#210
アプリ版平凡な俺と非凡な彼らも「まいどく」にて配信中。
「お断りします」
凛とした声で断言した会長の姿に、桔梗女学院の生徒だけでなく小泉や三浦までも少々驚いた表情を浮かべる。
須藤先生から聞いていた事前情報では、この合同開催は事実上の決定事項であり、そのため生徒同士で話し合いの場を設けたというのが本音である。
本来はこの場で互いの最低条件……希望を照らし合わせてどのようなイベントへ持っていくかを確認するのが相手側の考えるところ。
当然、先生の話を聞いた段階では俺達もそのような認識だった。
しかし、会長は迷う素振りもなく断ってみせた。
「断るって……何を意味するのかお分かりですか? 生徒の一存で学校の方針を否定なさると?」
「当然、自覚した上での発言だ」
瀬良が取り乱すことなく告げると、会長も迷うことなく切り捨てる。
俺も上下関係はハッキリとさせておく必要性があるとは進言したが、提案自体を棄却するとは思ってもみなかった。
……というか、断れるのね。
回避が難しいと聞いていたから、考え方がどのようにイベントの方向性を決めるかに絞られていた。
俺自身、盲点だった。
合同開催について回避が難しいと言っても、面倒な問題を回避するための考えを放棄していたのだから。
その瞬間、これまでとは正反対のいかにイベントを成立させないのかという方向性へと変わる。
話を最初から思い出し、何が問題であり、どこを相手に指摘すれば一番の痛手となるのか。
無論、突然として挙がった合同の提案だろう。
合同の内容を聞いて、悪い点はあまりないように思えた。
文化祭といえども学校で個性が出る。
俺達のようなお祭り騒ぎの文化祭があれば、桔梗女学院のような合唱を主にした文化祭もある。
だから、相手の行事自体を否定することは断じて出来ない。
相反する二つの文化祭があるからこそ、それを合わせて相乗効果を図りたいという提案自体は悪くない。
メリットは確かにある。だが、その反対でデメリットも存在している。
桜祭だけであれば学校内で片付く問題も、二校での合同開催であれば連絡を取り合わないといけない。
時間が少ない中、その手間は非情に痛手だ。
そして、経費の面でも例年通りでは不足するはずだ。
最初から計算のやり直しから始まり、クラスの上限額の設定などが必要となる。
そんな問題は簡単に想定できるはずなのに、これまで話が上がってこなかったこと。
要するに、この案が出るまでの経緯には些か疑問がある。
ならば、相手の行動に目線を向けるべきだ。
彼女達が合同にすることによって何を得られるのか、何が最大のメリットとなりえるのか。
同じ市内の高校だ、別に関係性に問題はない。
そして、向こうは女子高でありこちらは共学だ。
文化祭はそもそも金稼ぎが目的ではないので、金銭面に関しても選択肢の中から除外すると残されたのは来場する人間の数。
桔梗女学院は古き伝統のある合唱や吹奏楽の演奏を文化祭の主にしている。
なら、訪れる人も外部の人は少ないはずだ。
親族や友人が大半だろう。
合同にすることで、何が変わるのか。
……外部の人間が桔梗女学院の文化祭にも訪れる機会が格段に上がるという事だ。
桜ノ丘学園の文化祭は祭りだ。
地元中学生から進学希望の市外の中学生、そして保護者を連れて多く来場する。
その人たちは少しでも自分達側に引き入れておきたいと考えれば、色々と辻褄が合ってくる気がする。
これは、あくまで気がするというだけだが……
突然の合同になれば、こちらも対応に追われて満足出来る形の文化祭にはならないだろう。
しかし、毎年同じ合唱と演奏であればその心配は少ない。
形は違えども文化祭としてもクオリティが変わって来る。
この考えが正しいのか、それとも間違っているのかはここにいる人に聞いても答えは出てこないだろう。
何故なら、考えられるのが来年度の入学希望者を増やしたいという狙いなのではないかという事だからだ。
生徒会の人達はそんな問題は教えられていないはずだ。
言われていて、合同開催、生徒会同士の連携、商店街も巻き込んだ初の試みといったところだろう。
と、ここまで思考が至ったところで、会長の言葉に賛同する気になった。
過去にないというフレーズに騙されることなく、桜ノ丘学園の文化祭で貫けばいいのだ。
「既に両校で話が固まりつつある問題ですよ?それなのに生徒会が個人的な考えから拒むのですか?」
瀬良はなおも会長の言葉を信じられないといった様子で見据えている。
瞳には、やはり感情が見え透いてこない。
