#199
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更新話、どうぞ!
壇上に上がる優斗に、生徒達から惜しみない拍手が送られる。
照明に照らされて、マイクの前で立つと次第に体育館全体が静寂に包まれる。
『二年三組荻原優斗です、本日はこのような時間を作っていただきありがとうございます』
短い挨拶の後に、小さく頭を下げる。
そして、視線を上にあげると体育館全体を見回すように視線を右左に動かす。
『僕は、今回の選挙に立候補するにあたって入学からの日々を振り返りました、文化祭に体育祭、長期休みものどれも楽しい記憶でいっぱいでした』
微笑を浮かべた優斗の表情が、壇上の端に設置されたカメラを通じて背後に垂れ下がったスクリーンに映される。
一段下がった場所に腰掛けている生徒達は、言葉一つ発することなく言葉に耳を傾ける。
壇上の裏から眺めていても、生徒達が真剣な眼差しをしていることが見て取れた。
『だから、この楽しい高校生活を更により良い方向へ進めることが出来れば……そう思っていました』
まるで、過去形であり現在は違うみたいな言い方だった。
壇上から生徒達に向けられていたはずの視線も、横に振り向いて裏に控える俺の方向へと向けられる。
『大なり小なりではあっても、楽しいという感情を共有できているはず……そう勘違いしていた』
まるで戒めのような言葉に、体育館が僅かにざわめく。
優斗が何を言いたいのか、何を伝えようとしているのかを生徒達は理解できていないのだ。
勘違いといのは、俺と優斗が互いに立候補を宣言した放課後の教室で俺が告げた一言のことを指しているのだろう。
『僕が目指す生徒会をお話しする前に、皆さんに伝えておきたいことがあります』
横に向けていた視線を再度、目の前に生徒達へと向ける。
覚悟を決めた真剣な表情で、優斗は次の言葉を生徒達に向けて告げた。
『もし、周りが荻原を選ぶからという理由で、自分の意思ではなく周りの意見に合わせてで投票をしようと考えているのであれば、僕には票を入れないでください』
体育館内は、更にざわめきたった。
この中で、大半の生徒が該当していたからかもしれない。
優斗自身が人気者であり、好かれているから投票しようという生徒は多く存在している。
だが、投票をするうえで友達だから、皆が選んでいるから、だから彼に投票しよう……そんな感情が、生徒達の中にはあったはずだ。
それは、周りと歩幅を合わせて自分だけが違う存在になりたくない学生達にとっては、間違った選択ではない。
後々、人間関係が壊れる可能性があるのであれば、流れに身を任せてるのも一つの選択だ。
だが、それを優斗は否定した。
『たぶん、俺の友達も似た状況になれば同じことを言うと思うから……俺と、そして後に続く真良の言葉を聞いて自分の意思で判断をしてみてください』
言葉の端々から、こちら側への配慮が感じられた。
人気投票ではなく、言葉を聞いてどちらが相応しいのかを選ぶ、それを彼も望んでいるかのように。
『僕が目指すのは生徒達が心から楽しめる学園にすること、捉え方に違いはあってもいいんです、ただ楽しいと心のどこかで感じてもらえるような学園にしていきたい』
話を再び生徒会役員選挙について戻すと、優斗が目指す生徒会についての話が始まる。
生徒が楽しめる学園、それは確かに素晴らしい考えだ。
学生達にも単純明快で、投票する動機にもなる。
『課題はもちろん沢山あります、イベント内容の見直し、学校行事の内容の再選定、生徒からの目線で感じる不満等を一つ一つ明確にしていき、学園側とも協議を重ねて解決していくしかありません』
無論、それだけではないのだろう。
問題を挙げればきりがないほどに、学生達が楽しめる学園作りという言葉では簡単に聞こえる目標は難しいものだ。
それこそ、全校生徒と対話をするくらいの気概がなければ間違いなく実現は不可能だ。
『もしかしたら、今が最高に楽しい生徒達には、少しつまらなく感じてしまうことになるかもしれません……ですが、それでも皆が心のどこかで少しでも楽しいと感じてもらうことが大切なのだと僕は思っています』
少しだけ、申し訳なさそうに表情を曇らせる。
でも、最後には今日一番の明るい微笑んだ表情を見せて全校生徒に向けて告げた。
