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平凡な俺と非凡な彼ら   作者: 灰原 悠
第二十九話 タイムリミット

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#217

書店アプリ「まいどく」版で平凡な俺と非凡な彼らが配信中です。



 窓の外で、桜ノ丘学園の制服とは違うセーラー服に身を包んだ女子生徒達が指定のバスに乗り込む。

 最後の一人まで乗り込むのを眺めてから、柊茜が振り向き様に口を開く。


「模擬店で勝負とは、君らしくない案だな真良」


 向けられた表情には、疑念が混ざっているようだった。

 事前の説明もなく、勝手な約束を目の前で交わされればこうなることは分かりきっていた。


 責められるわけでもなく、ただ純粋な疑問だけが会長以下生徒会役員達の間に渦巻いていることだろう。


「会長に事前に説明していれば……他の和解案で解決させられそうな内容でしたので」


 正しく、公平に、分け隔てなく文化祭を楽しんでもらえるように会長は物事を進める。

 勝負や賭け事なんて絶対にその口から出ることはない。


 でも、会長の常に正しい選択は今回の場合は根本的な解決にはならない。

 

 あの瀬良という生徒は、この後も柊茜との勝敗にこだわり続ける。

 根拠もない自信だけが俺にはあった。


 瀬良は知っているのだ。

 努力では追いつけない背中に必死に手を伸ばして、それでも決して届かない人間の心境を。


 尚も足掻き続けて、屈折してしまった。

 本来、同じ学び舎の皆で楽しみ作り上げるはずの行事を、個人的な欲を満たすために彼女は動いている。

 

 周りの生徒から見れば、違って見えるのかもしれない。

 過去にない二校での合同開催に向けて、精力的に活動している良き生徒会長に写っているのだろうか。


 だが、俺にはそんな風にしか見えなかった。


 瀬良の言葉を否定するのであれば、努力は裏切る。

 無慈悲に、前触れもなく、ただ結果だけが映し出されて己の能力の低さに打ちのめされる。


 才ある人間はこんな考えは嫌うだろう。

 自分達も努力をしている。努力の先に得た結果であると。


 間違いないのだろう。

 才能ある人間ですら努力をして得ている結果を、それ以下の才能しかない人間が超えるには努力の量が、質が要求されるのだ。


 平等じゃない……世界は残酷なまでに不平等だ。

 でも、それが現実だ。


「二人は真良が何か行動を起こすと知っていたのか……」


 会長の視線は俺の隣に並び立つ雫と綺羅坂に向けられる。

 呆れの混じった瞳に、雫が申し訳なさそうに返した。


「申し訳ありません、ただ湊君なりの考えがあると思い止めませんでした」


「……怜もか?」


「私は、ただ彼の考えと行動を観ていたいだけよ」


 次に問われた綺羅坂は、彼女らしい答えを示す。

 長い付き合いのある会長も、綺羅坂の一言を聞いて苦笑して後は言及をしない。


 誰もが口を閉ざした室内で、俺は会長と再び視線を交わせる。 

 


瀬良光せらひかり……それが、あの会長の名前だそうですね」


 室内を移動して、自分のカバンの中から綺羅坂に集めてもらった資料を取り出して告げた。

 資料の順位表には会長の名前の下に、瀬良光という名前が記載されている。


 机に置いて、全員が資料の内容に視線を落とす。

 


「光というのか……苗字しか名乗っていなかったので知らなかったな」


 会長が頷くと言った。

 今思えば、桜ノ丘学園い赴いたあの時から瀬良は故意に苗字だけで自己紹介を済ませて会長の反応を窺っていたのか……なんて邪推が浮かぶ。


 過ぎてしまった過去の推測など無意味なのに。

 

 

  

「柊茜に憧れて、挑み続けたそうですよ」


 綺羅坂の資料を見る限りでは、少なくとも十回は同じ模試に挑み負けてきた。


 会長を責めるわけでもなく、ただ資料と瀬良の言葉から知り得た事実だけを述べる。

 俺の言葉を聞いて、会長は一瞬驚いたように表情を変えて、そして再び苦笑いを浮かべた。

 

「それは……過度な期待を抱かれたものだ」


 本人からすれば、憧れを抱かれるほどの人間ではないと言いたいのかもしれない。

 だが、現にこの人に憧れて超えたいと願った人がいるのも確かだ。


 会長の口から瀬良の感情を否定する言葉は出ることは無く、矛先は俺が瀬良に提案した言葉に変わる。



「そして次の勝負の舞台が文化祭というわけか……あまり褒められたことじゃないな」


「……」


 初めて向けられた会長からの強い眼差し。

 なんで、年上のお姉さん的ポジションの人が怒るとこんなに怖いのだろうか……


 お姉さんだからか……納得。



 それはそうと、眼前に立つ先輩を頷かせるだけの言い訳は正直用意していない。

 勢いとその場のノリで押し通すつもりだったからな……

 

