#198
書店アプリ「まいどく」から加筆修正して電子書籍化しております。
よければダウンロードしてみてください!
金曜日の選挙活動最終日は、両陣営とも変わったことは無く終えて当日を待つのみとなった。
優斗は全校生徒が多く集まる中庭や昇降口、校門など時間帯を変えて拠点を構えて多くの生徒に言葉を投げかけた。
対して、俺は演説活動は昼休みに一年生の棟の前で行っただけで、放課後は部活動周りを雫と小泉、それに三浦などの助けを借りて行った。
やはり、部活動に所属している生徒は学内でのカーストに無縁ではないが、女子は派閥に加入していない生徒も多く話は意外にも通じた印象が強い。
とても地味で、効率が悪い活動だったが、こればかりは自分で訪問したことに意味がある。
運動系は全部活動、文科系に関しては可能な範囲で挨拶をさせてもらった。
運動部とは違い、文系の最大の特徴は個性が強いことだ。
集団で活動するというよりかは、個人で何かをすることを好む傾向がある。
だからこそ、票数を得られれば強いが、その反面一度でも悪い印象を持たれてたら完全にアウトだ。
そもそも、選挙に大した興味を持っていないはずの生徒達が、二択を迫られたときには印象と外野の反応で適当に選んでしまうのだから。
ともかく、こうして桜ノ丘学園のほぼ全部活動に顔を出すことで少しずつだが票数を増やしていった。
ただ、懸念している点は荻原優斗という生徒が女子生徒に多大な人気を誇る点だ。
いくら演説や誠実な対応をしても、たった一つの突出した武器に阻まれる可能性は大いにありうること。
逆立ちしてもそこの点に関しては勝算が無いので、諦めるしかないが純粋な武器ほど強力なのは痛感した。
土日は主に楓、雫、綺羅坂を自宅に招いて投票当日の演説内容の確認、そして日曜日には火野君にも自宅に招いて綺羅坂の原案の元演説内容を確認した。
……楓にはその間買い物を頼んでいたのは、火野君対策の一環だ。
緊張して入ってきたはずの火野君も、楓がいないことを知ると完全に意気消沈、やる気が目に見えて減ったのを見て苦笑したのは言うまでもない。
しかし、実りある休日であったのは確かだ。
対策は可能な限りの努力を尽くした、投票前の生徒に向けた言葉も考えてきてある。
ポケットに入れていたスマホを取り出して動画投稿サイトの再生数を確認する。
そこには確かに、全校生徒に近い400回を超える数が表示されていた。
これなら、俺の姿を一度は見ていると思っても問題はあるまい。
そして、選挙当日を迎えた。
「……これって俺も投票していいのか?」
朝のHRが始まる前に、最終確認で選挙の内容を確認していたところで雫達に問いかけた。
選挙の投票権は一年、二年と教員達と書かれているが、立候補者も投票権があるのだろうか?
突然思い浮かんだ疑問に、綺羅坂が答えた。
「人数を正式にカウントする意味でも本人達も投票することになっているらしいわ」
「へぇ……」
どこからその情報を仕入れたのだろうか。
この選挙内容が記載された紙には一切記載されていないのだが……
まあ、学園内のルールに関しては完全に頭に入っていても彼女なら頷けるのでわざわざ問いかけることはしないが。
それにしても、自分自身に入れてもいいとなるとなんだか恥ずかしい部分はある。
机の上に適当に用紙を置いてから、視線を窓の外に向ける。
そこから見える生徒の姿は、普段よりも賑わいが増しているのは見間違いではあるまい。
生徒の目には、俺と優斗の姿がどのように見えているのだろうか。
無謀な挑戦者、不動の勝者……こんな感じだろうか。
まあ、泣いても笑っても今日の結果で全てが決まる。
やれることも正直無いに等しい。
その状況がむしろ安心感をもたらしてくれているのだが、雫は違うらしい。
そわそわと落ち着かない様子で、クラスの中を見回して何か考えているようだ。
「……どした?」
「いえ、その……もう一回り皆さんに声を掛けてこようかなと思いまして」
「下手な悪あがきは印象を悪くするかもしれない……優斗だって何もしてないだろ?」
視線を優斗の座る席に向ける。
普段と同様に生徒に囲まれて座る優斗も、何か行動を開始する様子はない。
似たような考えをしているのだろう。
見据えていた視線を雫に戻してから告げると、隣の綺羅坂も同様の言葉を投げかけた。
「そうよ……時には待つことも大切よ」
「その割には随分と指がうるさいですが?」