『俺が生徒会という組織から学園を変えていく、変えていけると思っていますのでよければ荻原優斗に投票をお願い致します!』
ハッキリと言い切った後に、優斗は深々を頭を下げる。
体育館内からは始まりの時以上の拍手が優斗に向け贈られた。
そして、踵を返して優斗は舞台から姿を消す。
最後まで、拍手が鳴り止むことはなかった。
「……おつかれ」
「ありがと……はぁ」
舞台裏に移動した優斗に一言だけ声を掛けた。
緊張から解放されたことで疲労が出たのか、座り込んで溜め込んでいた息を大きく吐き出す。
何か言葉を掛けようかと思ったが、応援演説をしていた女子生徒が駆け寄ってきたのを見て離れることにした。
次は俺の番だ。他人の心配をしている場合ではない。
鏡の前で最終確認をして、アナウンスで名前が呼ばれたのを確認してから壇上に向けて歩を進める。
「湊……お前も自分らしくな」
後ろから優斗の声が聞こえた。
表情は振り返る必要もなく想像が出来た。
きっと、口元を歪ませて人をからかう時のような表情をしているに違いない。
そんな彼に手を挙げて、適当に返すと証明に照らされる壇上に向け歩き出した。
『二年三組の真良湊です』
拍手が収まり、静かになったところで自己紹介がてら名前を告げた。
そして、小さく礼をする。
頭を上に戻したことで全校生徒の姿が視界に広がるが、優斗の時よりかは期待の眼差しは向けられていない。
逆に、過度な期待を持たれてもやりにくいので安心した。
『俺の目指す会長補佐について、皆さんには最初にお伝えしておきたいと思います』
回りくどい説明のあとに目標を語ったところで、前置きが長くなりすぎて理解が難しいなんてことにならないように、一番最初に自分の理想の補佐という役職の在り方を告げることにした。
『言葉の通り、会長を補佐すること……以上です』
……はい、以上です。
手を抜いたとか、説明が面倒だからという理由からではなく、純粋に考えた結果の答えがこれだった。
万人受けする模範的な演説など最初から用意していない。
生徒達からは不審そうな視線が向けられるが、これは今から払拭していく他ない。
『荻原の言うことは正直なところ正しくて、俺と彼のどちらが学園をより良くするかを考えているのかと問われたら間違いなく荻原だと思います。皆が楽しいと思える学園作り……生徒会役員としての理想的な在り方だ』
理想的であり、俺に言わせれば生徒の願望に近い。
彼なら出来るという固定観念に似たものを感じる。
『……俺は、特別何かが得意というわけではありません、だから学園を変えることは俺には出来ないと断言できる』
そう、俺には何かを変えることは出来ない。
能力的にも、思考的にも変革を推し進める人物ではない。
自覚していて、きっと周りからもそう見えているはずだ。
結局、俺は表には立てなくて、立ちたくない。
裏方に徹しているのが本来性に合っているはずなのだ。
『でも、何故断言できるのかと問われれば明確な答えを自分では持っているつもりです……それは、次期生徒会長が小泉翔一であり、副会長が白石紅葉であることです』
確かに、優斗は生徒達の前に立ち率いる能力に長けている。
だが、それをするべきは彼じゃない。生徒達が選んだ次期生徒会長の小泉であり、副会長の白石でもある。
『二人は今後の学園を誰よりも真剣に考えている、そして彼らを支持したのも生徒である俺達だ……彼らの考えを信じて支えることが”補佐”のなすべきことなのではないでしょうか』
能力のある者が立場や役職を構わず率先して行動を起こすことを学生達は正しく、常識であるかのように捉えている。
この学園においては、他の高校生たちよりもその考え方が多いかもしれない。
能力に富んだ生徒が多すぎるからだ。
本来、校内で一人いるかいないかの人材が、この学園には一学年に三人も揃ってしまった。
自分でなくても彼らに任せれば大丈夫という考え方が身に染みついてしまっているのだ。
『荻原優斗が補佐になったから、学園が良くなるわけじゃない……自分達で良くしていく努力と行動を起こさない限り、その人にとっての高校生活が楽しくなることは絶対にない』
優斗が目指そうとしている生徒全員が楽しいと思ってもらえる学園作りとは、個人で変えられるものではないのだ。
