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平凡な俺と非凡な彼ら   作者: 灰原 悠
第二十八話 桜と桔梗

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222/355

#207

文化祭編開始です


 季節は変わりを迎え、カレンダーの数字が二桁の十月を迎えた。

 体育祭の熱気が冷めやらぬ桜ノ丘学園では、次なるイベントが目前にまで迫っていた。


 緊張感と期待感が入り混じる教室内で、口火を開いたのは桜祭実行委員長の白石紅葉だった。


「これより、桜祭第二弾である文化祭についての会議を始めます」


 一棟の二階に設置された視聴覚室で行われた実行委員会議では、普段教員が立つ壇上で白石が立っている。

 後ろの黒板には『文化祭について』と大々的に書かれ、生徒達は手元の資料と白石に視線を移動させながら耳を傾ける。


 各クラスから代表が二名に生徒会役員、そして荻原優斗、神崎雫、綺羅坂怜の三名を加えた総勢三十八名が集まる。

 視聴覚室の前方に一般生徒達が腰掛け、その後方に生徒会と雫達が座っている。


 俺はその中でも一番後方に腰を下ろして全体が眺める位置で様子を窺う。

 やはり、実行委員に選ばれている生徒だけあって、会議が始まれば談笑をする生徒は見受けられない。


 白石も余計な話がないことを確認してから、自己紹介を始めた。


「桜祭実行委員長の白石紅葉です、今年の文化祭……今後は桜祭と呼称しますが、一年の間でも最大の学生イベントです。皆様のご協力のほどよろしくお願い致します」


 既に体育祭で事前の顔合わせと自己紹介は終わらせているので、形式上の自己紹介だが生徒達は挨拶を終えた白石に拍手を送る。

 拍手が鳴り止んだところで、白石は実行委員に配布されているプリントを掲げる。


「先日行われた体育祭は言ってしまえば一種のレクリエーションです。生徒同士の交流を深めて気持ちを本番の桜祭に移すことが目的であることを前提に置いた上でこちらのプリントをご覧ください」


 白石本来の強気な姿勢は健在で、一年生ながら上級生にハッキリと告げる。

 俺個人の意見ではあるが、こと会議や組織運営の取りまとめに関しては白石は能力を遺憾なく発揮するはずだ。


 話の大筋を決め、その反応を予想する。

 模範解答に近い答えを事前に用意して、学生からの問い合わせには応対することが出来る。


 万が一不測の事態が発生しても、即答する必要のない問題であれば一考する時間もある。

 選挙の時とは違い、後ろには生徒会の面々も控えているのは彼女にとっても心強いはずだ。


 ……俺はどう思われているが知らんが。

 だが、体育祭がレクリエーションの一種であるという考えは俺も賛同するところ……パフォーマンス向上のための前座に過ぎない。


 一般生徒達はそれでいいのだ。

 仲良く手を取り合って楽しい青春イベントであることは間違いないのだから。


 だが、この場にいるのは各クラスを代表した生徒達だ。

 桜祭が成功するか失敗するか、結果に直結する責任ある立場の生徒達がいつまでもお祭り気分でいてもらっては困る。


 実行委員としてイベントを成功させたいと思うのであれば、その事実をまず受け入れてから次に進まなければならない。

 

 学年が違うから、経験がないからという理由で白石を実行委員長に否定的に捉える生徒がいるのであればこの場には相応しくない生徒だ。

 人選からやり直すことも考えなくてはいけない。


「……」


「……」


 真剣な面持ちの一年生、そして実行委員長である白石の言葉に一同は押し黙る。

 幸いにも白石に苦言を発する生徒がいなかったことは、滑り出しとしては上々だ。


「昨年の来場者数と入学希望者のアンケートです、当然ですが本年はこの数字を勝る数の人を集めることが最大の目標になります」


 まず、全生徒の明確な目標を提示する白石の立ち振る舞いに安堵していると、視線が生徒会の座る席に向けられる。


「っと……話を本題に移す前に会長から何か伝えておきたいことなどはありますか?」

 