綺羅坂の言葉に、雫が鋭い指摘で返す。
彼女も内心は落ち着かないのか、机を指でトントンと叩いてそわそわとしている。
なんで俺以外がこんなに落ち着きがないのだ……
嘆息を零してから椅子に体を預けて瞑目して思慮に更ける。
会長のおかげで教員票は過半数を手に入れることができそうだと、今朝連絡がきた。
部活動の顧問は地道な訪問活動が、そして他の教員に関しては会長が自ら足を運んで説得を試みてくれたのは大きな要因だ。
あとは、一年生の票をいかに優斗より多く獲得が出来るか、そして部活動の生徒がどれだけこちらを支持してくれるか……
まあ、もう考えたところで仕方がない。
気持ちを落ち着かせて、演説の内容を復習する。
そうしているうちに、教室の戸が開けられ担任が入って来る。
「移動するぞー」
短く一言だけ発すると、クラスメイト達は全員が席を立ち移動の準備を開始する。
これから、一限目の時間を使って当日演説が行われる。
そして、昼休みに投票を行い放課後までに結果が発表される。
雫と綺羅坂も席を立ち、最後に俺も立ち上がると勝負の場所である体育館に向かい歩を進めた。
「気分はどうだ?」
体育館に入り、生徒会が並ぶ列に向かうと開口一番で会長が訪ねてきた。
隣には小泉と三浦、そして火野君の姿もある。
白石はまだ生徒会役員ではないので、一年生の列に加わっている。
俺以上に小泉の表情は強張っていて、緊張がこちらにまで伝わってきた。
「……普段通りですかね」
「なら問題ないだろう、教員達への根回しは可能な限りでしてきたが、あとは君次第だ」
「ありがとうございます……」
本当に、この人が協力してくれることは心強い。
柊茜という人物の下積みを利用するようで申し訳なさを感じるが、何かしらの形で返せればと思う。
体育館の壁面に設置されている大きな鏡面で立ち姿を確認して、身なりを整える。
これから先に優斗の応援演説者が登壇し、次に火野君、そして優斗が上がり最後に俺の順番だ。
この順番決めは昔から統一されており、生徒会に在籍していない生徒から先に登壇する習わしだ。
俺は今にも倒れそうなくらい青い表情をして原稿に目を向けている火野君に声を掛ける。
「……気楽にやってもらえれば大丈夫だ、原案も綺羅坂が作っているしあとは火野君が話したいように言ってもらっていい」
「で、でも、俺も話次第で先輩の印象が……」
「それこそ気にしなくていい、火野君なら別に大丈夫だと思って選んでいるからな」
肩をポンポンと軽く叩いて、背中を押すように送り出す。
俺達の反対側の壁面では、優斗が似たように女子生徒を送り出していた。
この間、難癖つけてきた生徒ではないが、後ろに控えていた生徒に間違いない。
でも、今は他人の心配をしている場合ではない。
再度、姿を確認して俺もステージ裏に移動しようとすると、後ろから駆け寄る足音が聞こえてきた。
振り返ると、雫と綺羅坂が心配そうに目の前で立ち止まる。
「ネクタイが少し緩いかもしれませんね、あと襟も、姿勢はしっかりと正して……」
「母親か」
雫はおろおろしながら、自分で確認したはずの制服を正す。
その姿に苦笑を浮かべていると、隣の綺羅坂も真剣な眼差しを向けて言った。
「目が死んでるわよ」
「悪いな、これは生まれつきだ……」
……それは、どうしようもないですね。
今から眼科には行けないですから、なんなら眼鏡でもかけてインテリ系の雰囲気を出すまである。
「頑張ってください!」
「恥ずかしい姿は見せないでね」
雫は拳を握り、綺羅坂は腕を組み片手で髪を払う仕草をしていつも通りに告げた。
会長には普段通りと言ったが、気持ちが少し軽くなった気がする。
二人に手を挙げて返すと、ステージ裏へと繋がる階段を上った。
『荻原君は生徒のための学園改革を率先して進めていくことができる素晴らしい生徒だと、私は確信しています!』
ちょうど、ステージの裏に登って火野君の様子を確認していたところで、優斗の応援演説を締めくくる言葉が発せられた。
当たり障りのない言葉ではあるが、荻原優斗のイメージが学園には定着しているので下手なユニークさは不要と判断したのだろう。
無難に攻められるのは確かに時に面倒になる。
反対に、俺の場合は無難では終われないのが本音だ。
だから、人選も人目に付きやすい人を選んでいる。当然、人格的にも火野君なら大丈夫だという信頼にも似た感情を持っているが。
