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平凡な俺と非凡な彼ら   作者: 灰原 悠
第二十七話 運動と労働

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#203

書店アプリ「まいどく」版の平凡な俺と非凡な彼らもよろしくお願い致します。

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 借り物競争に向かった綺羅坂を見送り、雫はグラウンドの様子を見守り俺は進行表を片手に時間の逆算をしていた。

 概ね予定通りのタイムスケジュールで進行しているが、これまでは個人種目が多かったので、今後の集団競技は準備やアクシデントが付きものだ。



 どうせ、俺は暇な時間が多いので用具の準備などを先に済ませておこうかと考えていると、生徒会のテントに会長が戻ってきた。

 三年生の徒競走に出場していたので、少しだけ汗を滲ませている。


 桜ノ丘学園指定の体操服はシャツはシンプルに胸元に桜の校章を描いて、袖や首元などに明るいラインが入っているだけのものだ。

 その上から、淡い青色のジャージを個人の体温調節で着る形になる。


 俺も雫も競技の時はシャツになり、待機の間は汗で体が冷えないようにジャージを羽織っている。



「どうだね、進行のほうは」


「順調です……この後の種目でスムーズに進めば文句なしですね」


 机の上に置いてあった飲み物を手渡すと会長は微笑んで受け取る。

 タオルで汗を拭って、喉を潤すとグラウンドに視線が向かう。


「次は借り物競争か……怜と火野が参加すると言っていたな」


「火野君は知らないですけど、綺羅坂ならさっき待機所へ向かいましたよ」


 資料に向けていた視線を動かすことなく会長の言葉に返事を返す。

 火野君が借り物か……似合わんな。


 そもそも、綺羅坂にも似合わない種目だ。 

 なんで、これに出たのかすら疑問に思うレベルで似合わない。


 待機所とは反対の場所では、小泉と三浦がコースの途中に箱を数個設置していた。

 あの中には生徒会の面々と実行委員たちで考えたお題が入っている。


 当然、俺も考えた案が数枚入っているが、無理難題は入れていないつもりだ。

 眼鏡とか、ペットボトルとか、タピオカミルクティーとか……


 なんてナウくてトレンディな選出だろう。


 もしかしたら、絶対に見つからないお題とかも入れてしまった気もしないでもないが、まあ今更だ。

 かなりの量を入れたので、確率的には低いから平気だ。


 小泉達の準備が終わり、生徒達がスタートラインの近くで列を作る。

 

「真良は残りは何種目だ?」


「雫との二人三脚で最後です、それ以外は基本的に補欠要因かそもそも名前すら入ってません」


「そうか……つまらないな」


 珍しく、子供のようなセリフを吐いた会長におもわず視線が移る。

 一見、俺が種目に出ないことを嘆いている……かのように見えるだろう。


 だが、俺くらいになれば会長の言葉の裏を読み取ることくらいは容易に出来てしまうのだ。

 そう、そうやっていつも裏を読みとっているつもりになって逆に失敗しているのだが、今回はビビッときましたね。


 それはもう、朝のニュース番組くらいはビビってきましたよ。

 

 会長は俺の不甲斐ない姿をみて、密かに楽しみたかったに違いない。

 それはもう、母性溢れる視線だけは向けていながら「真良頑張れよ笑」くらいの言葉を思い浮かべているに違いない。


 完全に理解してしまった俺は、会長に敵意溢れる視線に変えて睨みつけていると会長は続けざまに呟く。


「合同種目なら一緒に競技に出られる可能性もあったのだがな」


「すいませんでした、いや本当に色々ごめんなさい」


 深々と、頭を下げて会長に謝罪の言葉を伝える。

 会長と雫は何のことやらと不思議そうに見てきたが、何故だろう自分が恥ずかしい。


 二人が何故俺が謝りだしたのかを気が付く前に、話題の方向性を変える。

 無理やり二人の視線を生徒達の方向へと移すと、ちょうど最初の一組が駆けだす所だ。


 その中に、やけに頭髪が赤色をした生徒が混ざっていた気がするが、たぶん人違いだ。

 

 その赤髪の少年は、箱の中から一枚の紙を引き出すと四つ折りを開いて愕然とする。

 他の生徒は周りを見渡して各々が目的の物を取りに向かう中、彼だけが立ち尽くしている。


 そんなに難しい内容のお題だったのだろうかと、俺達は見守っていると何か思いついたのか少年は生徒会テントへ向かい走り出した。



「先輩、タピオカミルクティーって誰が持ってると思いますか!?」


「コンビニに売ってるよ」


 間違いない、火野君でした。

 まごうことなき火野君で、彼が引いたのは期待通りの俺の案だった。


 後輩に対して申し訳ない気持ちがある一方、一般生徒が引かなくて良かったという安堵が溢れ出る。

 

