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平凡な俺と非凡な彼ら   作者: 灰原 悠
第二十八話 桜と桔梗

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#208

9月27日で「平凡な俺と非凡な彼ら」が二周年!

皆様、本当にありがとうございます!



 須藤先生の背を追う形で廊下を進み、たどり着いたのは職員室隣にある生徒指導室だった。

 普段、何も問題を起こすことなく過ごしている生徒には関りのない部屋である。

 

 漠然と怒られる場所という認識からの抵抗感が生徒指導室の中に入ることを拒む。


 先に前を歩く二人が室内に入ったのを確認してから、そろりと中を覗き込むようにして入室した。

 室内後方にある扉で隣の職員室と繋がっている作りにはなっているが、基本的には個室のように遮られている。


 簡単な机と椅子が置かれ、それ以外は何もない場所だ。

 向かいの席に須藤先生が腰掛け、奥に会長、そして手前に俺が座る形で会話の準備が整った。


 何用で呼ばれたのか聞かされていない会長と俺は、ただ黙って会話が始まるのを待つ。

 普段から難しい表情をしていて、生徒から避けられがちな須藤だが今日は二割り増し程難しい表情をしている気がする。


 まあ、これは俺が先生の顔を見て思ったことであり、他の生徒からすれば激おこに見えるまである。

 それくらいにこの人の表情は厳しく、近寄りがたい。


「会議を抜けてもらってまで柊を呼んだのは、今日行われていた桜祭について新しい問題が発生したからだ」


 机の上に両肘をついて手を合わせ、重苦しい雰囲気の中で語り始める。

 有名なアニメを連想とさせる姿に、俺だけが話題とは関係性のない思考を巡らせる。


「……問題といいますと、予算や日程の変更でもありましたか?」


 会長が最初に思い浮かぶ候補を挙げていく。

 だが、俺はその前に「俺も呼んでいるからね、なんなら指名でここに連れてこられているからね?」と言いたくなる。

 

 むしろ、言ってしまおうかと思ったところで会長が質問を投げかけたので、その機会は訪れなかった。



「いや、日程や予算についてはではなく、桜祭そのものについての問題だ」


 須藤先生があらかじめ部屋に用意していたのだろう用紙を隣の席から手に取ると、机の上に差し出す。

 覗き込むように会長と並んで内容の確認をすると、確かに想像していない問題がそこには記載されていた。


『文化祭の二校同時開催』


 題にはそう書かれ、下には二校で文化祭を同時に行いましょうという提案書のようなものが書かれていた。

 一校は当然、桜ノ丘学園である。


 そして、もう一校は俺が良く知る高校だった。

 桔梗女学院ききょうじょがくいん、楓の通う市内にある女子高校だ。


 市内の正反対に建てられた高校は、暗黙の了解で不干渉になっている。

 誰が決めたわけでもなく、そういう風潮だけが残っていたのだが、それが今回直接関わろうとしているのだ。


「同時開催……このタイミングで言い始めることではないでしょう」


 俺が須藤先生に向けて発した。

 現実的でもなければ、メリットすら感じない。


 わざわざ二校で同時開催する必要性もないはずだ。

 各々が文化祭には特色があり、俺達桜ノ丘学園では生徒達が販売という経験を体験できるまたとない機会。


 それに対して、桔梗学園の文化祭は古き行事であり、合唱に重きを置いている。

 祭りと合唱……どう考えても内容が正反対過ぎる気がするのだが……



「私も真良の意見に近いですね、なぜ合同なのか……そして何故このタイミングでの提案なのか理解できません」


 会長も否定的な意見を述べる。

 声音からは針のような鋭さを感じる。


 組織が動き始めて間もないが、余計な混乱を招くことになる。

 それに今から二校で連携を図るというのであれば、それこそ間違いなく時間が足りない。


 当然、俺達が考えているような問題は須藤先生も分かっているはずだ。

 そのうえで問うた質問なのだが、目の前の先生自身も納得していない様子だった。


「学長には何度も来年にすべきだと進言したのだが……向こうの学長、そしてこの町の町長までやる気を見せてしまってな」


 説明には不足している一言で、周囲の反対を押し切って決定した内容であることが分かった。

 俺達の学園の学長がどんな人か、そして相手の学長と町長まで出てきたとなると、本格的に前向きな検討をしているのだろう。


 俺は呆れて溜息を零してから背もたれに寄りかかり、天井を見上げる。

 隣の会長も顎に手を当てて思案顔で固まってしまった。


「早ければ明後日の朝には合同で行われることが発表されるはずだ、その前に柊に声を掛けたのは明日の放課後相手の高校の担当教員と生徒会が訪れるからだ」


 ……俺も呼ばれているからね?

