#197
前回は誤字ってしまったが、今回こそは
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……どやぁ
慌しい日々が続いた中で、訪れた兄妹二人の静かな時間。
二人肩を並べて住宅街を歩き、商店街に足を運んだ。
「兄さん、夕飯の買い物をしましょう!」
「あいよ」
一番近くにある店から順に、野菜、肉、魚と今日の夕飯だけでなく明日の分まで買い込んでいく。
ただ、今日の夕飯はカレーかハンバーグだろう。
そんな思いを抱きつつ、荷物を受け取っていた。
「今日は何が食べたいですか?」
ジャガイモを片手に問い掛けてきた。
もう、それはカレーと言ってほしいとお兄ちゃん的には予想してしまいますね……
だが、ここは予想通りにはさせないのが湊君クオリティーなのだ。
「ハンバーグ」
「ぶっぶー、今日はカレーです」
……いや、分かっていたよ?
今日の献立が楓の中で決まっていたのは。
でも、お兄ちゃん的には一度聞いてくれているから、こちらの希望も配慮してくれると思うのは俺だけなのだろうか。
そんな視線を妹に向ける。
「冗談です、ハンバーグにしましょう」
俺の少年のように純粋な瞳が効果を発したのか、楓が苦笑して言った。
なぜか、俺が駄々をこねたみたいで複雑な気分になる。
「いや……カレーでいいぞ」
野菜の袋を店主に手渡して、会計を済ませた楓の手からまた一つ袋を受け取る。
俺の言葉を聞いて、楓は振り返る。
無言で店から離れて歩き出す隣に肩を並べて歩を進める。
「大変みたいですね……優斗さんと勝負だなんて」
「……」
雫が連絡をしていた時点で、経緯を話していることは分かっていた。
だから、楓がわざわざ正反対の桜ノ丘学園にまで足を運ぶことは無いはずだ。
自宅で話せば大丈夫だと、兄妹だからこその時間があるのだから。
しかし、こうやって自宅外の時間を作ったという事は、俺が家では話をしないと楓は察していたのだろう。
「相談してくれてもいいのに……」
呟いた言葉が、深く胸の奥に突き刺さる。
きっと、自分を頼ってくれなかったと楓は思っているのだろう。
だが、俺にも理由があった。
両親が海外で兄と二人、家事の大半を任されて学校生活もある。
妹は既に俺から見れば、十分に俺の支えをしてくれている。
そんな妹に、これ以上の迷惑を掛けたくないと思ってしまったのだ。
楓は優秀な子だ、そんなの実の兄妹の俺が一番分かっている。
話せば親身に考え、方法を模索して、可能性を見出してくれるかもしれない。
でも、俺は……兄がこれ以上無力な男だと思われたなくなかった。
周囲からは容姿の違いで兄妹と思われることがないのも、才能の無い兄と才能に溢れる妹なのも自覚している。
それでも、妹の前ではいつまでも格好いい兄でいたかった。
「悪い……楓が頼りないとかそんなの微塵も思ってないのは分かってくれ」
「兄さんがそんなの思うはずがないのは私だって分かってます……ただ、本音を少し言わせてもらえるなら私にも何かお手伝いが出来たのにって」
悲しそうな瞳が向けられる。
その瞳を正面から受け止めて、空いていた右手で軽く妹の頭を撫でる。
昔から、俺が何も言えなくなってしまった時の癖みたいなものだ。
拒むことなく、髪を撫でられる楓は苦笑して言った。
「昔から兄さんはそうやって誤魔化すんだから……」
楓はそう言うと、俺の荷物を半分奪うように小さな手で掴む。
出来るだけ軽い方を渡すと、商店街の人混みを縫うように二人で歩く。
暗くなり始めて、商店街も時間帯だとピークだろう。
それでも、昔よりかは少なくなってしまった人混みに僅かな寂しさを感じた。
「選挙は勝てそうですか?」
周りの店からの音にかき消されない程度の声量でポツリと呟く楓は、真剣な眼差しを向けてくる。
「優斗次第だ……あいつがこのままなら十分勝てる可能性がある」
「そうですか……」
頷いて、少し安堵したような息を零す。
雫から話の大部分は聞いていたのだろうが、俺の口から聞いたことで安心したように見える。
そう……このまま優斗が変わらないのであれば、勝てるかもしれない。
でも、それを自分で口にした瞬間、言葉に合わらすのが難しい感情が胸の中を渦巻く。
「でも、兄さんは嬉しそうではないですね」
「……」
「何か負い目を感じることでもしたのですか?それとも、他に何かあったのですか?」
視線を前に戻した楓の口から、問題の本質を突く問いが投げかけられる。
負い目を感じることをした覚えはない。
宣伝に動画を使用したことも、放送室を使った校内放送をしたのも、直接優斗と言葉を交わしたのもルールの範疇で行ったことだ。