 俺は野球部が使っているバックネット裏から少しだけ見えている校外のコンビニを指差す。

 そして、ポケットから五百円を取り出すと火野君に指で弾くようにして渡した。


「流石先輩っす!あざっす!」


 そう言って、火野君は裏門の方向へと全力疾走して消えていった。

 ……まあ、それ俺が書いたからね、今回は奢りでいいっす。


 一連の流れを静観していた雫と会長は、静けさを取り戻したテントの中で笑いを零す。


「真良もずいぶんと丸くなってきたのかな?」


「外見的にですか?」


「内面的にだ……」


 まさか、間食もしていないのに太ってしまったのかと一瞬不安に駆られたが、その心配はすぐに払しょくされた。

 だが、傍から見て内面的に丸くなったように見えているのか。


 だとすれば、それは俺にも多少の変化があったということだ。


「……別に今でも考え方自体は変わってませんよ」


 椅子に腰深く掛けて、視線だけを前に向ける。

 雫にも会長にも目を合わせることなく、ただ校庭を漠然と眺めていた。


 いま、俺が見ている景色も二年が始まった当初と違ったように見えているかと問われれば、それは否だ。

 何も変わっていない、目の前で楽しく微笑んでいる生徒達とは交わることがない。


 一線引かれた場所にいるのは健在だ。


「桜祭の第一弾、生徒間の繋がりを体育祭を通して確認することで文化祭に一丸となって望む……学長が開会式で言ってた言葉でしたっけ」


 生徒会テントの下に置かれた机から、一枚の用紙を手に取る。

 今回の体育祭について保護者向けに作られた説明用紙だ。


 学園長、生徒会、そして体育祭担当教員の名が連なり、耳心地の良い言葉が並んでいた。

 生徒の自主性を伸ばす、運動による生徒間の繋がり、友情、そして学園全体の一体化。


 どれも言葉で見る分には正しく綺麗な言葉だ。


「皆仲良くって書いてあるのに、やっていることは他者を蹴落として点数稼ぎ……活躍できるのも運動系ばかり、学生間の繋がりを重んじているとしても、結局現状では生徒間の溝を深くしているようにしか見えない」


 ただ、俺の捻くれた偏見的な考え方、捉え方だからそう思うのかもしれない。

 みんなが楽しんでいて、満足している可能性もある。


 だが、学園側の主張する理想としている生徒の繋がりは、この体育祭には見受けられないのだ。


「……ただ、生徒会役員として言葉にしてはいけないと自覚を持っただけですよ」


 そう、自覚を持った。

 生徒会役員として立候補を自らして、そして当選した。

 公約を掲げたわけでもなく、周りから何かを求められているわけでもない。


 ただ、生徒会としての周りのブランドイメージ的なものを守る必要が俺にも少なからず発生しているのは事実だ。

 ネガティブな発言をするのは、俺を知っている人たちの前だけにしようと思っていた。


「湊君……」


 隣で悲し気な瞳を向けてきた雫に、申し訳なく苦笑を返す。

 彼女はきっと楽しんでもらいたいのだろう。


 一緒に体育祭というイベントを楽しんで、思い出として共有したいのかもしれない。

 誰もが思う、学園生活の思い出ってやつだ。


「生徒会としての立場が君をそうさせるのか?」


 俺との付き合いが雫とは違い短い会長には、少し伝わりにくい言葉になってしまった。

 だからか、少しだけ寂しそうに、そして何か不安そうに問いかけてきた。


「いいえ、違いますよ……生徒会に入ったから前よりも良い体育祭だとは思えるようになりました」


 そう言葉を返すと、会長は少しだけ安堵したように表情を緩ませる。

 そして近くの椅子に腰かけて、視線だけはグラウンドに、意識はこちらに向けるようにして耳を傾ける。


「……」


 暫し、無言の時間が続く。

 目の前を生徒達が懸命に駆けていくのを見ながら、歓声がどんどん遠ざかっていくような感覚が体を包む。


 周りに自分の心境を言葉にして伝えるのは難しいものだ。

 そして、その言葉を理解してもらえるかも分からない。

 