「いや、今日は桜祭に向けての最初の会議だ。実行委員の方針を生徒会としても把握しておきたいところだから言葉を挟むつもりはない」


 投げかけられた問いに会長は首を横に振る。

 立ち上がることはせずに、ただ全生徒に聞こえる程度の声量で返事を返した。


 あくまで生徒会は実行委員の活動、方針が正しいかを監視する立場だ。

 そして、必要であれば人手を出す、教員に話を通すなどをするのが主な活動になる。


 しかし、実行委員会があったとしても生徒会の発言力は大きなものだ。

 いや……生徒会ではなく柊茜の発言力だろう。



 仮に、実行委員の総意で提出された案だとしても会長が否定的な意見を述べればそれだけで再検討を余儀なくされる。

 生徒会が実行委員会とは別組織だとしても、無視できる存在ではない。


 桜祭を運営する委員会だから好きに行事を彩っていいわけではない。

 メリット、デメリットを学校側に提示して納得させる責任がこの場にいる生徒にはあるのだ。


 無論、生徒会にも同様の責任がある。

 だから、すべてを任せきりにするわけではなく適材適所で作業を分担しようってわけだ。

 


 だが、裏を返せばそれだけ生徒からの信頼が厚いということでもある。

 毎年、桜祭は成功に終わっている。


 今年も大いに盛り上がることを期待している生徒が大多数のはずだ。



「三年生は受験などで多忙のため、作業の多い分野は一、二年生で請け負います。内容としては経理、会計を実行委員からは綺羅坂先輩を、生徒会からは三浦先輩にお願いします」


 白石の説明を受けて視線を集めた三浦は小さく頭を下げ礼をする。

 一方、綺羅坂は話題に出ても微動だにせず資料に視線を落としていた。

 

「そして、生徒間との交渉については荻原先輩と神崎先輩を実行委員から、生徒会からは小泉先輩が代表となります」


 次に名前が出た二人には、小さくだが歓声の声が聞こえる。

 特に女子生徒は優斗に熱い眼差しを向けている。


 ……まさか、優斗が参加するのを目当てに実行委員に参加した生徒はいないだろうな、なんて心配が生徒会の脳裏には浮かんだことだろう。

 

 雫もニッコリと微笑んでお辞儀をして無言の挨拶を生徒達と交わす。

 


 事前に打ち合わせしていた通り、組織図を確認しながら会議は進む。

 三年生を中心にした組織運営にした場合、経験からの安定した運営を行うことが出来るがその反面、進学や就職活動についての時間を割いてしまう。

 

 例年、三年生にはサポートやアドバイス、そして自分達のクラスの出し物についての舵取りを任せて、大きな作業などについては後輩たちが受け持つことになっている。

 ……生徒会に入るまで知らない情報だったことは、俺的にトップシークレットになっているので要注意だ。


 興味がなかったからではない、機会がなかったからだ。

 ……うん、そうだ。



 各担当の代表が立ち上がり、一礼して顔合わせが終わると議題は次に移る。

 限られた時間の中で行事を進めるには、用意された時間はあまりにも少ない。


「配布資料の二ページ目をご覧ください、本年度の予算と過去の予算を抜き出した票があります」


「……」


 教室内に紙が擦れる音が鳴り響く。

 音フェチの人で、紙の音が好きな人がいるって聞いたことがあるが、好みとは不思議なものだと思いつつ俺も同様にページを捲る。

 

 本年、去年、そして例年のおおよその予算が記載されている用紙を見て、少しばかり驚愕した。

 金額が俺の知っているお小遣いや買い物と桁が違った。


 俺の毎月の小遣いなら数年は余裕で過ごせる額がそこには書かれていた。


「こちらの予算を元に本年の桜祭は運営されます……そして次のページには各クラスからの出し物の希望と過去のデータからの予算比がありますが―――」


 ここまでスムーズに進んでいた白石の言葉が途切れる。

 難しい表情から、俺も視線を手元に向けるが理由はすぐに分かった。


 全体の予算が書かれた欄の隣、希望通りに進めると掛かるであろう費用が赤文字で記載されていたのだ。

 備品の購入費用、それにレンタル費用、食材であればその費用を加えたうえで、天候と気温などで上下するであろう売り上げが計算されて個別に書かれている。

 