ステージから袖に移動する女子生徒と入れ替わるように歩みだす火野君に、一言だけ正直な言葉を投げかける。
「火野君……嘘とか下手に持ち上げるとかしなくていいから正直に話してこい」
「……はいっす!」
表情は未だに硬いままだが、それでも僅かに決意の表れを感じさせる面立ちへと変えて、火野君はライトの当たる壇上へと出た。
拍手が雨のように降り注ぎ、彼に全校生徒からの視線が集まる。
次に、彼の外見が強面であり、赤髪であることからざわめいた様子へと変わった。
『生徒会役員庶務で一年の火野大樹です……っす』
なぜ、『っす』が語尾に必ず付く。
その疑問を思わず突っ込みそうになるが、ここば舞台裏、堪えなければ。
『自分と立候補した真良先輩は正式に選挙戦をして加入した生徒ではありません、柊茜先輩から声を掛けていただいて加入したっす』
綺羅坂の原案に準じて、彼なりに少し言葉が変わりながら生徒達へと伝わる。
生徒達からすれば謎だった俺達の加入についての経緯を知ったことで、僅かに生徒達から意外そうな声が漏れる。
『真良先輩は荻原先輩みたいに何でも出来る凄い才能はありませんが、それでも自分から見れば凄い人なんっす』
手に持っていた紙を掴む手に力が入る。
視線を上から下に向けて、自傷の笑みを浮かべていた。
『最初は友達がいない似たような先輩だと思っていたのに……確かに多くはないですが凄い人達が真良先輩の周りには集まるんです』
友人が欲しい、そう語っていた火野君はそんな感情を持っていたのか。
初めて聞くことになる後輩の心境は、生徒にはどのように映っているのだろうか。
『人の上に立てる先輩ではありませんが、隣には居てくれる……そんな人なんす。だから、次の小泉会長の生徒会でも皆の隣から支えてくれる先輩だと自信を持っていうことが出来るっす!』
……いい奴やん。
火野君、いい奴やん。
楓を崇拝しているちょっとヤバい後輩君だと思っていたけど、認識を改めることにした方がいいかもしれない。
後輩の成長に感無量の先輩的な状況で見守っていると、火野君は最後に一言を言うために大きく息を吸い込む。
聞き届けようと見守っていると、後ろから階段を駆け上る音が聞こえてきた。
「真良君、会長から止めたほうが良いって、すぐに会長がアナウンス入れるから止めてきて!」
「え……は?」
言われた意味が分からず、だが小泉の焦りようから急を要する状況であると察した俺は、控えめに舞台に上がって火野君に近づく。
『そして!真良先輩の妹さんの真良楓さんこそ、この世に生まれてきためが―――』
「ハイ回収―」
……これは回収物ですね。
完全にこの手の暴走は想像していなかった。
壇上で人目に耐性がない火野君が舞い上がって、楓について熱く語り始める前に回収作業を開始する。
おれが右手、小泉が左手を突かんで引きずる様に舞台裏まで連行した。
『以上で、火野大樹君の応援演説を終了します』
会長の声で、体育館内にアナウンスが響く。
生徒達も予想外の光景に、なぜだか理解できていない様子ではあったがコント的な要素だと勘違いしたのか笑いが体育館の中を響く。
舞台裏まで連行されて、ようやく落ち着きを取り戻したのか火野君はやってしまったと表情を暗くさせる。
「もももも、申し訳ないっす!ちょっと興奮してしまって、言い直してきます!」
「いやいや……もう火野君の時間は終わってるから、結果的には内容も悪くなかったし、ここまでが演説の一部だと思われてるっぽいから大丈夫だ」
そう火野君にフォローをしてから、今度は自分の準備を始める。
すでに、優斗は準備が完了していて、呼ばれるのを待っている状況だった。
「湊、先に行ってくるよ」
「……あぁ」
いつもの微笑を浮かべて壇上へ向かう背には、微塵も不安などのマイナスな感情は見受けられない。
彼にとっては、いつものように皆の前で話をする程度の緊張感なのだろう。
その自信を分けてもらいたいくらいだ。
「優斗……変な姿は見せるなよ」
「……分かった」
この先の壇上は、もう誰もいない俺と彼だけの場所だ。
余計な手出しや口出しもされない。
……火野君は例外だが。
だが、そんな舞台だからこそ彼本来の姿で臨んで欲しいと、心底思うのだ。
そして、俺と優斗の選挙が本当の意味で始まった。
次話……か、その次の話で多分選挙編が終わります!
たぶんです!
Twitterアカウント開設しました、マイページにリンクがありますのでよければフォローお願いします!