 それでも、今の自分で言える精一杯の言葉で呟いた。


「本当に楽しいってどんな気分なんですかね……」


 長いこと感じていないことで忘れてしまった感情を、環境と自身の考え方に多少の変化があった程度ではまだ理解できずにいた。

 一言告げただけで、テントの下が完全に暗い雰囲気に変わってしまったのは自覚していたので、閑話休題、すぐに彼女達の意識を変えることにした。


「ほれ」


 指差す先には、綺羅坂がグラウンドの直線を完全に力を抜いて走っていた。

 まあ、これはお題を早くクリアできればいいので、最初は周りも例外なくある程度は楽をしている。


 綺羅坂が箱の中に白く細い手を入れて紙を引き出す。

 隣では他の生徒達が様々な表情を浮かべている。


 そんな中、彼女だけは紙を見てすぐに何か思いついたのかこちらに歩み寄る。

 まっすぐに、迷うことなく生徒会のテントまで向かうと俺の前に佇んだ。


 完全に上から目線的なあれだ。

 見下ろされている形で、彼女が何を発するのか待っていると無言で白い手に腕を掴まれる。


「綺羅坂さん、これはどういう意味ですか?」


 俺が引かれるのを拒んだのは雫だった。

 俺の服の襟を掴んで反対から引っ張ると、綺羅坂に尋ねる。

 

「お題よ……そうね、私じゃなくてあなたのほうが良いかもしれないわ。神崎さんも来てもらっていいかしら?」


「はい?」


 何やら俺と雫と見比べてから、雫の腕も掴んで両手で俺達二人を引いていく綺羅坂。

 会長がテントの下で手を振って見送っているのが妙に腹が立ってしまったのが癪だが、今はお題が気になる。


「お題は何だったんだ?」


「言ってしまったらつまらないわ、ゴールまで待っていて」


 俺の言葉に首を振って拒んだ綺羅坂は、他の生徒よりも早くゴールに向けて進む。

 雫も何が何やらといった表情で付いてきているが、困惑した表情は変わらず浮かべている。


 三人揃って、しかも二人は雫と綺羅坂という男子から人気の二人だから当然男子生徒からの視線は痛い。

 しかし、三人という組み合わせに他の生徒も不思議そうに見ていた。

 

 グラウンドの半分を周り、ゴールへ到着した俺達三人はここで初めて解放された。

 綺羅坂が審判に自分が引いた紙を手渡す。


 そして、その審判役の生徒が紙を開いてお題を確認すると、綺羅坂が小さい動作で俺達を強調するかのようにババンと言いながら両手を向けてきた。


「えーっと、お題は……『不釣り合いなもの』です……」


 生徒はすごく言いにくそうに告げた。

 まあ……言いにくいだろうね。



 俺なら絶対に言いたくないね、この状況だと。

 しかし、綺羅坂はどうだと言わんばかりに大きな胸を張って両手を腰に当てる。


 ……俺自身、否定できないから困る。

 恐る恐る隣に視線を向けると、雫は体をフルフルと震わせていた。

 

 表情は俯いていて分からないが、何かが爆発寸前なのは察することが出来た。

 すぐにその場から数歩離れて、安全に逃げられる場所で二人を見守っていると、雫と綺羅坂は顔を向き合わせる。


「誰が不釣り合いですか……ご自身で湊君を連れて行ったほうが正解でしたね」


「あら、審判はダメだと言っていないのだから、これは正解なのでは?」


「正解とも言っていませんよ、つまりこれは審議が必要であると言えます」


 表情が段々と無くなっていく二人に、動くことの出来ない審判は恐怖の表情を浮かべる。

 ……分かる、怖いよね。


 立場上、その場から動くことが出来ない生徒に対して、俺は胸の内で静かに応援の言葉を投げ掛けた。


 ……頑張ってね!

 雫と綺羅坂の二人は、他の生徒が次々にゴールして周りに人が多くなってきたのを構うことなく、言葉のやり取りを続けていた。

 俺はその後ろからそっと姿を消して、生徒会のテントに戻ろうと歩みを進める。


 が、その二歩目が地面に着く前に首根っこを何者か、おそらくは二人同時に掴まれてズルズルと引きずられる形でゴールへと戻される。


「これは湊君に審議してもらうしかありませんね」


「望むところよ、今回は真良君に委ねましょう」


 ……俺の意思は審議してくれていませんね、これは。

 こうして、借り物競争の全生徒が走り終わるまでの間、グラウンドの上では女子生徒が言い合うなんとも平穏とは言い難い光景が広がったのだった。


 会長曰く、体育祭のお祭り的な雰囲気が生徒達の考えを柔軟にさせたのか、案外二人の言い合いは周りも盛り上がって見ていたという。

  


 

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