 正直、天気や気温までの状況に応じての計算までしているとは思っていなかったが、これは三浦と綺羅坂が出したものだろう。

 あの二人なら、これくらいの予想と計算は淡々とこなしてしまうだろう。


 その結果として要は赤字、これではいくら桜祭が盛り上がったところで教員からの評価は失敗に終わる。


「具体的にはどこが問題だったんだ……?」


「そうね……」


 前の席に腰掛けていた綺羅坂に問うと、彼女は赤ペンを取り出して特定の数字に線を引く。

 かなりの数が線を引かれているのを隣の雫も眺めていると、振り返った綺羅坂に手渡される。


「各クラスが全体的に予算を多めに計算しているのもあるけれど、特に問題があるのはここら辺かしら?」


「……」


 前の席から身を乗り出して雫も紙に視線を落とす。

 ふわりと香る良い匂いはシャンプーなのか、気になるところですね!


 

 思考が無関係な方向に進んでしまったが、方向修正して数字に目を向ける。

 確かに、喫茶店と申請しているクラスの額が食べ物で申請しているクラスに近い額であることも疑問だが、それ以上に目立つのは経費が掛かることが少ない部活動の出し物枠が予想以上に予算を圧迫していた。


「なんだこれ……コスプレ試合って」


 野球部が提出していた内容が意味不明だ。

 試合でコスプレって、何がしたいんだこいつらは。


「チームごとに色の違うメイド服を着て試合するらしいわよ」


「なんの拷問だそれは」


 去年も運動部はグラウンドで試合を行っていたりするのだが、それの衣装を買うから上限額で提出されているのか……

 というか、メイド服ってチョイスが野球部の悪いノリを如実に表していた。


 呆れて溜息を零しながら、ここは優斗達を連れて行って案の変更を考えてもらう必要があると思っていると、教室後方の扉が開く音が聞こえてきた。

 入ってきた人物を確認すると、生徒会顧問の須藤先生の姿がそこにはあった。


 無言で歩み寄る姿に、会議を確認にでもきたのかと思っていると会長の隣で足を止めた。


「柊、少し話がある」


「話でしょうか……お時間に余裕があれば会議の後だと助かります。最初の会議ですので」


 会長が須藤先生の強面に臆さず答えるが、その願いは叶わう事は無かった。


「いや、桜祭に関係する話だ、小泉と三浦は確か実行委員でも重要な役割があるな……では真良、お前も来い」


「俺も色々と役目がある気がしてきました……」


「そんなわけがないだろう」


 突然向けられた白羽の矢に、特別重要な役目を受けてはいないが本能が連行を拒む。

 完全に嫌だオーラを滲みだして言ったのだが、教員には通用しない。


 これが本当の即答。

 容赦ない言葉がちっぽけなプライドを傷つける。


 若干落ち込む俺など気にもしない様子で踵を返して教室の扉に戻る姿に、会長も無言で従う。



 一人不機嫌を隠すことなく表情に浮かべていると、会長が隣をすれ違う瞬間に制服の袖を掴まれて強制的に連行される。



「湊君……」


「悪い……あとで内容を聞かせてくれ」


 心配そうにこちらを見つめる雫と綺羅坂に短く告げると、抗うことなく会長の後に続いて教室を後にした。

 まあ……十中八九この後に訪れるのは良い展開ではないという事は、数々のライトノベルを読破してきた経験則から分かり切っている。


 廊下を無言で進む中、内心で面倒ごとのレベルが低いことを祈った。



 

学生の青春的イベント文化祭の開幕です。

よければブックマーク、評価、ご感想等お願い致します。

まいどくアプリでも作品配信しているよー

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