「確かに学校同士で話は行われていたらしいな。だが、我々生徒会だけでなく既に動き出している桜祭の実行委員にすら話をすることなく一方的に決定された合同企画に何故参加しなくてはならないのだろうか」
文化祭まで約四週間。
十月末には何もしなくても文化祭は開催される。
それまでに彼らは最高の文化祭を作り上げるべく現在進行形で活動を開始している。
まあ、生徒に合同開催しますと言えば喜ぶだろう。
こんな典型的な青春イベントを派手に行うのだ、楽しいと思うに決まっている。
だが、それを運営していく義務がある実行委員から言わせればたまったものではないはずだ。
自分達も一応はこれまでのデータを元にコンセプトをまとめてきている。
それを白紙にして新しいイベントをしかも合同で開催してくれなどという無茶ぶりなオーダーなのだから。
「……学園の良い未来のために尽力するのが生徒会です」
「生徒がより良く過ごせる環境を作るのも生徒会だ、学園の都合に生徒を巻き込んではいけない」
その瞳が何を見ているのかは分からないが、それでも声音には少しの怒りと軽蔑が混ざっているように聞こえた。
生徒会は学園を支える。
だから、学園が歩む方向に異議を唱えず尽力するのが、彼女達の生徒会という組織なのだろう。
「……あんた達は合同って話を聞いた時、どう思った?」
ふと、そんな問いを投げ掛けていた。
彼女達も生徒会である前に一生徒である。
自分達の思い描く学園生活や文化祭についての想像図があるはずだ。
それを学園から違う物へと提案されたときの彼女達の心境はどのようなものだったのか。
前向きに捉えたのか、嫌々ながら学園が決めたことだから従っていたのか。
「それは……」
交わっていた視線が逸れる。
隣に座る生徒達も、俺の問いに渋い表情を浮かべていた。
確かに俺達よりも、相手方の生徒会の方が早く情報共有がされていた。
だから、具体的な案を持ってこの場に参加しているはずだ。
だが、全員が賛同しているわけではなかろう。
「生徒会は学園と生徒の間で板挟みになる、だから立場も難しいのは私達もよく理解している」
会長がそう告げると、先ほど渡された合同文化祭についての提案書を相手に向けて返す。
それが何を意味しているのか、そんなものは言葉にする必要はなかった。
「確かに学園が決めたことを生徒会がサポートするのは当たり前の義務だ……しかし、ただ頷いて従うだけでは生徒達の代表として選ばれた意味はない」
強い意志の籠った言葉が教室内に響き渡る。
生徒の代表、その言葉が俺自身の肩にも重くのしかかる。
俺も、荻原優斗と席を争った結果生徒会のメンバーとして生徒に選ばれたのだから。
相応の結果、行動は残す必要がある。
「文化祭は学生達には一番楽しみな行事だ……それを大人の道具にしてはいけない」
会長も、限られた情報の中でたどり着いた答えは俺と似ているものだったらしい。
話し合いの完全な終わりを示す言葉に、両陣営は暫し沈黙が広がる。
まもなくして、立ち上がった相手方生徒会役員たちは小さく礼をすると身を翻す。
入室してきた戸に向け歩みを進めると、会長の瀬良が振り返る。
「最後にお尋ねしたいことが、真良さんとはもしかして本校の真良楓さんのご家族ですか?」
「……兄です」
短く、事実だけを述べる。
すると、合点がいったのか数回頷いてから嘲笑を帯びた笑みを浮かべる。
「そうですか……あの楓さんのご兄妹と聞き、さぞ秀でた人物だと期待していたのですが、あまりにも似ていなくて少し疑ってしまいました」
もう十年以上聞き慣れてしまった言葉に、溜息を零して聞き流しているとその言葉に反応を示したのは会長だった。
「瀬良さん、真良については下手に触れないほうが良い」
「はい?」
理解に苦しむといった表情を浮かべた瀬良に、会長は何か続けざまに言おうとしたが、眉間に手を当てて溜息を零す。
もう手遅れだ、そう表すかのように。
首を傾げている瀬良は、次の瞬間体を硬直させる。
後方から気配もなく出てきた二つの手が、彼女の肩に置かれたのだ。
そして、瀬良が勢いよく振り返った先にいたのは我らが桜ノ丘学園が誇るお姫様の神崎雫と女王こと綺羅坂怜だった。
雫は怖いくらいに満面に笑みを浮かべ、綺羅坂は瞳から相手を貫かんとばかりに鋭い視線が向けられていた。
「うちでは、真良については取扱注意なんだ……といってももう遅かったようだ」
桜と桔梗が初の邂逅をした場に最後に響いたのは、驚愕と恐怖の小さな叫び声だった。
……いや、なんかごめんね、本当に。
なぜ会長が断ったのか、その理由については次話で書かせていただきます。