 あわよくば、火野君辺りの助力でも頼もうかと思ってみたが、視界の端に写る赤毛の長身男子は、見た目よりもずっと小さく縮こまっているように見えた。


 不穏な雰囲気が苦手なのがよく分かる。

 あの見た目でこの弱さ……これがギャップ萌えってやつか。



「勝負などして何の意味がある」


「強いて言えば……全模擬店での売り上げを発表して、表彰などを行うとすれば生徒達の意欲は高まります」


「金銭が関わる行事だ……競争意識を駆り立て下手に生徒達を刺激することで不毛な問題を起こす可能性は排除したい」


 これが大学などなら話は変わっているのだろう。

 大学生になれば高校生以上に社会的意識が強く芽生える。

 

 彼らに残された先の進路は社会人。

 否が応でも大人にならなければならない年代だ。


 だが、俺達はまだ高校生だ。

 大人から見ればまだまだ子供のようなもので、金銭関連は会長とて不用意に触れたくはないはず。


 容易に想像のできた否定的な言葉に、俺の中で一瞬の躊躇いが生まれた。



 俺がやろうとしていることは間違いで、会長が正しい。

 そんな言葉が脳裏を過る。


「初めての合同開催……変な行動を起こす生徒は少ないですよ」


 それでも、とっさに浮かび上がった言葉を口にして、全思考回路をフル稼働させて考える。

 この人に言い訳は通用しない。


 嘘をついたところで、すぐに見透かされてしまう。

 感情的な言葉を投げかけても、冷静な会長が情に揺らぐとも思えない。


「……はぁ」


 息を吐いて、余計な考えをそぎ落とす。

 深く、難しく考えるな……所詮、俺はただのモブ的な生徒に過ぎない。


 皆を駆り立てる行動力も原動力も俺にはない。

 だから、自分を貫き通して考えるのだ。


 周りから嫌がられるほど冷静に、流されることなく、言いにくいことであろうと言ってのける。

 それが嫌われる結果になろうとも、自分が正しいと思ったことをする。



「……合同の企画は大人たちの都合かもしれない。でも、あの瀬良とかいう面倒な生徒会長が頑なな姿勢を見せるのは会長との意図せぬ繋がりがあるからでしょう」


 小さく、低い声音でそう呟いた。

 会長も僅かに肩を震わせて、普段よりも低いトーンで返事が返って来る。


「申し訳ないが、私にも人脈や能力にも限度がある。一方的な競争心に相手をしている余裕はない」


 ……正論だ。

 まったくもって会長の言っていることは正論なのだ。


 だが、ここにいるすべての生徒が共通して思っていることがある。

 それは、こんな話し合いに時間を割くことなく桜祭の準備に取り掛からなくてはという焦燥感だ。


 現段階で、当初の予定よりも大幅に生徒会の作業が遅れている。

 初日以降、生徒会は桜祭実行委員会には最低限でしか参加できていない。


 いくら白石や優斗が委員会の中心で尽力しても、生徒達の心の中では生徒会の不在は不信感にも繋がる可能性がある。


「急な合同を持ち掛けた相手も悪い、決断の遅いうちの教員も悪い、俺達も曖昧な状況のまま会議をしていても時間の無駄だ」


「……」



 優斗との選挙に勝って、大人ぶっていたのかもしれない。

 裏から行動を起こせば、問題も解決するのだと思いあがっていたのだろう。


 あれは偶然と運が重なった結果だ。

 周りにこれだけの才ある生徒が揃っているのであれば、単純に子供じみた考えで押し通すほうが高校生らしい。


 子供らしさも、今だから許される特権だ。

 「若いっていいなー」的なあれだ。


「合同もする、勝負もする、それで文化祭も成功に終わらせる……それくらい欲張っても会長ならなんとかできるでしょ」


 結局、最後は他人任せになってしまうのだ。

 俺は主人公にはなれない。


 主人公になれる人達なら、周りに多くいる。

 だから、それをサポートする人間でいい。


 そんな思いを胸に、威張れる発言など微塵もなく、むしろ人間性としては悪いのではと思える発言をしてもなお、堂々と佇む。

 

「はぁ……」


 会長は額に手を当てて、大きな溜息を零す。

 いや、本当にごめんなさいね。


 時間の無駄だから、早く会議なんて終わらせて文化祭成功させろって言ってるんだから、それは溜息が出るよね。

 

 三浦と火野君から向けられたジト目が横腹に突き刺さる静寂の中、会長は右腕を上げてこちらを指差す。


「勝負の条件は金銭ではない、この条件だけは瀬良に承諾させて来い」


「……うす」


 会長の言葉を受け、踵を返す。

 雫と綺羅坂が無言で退室する俺の後ろを付いて歩くのを感じた。


 生徒指導室を出る間際、会長が言った。


「明日以降は連絡は電話を使用して、各々の準備にしばらくは専念する。模擬店で何を出店するかを決めたら連絡をするように伝えてくれ」


 振り返った先には、先ほどまでの張り詰めた表情ではなく普段の会長が立っていた。

 優しい微笑を浮かべて、出来の悪い弟を見送るような視線をこそばゆく感じながらも頷いて答える。


「じゃ、行ってきます」


 既に、相手は高校に向けてバスを発車させている。

 楓に連絡を入れて会長に待っていてもらうようにしておくのを最優先に、俺達は桜ノ丘学園から去った。


ブックマーク、評価、ご感想いつもありがとうございます。


文化祭編については適宜、修正を入れていきます。

話の展開も、もう少し早くしていこうと思います!

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