「雫さんからも聞いてます、優斗さんとその応援している生徒達とぶつかったと」
「そこまで話したのか……」
彼女達がどこまでを妹に話そうと自由だが、優斗とも長く付き合いがある楓にはそこまで話す必要はないのではと思ったのも正直なところだ。
楓にとっても優斗は先輩であり、兄の友人であり、そして自分自身も親しくしている。
そんな人物が兄と正面から対立しているのは聞いていて楽しい話しではない。
「話を聞いた時、正直「だろうな」って思ってしまったんです、それは兄さんにではなく優斗さんに対してです」
静かに語る楓の言葉に耳を傾ける。
「私は兄さんと同じ高校に行けませんでしたが、雫さんがいます。それに、綺羅坂さんも兄さんを支えてくれると分かりました……でも、そうなると優斗さんを支える人は誰もいません」
「あいつには十分周りが助けてるよ……」
「いいえ、違いますよ……心の支えです」
そう言うと楓は立ち止まる。
そして、向かい合うように体の向きを変えると、空いていた手を突き出して俺の胸に添える。
「いくら周りにたくさんの人がいても、ここまで手を伸ばせる人はいません」
胸に添えられた小さな掌は、俺の知っている妹とは違う力強さを感じた。
彼女も同じく成長しているのだと、いつまでも小さな妹ではないのだと実感した。
「たぶん、優斗さんにとって手を伸ばしてくれる人は兄さんだけだと思います……雫さんも綺羅坂さんでもなく、兄さんしかいないのかもしれません」
楓の一言で、これまでの優斗を囲む環境が脳裏を掠める。
憧れや理想を押し付けて、面倒な役回りや仕事は彼に回す、そして自分達の都合が良い時はニコニコと微笑んで近寄る。
断ることをしない、出来ない優斗にとってすべてが平等な友人関係だった中で、確かに俺は違うカテゴリーに置かれていたのかもしれない。
「まったく不器用な二人です……」
楓の溜息を聞いて、なぜだか苦笑が零れた。
いや、ほんと兄としても先輩としても、楓にしてみたら俺達は面倒で不器用な二人なのだろう。
「兄さんが苛立っているのは、優斗さんを凄い人だと認めているからでしょう?だから、不甲斐ない姿を見て心がざわめいている」
「……仏かあなたは」
「ちゃんと聞いて下さい」
「はい……」
妹に悟られる状況に、兄としての威厳など皆無だ。
少し場の雰囲気を変えようかと言ってみたら、完全に冷めた目で見られてしまった。
……妹は怒らせないほうが良さそうだ。
押し黙って、その後に続く言葉を一言一句聞き漏らすことのないように神経を研ぎ澄ます。
「今、兄さんが出来るのは自分のやり方で優斗さんに勝つことで。その後のことは大丈夫です、私も雫さんも、綺羅坂さんもいますから」
そっと胸に置いていた手を、俺の手に添える。
冷たかった手に温かみが宿る。
苛立ちの正体は、楓の言っていた通りだ。
この苛立ちを解消するには、そもそも選挙戦で優斗に勝利して、そのうえで周りの力を借りて変えるしかない。
今すぐに環境を変えて、そして彼本来の姿で勝負してほしいという欲は捨てなくてはならない。
「家に帰ったら演説内容を見直すか……聞いてもらえるか?」
「もちろん、夕飯の後に一緒に考えましょう!」
当然、俺が思い描いていた光景と優斗が思い描いていた光景と、現実は違うものだ。
だが、それが所謂現実であり、俺達の考えがまだ幼い想像であったことを表している。
でも、それを苛立って目先の勝負に集中できないようであれば、そもそも俺のような平凡な生徒が選挙を勝ち残ることはできない。
周りの人間関係や印象を含めて、何も傷をつけないで問題を解決することは最初から不可能なのだ。
だから、俺は目の前の相手をどうやって超えるかを考えるだけでいい。
そして、その後の問題はその時に考えよう。
一人で無理なら、妹に頼ればいい。
それでも無理なら幼馴染とクラスメイトに頼ればいい。
生憎、人に嫌われるのも集団からあぶれるのも慣れている。
そうでなければ、周りに非凡な奴らが揃う環境で過ごすことなどできない。
まあ、とりあえず今は優斗が全力で悔しがってもらえるように俺も最善手を模索することにしよう。
そうして、家に帰り妹と久しく長い時間を共にした。
演説内容を見直し、俺の予想している状況を再確認して、そのリスクに対しての対応を練った。
そうしているうちに時間は経過して、リビングで二人して眠りに就いた。
翌日、約束通りに雫が迎えに来てくれるまで、寝坊することのない楓まで爆睡して遅刻しかけたのはここだけの秘密だ。
次話、選挙当日になります!
そろそろ選挙戦も終局を迎えそうです!
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