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平凡な俺と非凡な彼ら   作者: 灰原 悠
第二十八話 桜と桔梗

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#212

こうしーん!



 文化祭が合同になるか否か、そのリミットが提示されたことで行動を開始する生徒会役員達。

 会長を筆頭に、各担当を役員達に割り振られ動こうとしたときに雫が待ったをかける。


「お願いとは……私にできる範囲であればもちろん手を尽くそう」


 雫の言葉を受けて、会長は踏み出しかけていた歩みを止める。

 反転し向かい合うと二人の視線が交差する。



 二人の間に割って入る人はいない。

 俺も綺羅坂も、他の役員たちもじっとその場で事の顛末を見守った。


 はたして、雫が会長に何を願うのか。 

 生徒達への連絡、そして相談を請け負うことになっている雫が、希望する仕事でもあるのだろうか。


 生徒会の面々はそう思っているはずだ。


 だが何故だろうか、俺の思考は違う方向性へと向かっていた。

 雫がいま会長に何を伝えようとしているのか、見当がついていた。


 雫が言おうとしていることは、唯一俺と彼女が明確に分かれているもの。


 境界線のようなものだ。

 踏み越えれば後には引けず、相応の時間と自由を奪われる。


 俺は望んでこの場に踏み込んだ。

 それが自分のやるべきことだと、やれることがあるはずだと。


 だが、彼女は違う。

 本来、この場に踏み入れる理由もなかった人間だ。


 これまで、自身の意思を押し殺して過ごしてきたはずの雫には、もっと自分のために時間を作るべきだ。

 分かっていながら、心では理解していながら彼女が口を開き声を発しようとしているのを止めることが出来ない。



「私を生徒会に入れてください」


「……」


 雫の一言に、会長も思わず息を呑みこんだ。

 この場において俺と雫の明確な差、それは生徒会という組織に入っているか否か。

 

 彼女自身も一度は拒み、自身が入る必要性もないと断言していた。

 だが、その考えを覆して発せられた一言には相応の覚悟が見て取れた。


「理由は……分かりきったことだな」


「はい」


 会長は諦めに近い声音の呟いに、雫は間髪入れずに返す。


 交差していたはずの雫の視線が一瞬だけ後方に佇む俺に向けられた。

 そして、すぐに元の相手に戻すと心境を語る。


「綺羅坂さんと会長がいる、その場に私が踏み入るのはこの方法しか今は見つかりません」


 声にして伝えると、雫は反応を窺うようにじっと会長に目を向ける。

 会長は俺達に背を向ける形で雫と会話をしているので、その表情は見ることが出来ない。


 言えることは、会長のなかでも葛藤があるということだ。

 いつものように、即答しないのが何よりの証拠だ。


 当然、俺と会長の関係性も生徒会の彼らは知らない。

 小泉や三浦たちには雫が桔梗女学院との交渉の場に参加することを望んでいるように見えていることだろう。


 そして、雫と綺羅坂が真良湊という人物に対して友人という概念以上の感情を抱いていることを知っている。

 だが、それが幼馴染みとしてなのか、はたまた観察対象としてなのか、明確なことは知らない。


 彼らは知らない、俺と雫の関係性を。

 彼らは知らない、俺と綺羅坂の出会いの瞬間を。


 夏休み前から優斗と雫の間に溝が出来ていることを知らないのだ。

 


 知られないように、知っても入ってこないようにしてきたのは俺だ。

 生徒会の役員達を付き合う上で、必要のない情報だと告げてこなかった。

 

 問題が発生した場合は、自分自身で解決してみせると思い込んでいた。

 そんなこと、出来るはずもないのに。


 既に、頭のどこかでは分かっていたのだ。

 俺という人間が行動を起こすことで、周りの人物に多少なりとも影響を及ぼすと。


 現に、雫が生徒会への加入を希望した。

 理由は彼女が述べたように、彼女自身がこの合同開催についての協議の場に相応しい肩書を手に入れるため。

 

