく登壇したステージには瀬良も並び立つ。


 午前十一時、桜ノ丘学園並びに桔梗女学院の両生徒会によるスイーツバトルが、屋外ステージを通じて校内へ盛大に開幕の狼煙を上げた。




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