 そろそろ、俺が呼ばれていることを自覚しような、と思いながらも呼ばれた意図を把握する。


 向こうが生徒会を出してくるのなら、こちらも生徒会をということだ。

 教員の相手は須藤先生が行うのだろう。


 だから、生徒の相手を俺達がするのだが準備をしておいて欲しいという事だろう。

 ますます、面倒な話になってきた。


「提案に至った理由は?」


「町全体でのイベントを行い活性化、加えて外部からの集客を呼び込むことだ」


 俺などよりも何倍も頭を回転させて目の前の問題に思慮している会長が尋ねると、ざっくりとした答えが返って来る。

 少し離れた隣町でも大型ショッピングモールが建てられ、過疎化の一途をたどるこの町は何かしらの手を打たないといけない状況になっている。


 結果、一番効率的にかつ集客が見込めるのが文化祭というわけか。

 例年、桜ノ丘学園の文化祭には市外からも多くの中学生とその保護者が来場する。


 景観、知名度、そして仮にも進学校であり制服などもオシャレと有名だ。

 生徒の自主性を掲げているからこそ、縛られることが少ないことも大きな理由でもある。



 町長からすれば絶好の当て馬に使われたわけだ。

 文化祭が盛り上がるのは大いに結構だが、両手を挙げて喜べそうにない状況を作ってくれたものだ。


「明日の話し合いで最終判断されるが、同時開催は避けられないだろう」


 重い雰囲気で告げた須藤先生は、申し訳なさそうに視線を向ける。

 教員への負担は当然だが、生徒……実行委員会への負担も当然増えることになる。


 例年のデータなど参考に出来ないレベルだ。

 だからこそ、こうして呼び出されたのが会長なのだろう。


 白石でもなく、柊茜を呼んだのはそういうことだ。

 

「……分かりました、相手生徒会の対応はこちらで何とかします。同時開催が避けられないのであれば仕方がありません」


 気持ちを切り替えるかのように、短く息を吐いてから会長は言った。

 表情は普段のようにただ微笑を浮かべていた。


 目の前の須藤も安堵したように息を吐き、頭を小さく下げる。

 

「すまないな、私もなるべく時期を来年度に変えるように進言してみる」


「よろしくお願いします」


 その会話を最後に、俺と会長は生徒指導室から廊下へと出た。

 歩みを向けた先は会議が行われている視聴覚室ではなく、生徒会室だ。



 重苦しい鉄扉を開けて、馴染みある生徒会室の椅子に腰かけるとようやく会長は閉じていた口を開く。


「同時開催か……無茶なオーダーを任されたものだ」


「……そうですね」


 内容次第では、文化祭の構想から練り直す必要もある。

 それに加えて、予算の計算し直しやこれまで密かに進めていた文化祭への準備も丸々やり直しの可能性もある。


 本当に無茶なオーダーだ。

 町長が絡むのも正直理由が分からない。


 だが、経緯などを考えるのは教員達の仕事だ。

 俺達はただ目の前の行事を成功させることに専念するしかできない。


 だからこそ、会長もそこについては須藤先生にも触れなかったのだろう。

 

「桔梗女学院は君の妹の高校だったな」


「まあ……でも新入生なんで情報も少ないですけどね」


 家ではあまり女子高についての話をしていない。

 だから、俺から聞き出せる情報も少ない。


 そんなことを思っていると、会長は何か疑問に思っていたことが合致したように話を始める。


「例年、我が校と女子高では体育祭が一日ずらして行われている。それは、見に来る人を二分割しないためだ……だから今年は同時に体育祭が行われたことに少々疑問を感じていたのだが、納得したよ」


 会長は自分の椅子をくるくると回して言った。

 確かに、体育祭は楓と同じ日程だった。


 そこに疑問は抱いていなかったが、例年はスケジュールをずらしていたのか。

 ここまで聞いて、やっと会長が何を言いたいのかを察することが出来た。


「文化祭の日程も被せる予定で最初から組んであったわけか……」


「ああ、そのうえで町長に両校が同時に開催するのであれば町を引き込んだ全体での開催を……なんて提案でもしたのだろう」


 きっと、この構想を考えた人間は相当捻くれた性格に違いない。

 俺が言うのだから間違いない。


 何を思い、何が理由で、何のために合同開催なんてわけのわからん案を提示してきたのか、それは明日の話し合いで見えてくるものがあるはずだ。

 とにかく、まずは合同開催になったことを想定して相手に主導権を握らせないことを最優先で考えるべきだろう。


 白石達が現在行っている実行委員会会議が終了したら、持ち合わせている情報をすり合わせて対応策を練る必要がある。

 そんなことを考えていると、会長はクスクスと笑いを浮かべる。


「……どうしました?」


「いや、須藤先生が白石でも小泉でもなく君を呼んだ理由が少しだけ分かってね」


「暇人だからですかね……」


 適当にそれらしい理由を返すと、会長は首を横に振る。

 そして、その答えを告げる。


「正直、恐ろしいほどに君は冷静だ、他の生徒会役員や白石達ではそんなに冷静に考えてられないだろう」


 ……これは、褒められているのか、よく分からないのだが。

 会長は楽しそうにしているが、ぜんぜん楽しくはない。


 むしろ、面倒事が増えて嫌になってきているまである。

 でも、会長が言いたいことは少しだけ分かった気がする。


 皆、目の前の文化祭を成功させようとしている。

 過去の傾向や今年のトレンドなども加味して、様々な趣向を凝らしている。


 そんな状況で急に白紙に戻り、更には近隣の高校と合同開催と言われたら頭がパンクしてしまう。

 俺は重要な役職貰ってませんからね……貰ってませんからね!


 一番、楽な気構えで望んでいたから人選としては間違っていなかったのかもしれない。

 

「さて……まずは私と二人で話し合いと行こうか。真良は明日の生徒間の話し合いで必要なことは何だと思う?」


「……」


 その問いに少しの間を空けて考える。 

 優斗とかなら両校の平等な関係性で―――うんちゃらかんちゃら言って一緒に頑張ろう的なことを言うだろうな。

 

 でも、それだと会話も平行線になりかねない。

 となるとすれば、相手に嫌われるようなことがあったとしても……


「上下の関係性をハッキリさせましょう……」


 俺の言葉を聞いて、ほんの僅かだが会長の口角が上がったように見えた。

 そう……まるで綺羅坂が面白いことを考えてしまった時のような、そんな笑みな気がした。



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