 その根底にあるのは、真良湊という人物のそばにいるため。

 そして、その気持ちに俺が未だに応えることが出来ないという事実。


 すべてを理解したうえで、彼女は願いを告げたのだ。

 この行動が、俺の気持ちを変えることはないと知りながら。


「確かに神崎が加わってもらえるならば、話も円滑に進むかもしれない。……それに、今後の生徒会運営についても願ってもない話だが……」


 言葉を区切り、会長は後ろへ振り返る。

 瞳から、小泉と俺に問いかけていた。


「もちろん!僕たちは神崎さんの加入を歓迎するよ!」


 小泉は嬉しそうに言った。

 三浦も火野君も異議を唱えることなく笑みを浮かべて頷いている。


 この場にいない白石も、きっと両手を挙げて喜び迎え入れるだろう。


「真良……どうだ?」


 会長は最後に俺に目を向けると、静かにそう呟いた。

 実質、これが最後の問いかけだ。


 生徒会役員の規約により、在籍する役員の推薦と担当教員からの承諾があれば空いている枠に生徒を指名することが出来る。

 須藤先生も間違いなく承諾するはずだ。


 能力も、人望も、すべてにおいて彼女は適正な人物だろう。

 だから、雫の加入を止めるのなら俺が否定することになる。



「俺は……」


 呻くように喉から僅かに絞り出すと、視線の先の雫と目が合う。

 彼女は優しく微笑んでいた。


 瞳は強い意志が宿り、自らの意思で決めたのだと言わんばかりに。

 正直に言おう、俺は怖いのだ。


 彼女が俺に縛られているのではないかと思えてならないのだ。

 人生は一度きり、彼女が期待する未来に沿うことが出来ると断言などできない。


 俺の性格が、信条が、うやむやに築き上げる関係性を否定する。

 自分自身が本当の意味で相手を好きになるという感情を理解することできるその日まで、俺はきっと彼女の言葉には答えることが出来ない。


 それまでの間の時間を、彼女は将来無駄な時間だったと思い返すのではないか。

 そんな無駄な考えだけが、脳裏を過っていた。


「湊君……悪い癖が出てますよ?」


 沈黙した状況で、雫が笑いを含んだ声音で言った。

  

「悪い方向に考えが凝り固まって、自分の責任だと思っているのでしょう?」


「……」


 何も言い返すことが出来ない。

 事実、その通りだったからだ。


 長年、隣で付き添ってきた彼女にはお見通しらしい。

 それを悪い癖だと指摘すると、彼女は首を横に振る。


「これは前から考えていたことなんです……湊君が生徒会に加入するのであれば私もお手伝いがしたい。会長の補佐として何かをしたいと思う湊君のように、私も湊君のために何かをしたいです」


 ……それは、生徒会の役員としてはどうなのだろうか。

 なんて思いも僅かに込み上げる。


 なぜ、俺はこのような状況でも相も変わらず屁理屈のような疑問を思い浮かべてしまうのだろうか。

 湊君、悪い癖だぞ。


 雫にそこまで言われて、俺は会長の問いかけに否定することは出来なかった。

 僅かに頷いて、了承の意図を伝える。


「では、仮ではあるが神崎を生徒会の書記として活動してもらうことにする。後日、教員の承諾を経て正式に通達をしよう」


「ありがとうございます!」


 会長の一言に、雫は大きく頭を下げる。

 小泉達が拍手で迎え入れ、少し照れたように雫が笑って見せた。


 ……これで本当に良かったのだろうか。

 答えはまだ出ない。


 だが、いま俺が出来ることがあるとすれば、未来の関係性に問わず彼女が後悔しないように努めることくらいなのだろう。




「では、改めて桜祭成功のために一仕事頑張るとしようか」


 会長は全員にそう告げると、笑みを浮かべて頷いて見せる。

 小泉が、三浦が、火野君がそれに返事を返して活動を開始する。


 書類を手に、何をすべきかを話て動き出す。

 俺はその状況を眺めながら、隣の少女に目を向けた。


 彼女も、自身が何をすべきか考えているようだった。

 そして、その隣に立つもう一人の少女、綺羅坂に会長は問いかけた。


 俺達に隠すことなく、堂々と質問を投げかけたのだ。


「怜は、生徒会に加入しなくて良かったのか?」


「私?」


 あの場で綺羅坂も参加を願っていたのなら、どうなっていたのだろうか。

 その可能性は大いにあったし、実際彼女なら自分もと言いかねない。


 会長の問いに俺も興味があり綺羅坂に視線を向ける。


「そうね……」


 顎に手を当てて、思案顔で暫し黙り込む。

 そして、まるで悪いイタズラを思いついたように、あのいつものような悪い微笑を浮かべて言い放つ。


「私自身がその場に関われているなら肩書は何でもいいわ……それに、最後は私のモノになれば構わないの」


 その言葉に、雫がムスッと頬を膨らませ、会長は嘆息を吐く。

 綺羅坂怜は、どんな状況でも揺るぐことはないらしい。


「まったく、怖い女だよお前は」


 そう呟いた会長の言葉に、俺も背筋を思わず震わせたのだった。

  

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