他者に任せておいて最後には不満が出てきて、その責任すらも投げ出してしまう。
そんな現実から、目を背けさせてはいけない。
『柊茜先輩という偉大な人がいて、次は荻原優斗を選べば小泉達でも去年以上の学園を作れるはず……そんな自分勝手な妄想をしているならすぐに捨てたほうが良い』
少しずつ下がる声量で、腹の底から冷たい声が出た。
きっと、生徒達に向けている瞳も冷たくなっていることだろう。
『楽しい環境を他人が作ってくれるならこれ以上に楽なことはない、でも絶対に自分達の思い通りになんてならない……才能溢れる生徒が多いこの学園だからこそ、自分で考えることを放棄して任せるという名の責任の押し付けを肯定しているのが現状だ』
これは、俺自身に向けた言葉でもある。
今まで、自分の才能と彼らを比べて責任から逃れてきた。
優斗を囲んでいた生徒達と本質的には変わらなかったのだ。
だから、これは自分自身の変化の一歩だ。
『自分達が変わる必要がある……だからもう一度言います、俺が立候補した役職は生徒会長補佐であり小泉を支えることです……自分達が選んだ生徒の長が信じる学園作りを手伝うのが俺に出来る唯一の仕事です』
最後に、演説開始時よりも深く頭を下げる。
そのままの態勢で、全校生徒に向けた言葉を紡いだ。
『俺達は彼らに頼り過ぎている……そんな環境から卒業しなきゃいけない。だから……お願いします』
「以上で、生徒会役員選挙を終了とします。生徒の皆さんは教室に戻り指定の時刻になり次第投票を行ってください―――」
閉幕のアナウンスを会長が行い、生徒達が次々と体育館から出ていく。
これで、本当の意味で最後だ。
もう、生徒達に何かを発信することは出来ない。
投票が終わるのを待ち、結果を受け入れるだけ。
正直、俺と優斗のどちらが優勢なのか分からないし、考えるだけ無駄な労力だろう。
最後の一人まで体育館から出ていくのを見送ってから、ようやく肩の力が抜けたのを感じた。
急に訪れた解放感と疲労感に、先ほどまで生徒が座っていた椅子に腰掛ける。
「お疲れ様、結果は会長選と同じく放課後の予定だ……皆で一緒に結果を待つか?」
「いや、静かな所で結果は聞こうと思ってます。その後に生徒会室に行きます」
会長が後ろから覗き込むように顔を出すと、そう問いかけてきた。
手伝ってくれていた生徒会の皆と一緒に結果を待ちたいという気持ちはあったが、受け入れるという意味でも静かな所にいたい。
そんな心情から、会長の申し出を断り席を立つ。
重い足取りで体育館を後にして、その先は正直あまり覚えていない。
教室に戻ってただ放課後のチャイムが鳴るのを待っていた。
この短い期間で人生最大といってもいいくらいの労力、エネルギーを消費した気がする。
その反動が出たのか、完全に思考が停止していた。
気が付いたのは、担任がHRを締める言葉を発した時だ。
クラスの生徒達はすぐに優斗の周りに集まるように群がり、俺は一人教室から出て恒例の屋上を目指す。
階段がやたらと長く感じて、屋上の扉も心なしか重く感じた。
「……」
建物の陰に入り、腰を下ろしてから空を見上げる。
しばらくして、俺が来た道から二人の足音が聞こえ、言葉を発することなく隣に腰掛けたのが分かった。
横に目を向けると雫が静かに微笑んでいて、その隣には綺羅坂がいつものように文庫本を開いていた。
静かな時間だけが、俺達三人の屋上に広がる。
そして、その静寂を遮るように校内アナウンスを知らせる音が鳴り響く。
『生徒会選挙、会長補佐の投票の結果を発表いたします』
雫が両手を合わせて祈るように、綺羅坂も手に持っていた本を閉じて静かに瞳を閉じる。
俺はただ動くことなく、空を見上げて続く言葉を待った。
『開票の結果、生徒会補佐は二年三組真良湊さんに決まりました』
次話でようやく生徒会編が閉幕です。
作品内で一番長い編となりましたが、少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
今回の話については、作者自身も重要にしていた話でもあるので細かな修正をするかもしれませんがよろしくお願い致します。
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